第14話 婚約者(仮)2
「ちょっ……待っ……」
仰け反るノイアーに、乗りかかるような形になってしまい、しかもガウンが上半身はだけて傷だらけだがたくましい胸筋があらわになる。
「あ……ら?」
記憶にあるナヨナヨしたアレキサンダーの裸とは全然違うその上半身に、ルチアは思わず見入ってしまう。そして手のひらをペタリとその筋肉に当てた。
(何これ!?固くない!程よく弾力があって、でも脂肪のブヨブヨでもなくて、なんて触り心地がいいの!)
ルチアは、手のひらで押してみたり、指で突付いてみたり、これがノイアーの裸の胸だといいことを忘れて筋肉の弾力を堪能する。
最初は、まさかこれがハニートラップか!?と表情を強張らせたノイアーであったが、ルチアの触り方が全くいやらしくなく、しかもその瞳に浮かぶ興味津々な色合いに、子供が道端でダンゴムシを捕まえて、ツンツン突付いているのと同じ種類の興味心かと、緊張が解けると共にソファーに背中を投げ出して脱力した。
「ねえ、筋肉って固いのではないの?」
ルチアは、さっきまでの会話のことはすっかり頭から抜け、衝撃的なノイアーの筋肉に夢中になってしまう。
「力を入れればな。固くなる」
「ちょっとやってみせて」
「……はぁ」
ノイアーはルチアを押し戻して座らせると、胸筋にグッと力を入れて見せた。
「きゃー!動いた!しかも固い」
なんの躊躇もなくノイアーの胸を拳で押し、ルチアはパッと顔を輝かせる。
「……もういいか?」
「あ、うん。ごめんなさい、寒かった?」
真夏とはいえ、夜は冷える。しかも、ノイアーはシャワーを浴びたばかりで濡れているから、身体を冷やしてしまったかもしれないと、ルチアは慌ててノイアーにガウンをきちんと着せ、紐もしっかりと結びなおした。
ノイアーはされるがままでいたが、ガウンの着崩れを直されると、その大きな手で顔を覆い、ため息をついた。
「あ、ごめんなさい。もしかして嫌だった?そうよね、不躾に触りすぎたわ。つい興味がわくと、見境なくなってしまって。アンにいつも叱られるのよ。興味があるからって、ホイホイ手を出したらいけないって。手を噛みちぎられてからじゃ遅いんですよって」
まさにその通りだとノイアーも思う。深夜に男の部屋に入って、しかも(男を)裸に剥いて肌を触るとか、襲ってくださいと言っているようなものだし、そんなつもりはなかったじゃ通用しないだろう。
「おまえの侍女が正しい。ルチアは侍女の言うことを聞くべきだろう」
「ええ?でも気になったら触ってみたくならない?私も、明らかに毒々しい花とか、噛みつきそうな猛獣とかなら手を出さないくらいの分別はあるのよ」
唇を尖らせて言うルチアに、ノイアーはため息を一つつくと、今の状況をどう理解させようか悩んだ。
「二人っきりの寝室で、男の素肌に触れるってことが、危険な行為に繋がる恐れがあるってことは、その分別の中には入っていないのか?」
「危険?……あ!」
ルチアは、そこで自分がやらかしたことを初めて自覚した。確かに、閨に誘っていると勘違いされ、襲われたとしても文句は言えない。それに、まだ婚約が成立してはいなくとも、婚約することを建前にエムナール邸に滞在しているのだから、ノイアーがルチアに手を出したとしても、誰にも責められることじゃないのだ。
「理解できたようで良かった」
「そんなつもりは全然なかったの!本当よ」
真っ赤になって否定するルチアに、ノイアーも内心ホッとする。
「まあ、ルチアにハニートラップはむいていないだろうから、万が一ゴールドフロントの王に命じられているとしても、実行はしない方がいいだろう」
(え?私って、ハニートラップするつもりでやって来たとか思われていたの?じゃあ、私を部屋に入れたノイアーは……)
「もしかして、ハニートラップされる気満々だったりした?」
ルチアはない胸を両腕で隠し、ソファーの上で身体を縮こまらせ、ノイアーとのあれやこれやを想像してしまった。そして、容易に想像できて、しかも嫌悪感とか全くない自分に驚き、その事実に全身まで真っ赤になってしまう。
「違う!断じてそうじゃない!」
大人の男で、雷靂将軍と恐れられているノイアーが、小娘の一言にオロオロしている姿は、あまりにイメージとかけ離れ過ぎて、思わず「可愛い」と感じてしまい……ルチアは自覚した。
(私……この人に好意を持っているわ。え?三回もこの人に殺されたよね?私の頭ってどうなってるの!?)
三回生き直しても、恋愛なんか一度もしてこなかったルチアは、いきなり芽生えたこの感情に戸惑い、思わず奇声を発した。
「ウッソだあっ!!」
「嘘じゃない!本当に俺はそんなつもりはなかったんだ。いや、ない。現在進行形でない」
激しい鍛錬をしても涼しい顔をしているノイアーの額に汗が浮かび、必死になって弁明する姿に、ルチアは若干ムッとしてしまう。
(そこまで私と関係持ちたくないかな!?)
「ハニトラなんかしません。考えたこともないから」
ルチアはムウッと唇を尖らせて、ノイアーの肩をペチペチ叩いた。
「だよな!最初から違うなと思っていたから、変なことを考えずに部屋に入れられたんだ。じゃなきゃ、内通者と疑って……いや、疑っていた訳では……」
ハッとした表情をするノイアーに、ルチアは「お察しです」と肩をすくめる。
「そう思われるだろうなって思っていたから気にしないでいいわ。でも違うから。私は、アレキサンダー殿下との婚約話をなしにしたかっただけ。ゴールドフロントからしたら、情勢が気になるプラタニアに手駒を送れるなら、王太子と婚約させるよりも有益だって思うかなって考えたの」
「なるほど……。では、ゴールドフロントに内通するつもりは?」
「ないわよ!なんなら、逆に適当なことを向こうに伝えてもいいくらいだわ。そのかわり、もしゴールドフロントと戦争なんてことになったら、シンドルフ領とうちの家族は見逃して欲しいな……って思うけど」
さっきまでの慌てた様子は鳴りを潜め、ノイアーの濃紺の瞳はジッとルチアを捕らえた。しかし、ルチアはその威圧感も跳ね除けて怯えずに答えた。
「……一度、うちの第二王子と会って、今話した内容を話してもらうがいいか?」
「もちろん。……それで婚約は?」
いつノイアーが戦争に戻るかわからないが、彼が一時帰国したタイミングでプラタニアに来たルチアだったから、婚約式とかは後日だとしても、すぐに婚約誓約書は提出するものだと思っていた。それが一週間たっても、王城へ行こうともならなかったので、どうせ第二王子に会うのならば、そのタイミングで誓約書を書いてしまうのはどうか……と思ったのだ。
「正式な婚約は、俺が次に帰国した後になるだろうな。まあ、出征するのはまだ少し先になるんだが」
ルチアは、ガックリと肩を落とした。
「婚約を急ぎたい理由は?」
「ただのお客様でお屋敷にいるのが心苦しいってのもあるけど、やっぱり一番はアレキサンダーにチャチャを入れられたら嫌だなってこと」
「そこまで嫌なのか」
「すっごい嫌!」
誰が嫁を盾にするような男の下に嫁ぎたいもんか。
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