第15話 婚約者(仮)3
「そんなに嫌なら……、先に婚約……いやしかしな……」
悩むノイアーを、ルチアは薄紫色の瞳でジッと見上げた。
この頬の傷は今は痛みはないんだろうか?……そんなことが気になると、さっきノイアーに注意されたのに、やはりまたそれに触りたくなる。
常に覇気を放っている濃紺の瞳は、夜空のように深い色合いで、怖さを感じるよりも惹きつけられる方が大きくて目が離せないし、高く筋の通った鼻は男らしい強さを感じる。真一文字に引き締まった口元は意思が強そうで、その口から紡がれる声は低く魅力的だった。
好意を自覚すると、ノイアーの全てが格好良く見えてしょうがない。なんでそんなに令嬢達から怖がられいるかわからないが、ノイアーの顔に傷はあるが、作りだけ見たら男らしく整っているのだ。
「先に、婚約誓約書だけを書いておくのはどうだろう。提出は後になるが、少しは安心できないか?俺が遠征している間、信用のおける人物に預けておく。万が一、ゴールドフロントの王太子が諦めずに何か言ってきたら対応できるように」
ノイアーはルチアが安心できるように、すぐに婚約できないにしろ、対応策を考えてくれていたようだ。
「それって、婚約者(
「(
(不適切ってなんだろう?)
ノイアーの説明を理解していないルチアを見て、ノイアーにちょっとした悪戯心が沸き起こった。さっき触られた仕返しと言っても良いかもしれない。
ノイアーはルチアの上に覆い被さり、ルチアをソファーに押し倒した。
「つまりは、こういうことだ。婚約者同士が同じ屋敷に住んでいたら、男女の関係があると思われて当たり前だ」
至近距離にノイアーの顔があり、その瞳にルチアの顔が映っているのが見える。ルチアはそれに見惚れてしまった。
(何これ、格好良過ぎ!)
キャー!と騒ぐでもなく、かと言って恐怖で固まったのでもない、ルチアのポーッとしたその反応に、ノイアーの方が慌ててしまう。そして何より、こんなに至近距離で視線を合わせることができるとは!と感動が込み上げてくる。
そんな感動を隠すべく咳払いをして起き上がると、ルチアの腕を引いて座り直させた。
「まあ……そういうことだ」
(しどろもどろ感が可愛い!)
しかし、ゴールドフロントの常識と、プラタニアの常識にズレがあるようだ。
「もしかして、この国の王族の婚姻は処女性が求められたりする?」
「そうだが、おまえの国は違うのか?」
ルチアはコクリと頷く。そんな簡単な逃げ道があるのなら、さっさと誰か見繕って一発……。いや、侯爵令嬢としても、うら若い女子としてもその発言はアウトだから、ルチアは考えるだけに留めた。
そして、前の人生でなぜプラタニアの王女がアレキサンダーに手を出されそうになったくらいで自殺未遂をしたのかを理解した。あれは行為自体は未遂だったようだけれど、目撃した侍女の話から事後だったと噂が広がっていた。彼女は、アレキサンダーにしか嫁ぐ選択肢がなくなり、絶望のあまり死を選んだんだろう。
これは、同じアレキサンダー被害者として、なんとしても未然に防いであげないといけないと、ルチアは固い決意をした。
「昔はそんな話もあったみたいだけど、今はもっとオープンかも。だから、処女かそうじゃないかはあまり問題にされないんだよね」
ノイアーは考え込んでしまう。ルチアが内通者じゃないとわかり、実はこの婚約は成立しないのでは?と考えていたのだ。王太子と婚約させられる心配がなくなれば、ノイアーはお役御免、婚約は撤回されるものだと思っていた。
まだ若いルチアに、婚約破棄の前歴をつけるのも……と、このまま婚約誓約書を書いても、提出しない方向で考えていたのだが……。
「婚姻……するしかないのか?」
するしかないと言うノイアーの言い方に、ルチアは不満気に唇を尖らす。
「ノイアーは、私が婚約者では嫌?女性としての魅力が、……ぶっちゃけ胸が貧相だから駄目なの?それとも性格?お淑やかじゃないから?」
多少子供っぽいのは、あと数年待ってもらえるば多分なんとかなる……と思いたい。胸は、残念ながらそこまでの成長は見込めないだろうが、零ではないから勘弁して欲しい。性格は……頑張って繕えるようにしよう。
ルチアはそんな思いを込めて、ノイアーを見上げて視線を合わせた。そして、またノイアーの方が先に視線をそらす。
(勝った!じゃなくて、ここは真剣に話すところ!)
ルチアはノイアーの頬に両手を当て、力任せに自分の方へ向かせた。
「おまえは、俺が怖くはないのか?」
「怖い?何で?もしかして、今すぐ私を斬り殺そうとか考えてたりする?」
「まさか!戦場でもないのに、簡単に剣を振るう訳がないだろう」
「なら怖くない」
どれだけ覇気が溢れようが、明確な殺意を向けられのでなければ、何も問題はない。ルチア自身も、ノイアーに会う前は、彼を見ただけで震えが止まらなくなるんじゃないかとか、そんな相手との結婚なんて耐えられないんじゃないかとチラッと考えたこともあった。
しかし、ノイアーに会ってみたら、それは杞憂に終わった。自分で考える以上に、図太い性格をしていたようだ。
「……そうか」
ノイアーは顔を押さえられているのに、怒ることなく今度はしっかりとルチアと視線を合わせてきた。
「おまえがどうのというのじゃないんだ。ともかく、しばらく婚約者(仮)で様子を見よう。お互いに状況がまた変わるかもしれないしな」
「……わかった。でも、(仮)が早く消えるように頑張るから」
(だって、私を将来殺すかもしれない人だけど、初めて好きかもって思った人だもん)
「え?」
「私はノイアーがいいの。覚悟しててね!」
ルチアは雷靂将軍に宣戦布告してみせた。
ノイアーの気持ちがまだルチアにないなら、好きって思わせて本物の婚約者になってやろうじゃないの!と、負けず嫌い魂に火がついたのだ。
ルチアはソファーから飛び降り、「おやすみなさい、また明日」とノイアーの部屋を走って出て行った。覚悟してとか言いながらも、この機会に色仕掛けでもしてみようとは思いもしないルチアであった。
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