第12話 出会い5

 悩むこと十秒、ルチアは目の前に出された大きな手をつかんで握った。

 そのままさらに十秒。


(あれ?)


 握手かと思って手を握ったのだが、ノイアーから握手を返されることなく、ただお互いに見つめ合って時間が過ぎる。


「お嬢様、エスコートですよ。歩いてください」


 後ろからアンにコソッと囁かれ、握手じゃなかったのか!と顔面がブワッと熱くなる。


 私が一歩足を踏み出すと、ノイアーも歩き出して席まで誘導してくれた。食堂は広く、テーブルも十人は座れるくらい大きかった。真横に座るのもおかしいし、かと言って向かい合わせだと多過ぎる。どこに案内されるのかなと思っていたら、ノイアーの座っていた席の斜向かいの椅子を引かれてそこに座った。向かい合っていないからそこまで緊張しないし、かと言って遠過ぎないから会話もしやすい。


「ノイアー・エムナールだ」

「ルチア・シンドルフです。お初にお目にかかります。この度は、婚約の承諾をいただき、光栄に存じます」

「ああ、こちらこそ。ルチア嬢とお呼びしていいか?」

「どうぞお気軽にお喋りください。それに、婚約者になるのですから、ルチアでかまいません」

「ああ、それならルチアも気楽に接して欲しい。俺のこともノイアーでかまわない」


 ここで慎ましく控えめなご令嬢ならば、言葉を崩すこともなく、ノイアーのことを名前で呼んでも「様」くらいはつけるのだろうが、慎ましくも控えめでもないルチアは、すんなりとノイアーの言うことを受け入れた。


「わかりました。ノイアー、これからよろしくね」

「……ああ、もちろんだ」


 ニッと笑いながら言うと、何故かノイアーの方から視線をそらされてしまう。


(え?言葉通りに受け取ったら駄目なやつ?でも、別に不機嫌そうではないからいいのかな)


 それからスーザンが食事を運んでくれ、ディナーが始まった。


(伯爵家の料理最高!味はもちろん、量がね……超多いの)


 ルチアの前には、前菜からノイアーと同じ量の料理が並び、メインに至っては肉と魚両方が一人前ずつ置かれた。パンは食べ終われば次が勝手に皿に置かれるし、甘くて美味しい果実水も飲み放題。もちろん全てをたいらげて、さらにはデザートが選び放題だった。


 ルチアが美味しそうに食べ始め、皿が綺麗に空になっていくのを、ノイアーは呆気に取られて見ていたが、無理やり食べているのではなく、食べたくて食べているのだとわかると、スーザンに同じペースで食事を持ってくるように目線で指示した。


 さっきルチアを抱き上げた時、そのあまりの軽さに心配になったノイアーは、ルチアの食べられる量を見る為にも、自分と同じ量の料理を出すように指示していた。なるべく品数も出して好物を把握し、無理なく食べられる量を増やしていこうと思っていたのだが、心配する必要がないくらいルチアはよく食べた。逆に、食べ過ぎを心配するくらいの量をたいらげていた。


「満足できたか」

「大満足です。食事だけが心配だったんですよね。ほら、普通の貴族子女はお皿にちょこっとしか食べないじゃないですか。だから、家以外で食べる時は、ちょっとしか出してもらえないんですよ」

「だろうな」


 それは、ゴールドフロントだろうがプラタニアだろうが同じだ。貴族子女はウエストの細さに命をかけている為、常にコルセットでウエストを締め付けているせいもあってか、食べる量が極めて少ない。その代わりにお茶の時間がちょこちょこあって、軽食やらお菓子やらを回数食べる。

 実家ではルチアがよく食べることを知っていたから、毎食しっかりと男性量が食卓に並んでいたが、エムナール邸で女子の量しか出されなかったら……と考え、実は保存食を隠し持ってきていた。


(あの保存食、いらなかったかも。もちろんもったいないから、夜食にいただくけどね!)


「これからも同じ量でいいか?」

「いいんですか!」


(誰だ!この人を悪魔だとか殺人鬼だとか言ったのは!無茶苦茶いい人だよね。……あれ?私この人に三回殺されてるんだったっけ?いや、まだ今回は殺されてないし、二回はアレクのせいだしね。うん!いい人決定)


 ルチアが目をキラキラさせてノイアーを見ると、また目をそらされた。


(なんでだ?解せない)


「スーザン、サントスに伝えておけ。明日からもルチアの食事は俺と同じ量を用意するようにと」

「かしこまりました」


 夕食のデザートまで食べ終わり(デザートを食べたのは私だけ。ノイアーはコーヒーを飲んでいた)、私は出されたコーヒーを一口飲んで情けない表情になった。

 そんなルチアを見て、ノイアーはスーザンに目配せする。


「スーザン、コーヒーではなく紅茶にしてやれ」

「あ、大丈夫、飲めないことはないんです。その、ただ……砂糖を三つとミルクをいっぱい貰えれば」


 子供っぽくて恥ずかしいと、ルチアは頬に手を当てる。


「無理はするな」

「でも、せっかくいれてくれたんだもの。ちゃんと飲むわ」

「いい。それは俺がもらう。スーザン、紅茶を」


 ノイアーはルチアの前からコーヒーを取り上げ、一口飲んでしまった。ルチアが一度口をつけた物なのだが。

 ルチアは出された紅茶をありがたくいただきながら、ノイアーの方をチラチラ見る。薄っすらとルチアの口紅のついたカップにノイアーの口が触れる度に、ドキドキしてしまう。


(間接キスって言うのよね。キャー!)


 アレキサンダーと結婚生活を送った記憶もあるルチアだったが、アレキサンダーには感じたことがないドキドキ感に、テンションも上がるのだった。

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