第9話 出会い2…ノイアー・エムナール視点
「なあ、ノイアー。今日はおまえのお嫁ちゃんが来るんじゃなかったのか」
公務を抜け出して、ノイアーの執務室でお茶をしていたサミュエルが、鍛錬から戻ってきたノイアーを見て驚いたように声を上げた。
「嫁じゃなくて婚約者(仮)だろ」
「どっちも同じだし、どっちでもいいじゃん。で、お嫁ちゃんは何時につくの?」
ノイアーはミッタマイル中将からタオルを受け取ると、壁掛け時計に目をやる。
「もうついているだろうな」
「おいおいおい、出迎えないとかあり得ないだろ。長旅してわざわざ来てくれたのに」
ノイアーがミッタマイル中将を見ると、彼もサミュエルの言葉に頷いていた。
「しかし、本当に婚約する訳でもないし、屋敷も使用人も最低限用意したぞ。彼らに見張らせておけば、何も問題ないだろう」
数日前、サミュエルから「あの婚約話、承諾する手紙を出しておいたから」と言われ、さすがのノイアーもあ然として言葉を失った。
サミュエルいわく、ゴールドフロントが何を目論んでいるのか、どこまでこちらの状況を知っているのか探る為に、ルチア・シンドルフと婚約するふりをして欲しいということだった。
「問題ありありだよ。仲良くなって情報を引き出して欲しいのに、最初から距離を作ってどうするのさ」
「しかし、彼女の本意はわからないからな。あっちはあっちで俺から情報を仕入れたいだろうし、最悪は暗殺者という可能性もあるだろう」
「ノイアーなら、たかが女のスパイにやられたりはしないだろ」
「それはそうだが……」
「それに、色々調べたんだけどね、あの肖像画の娘が本当にくるのなら、その娘はシンドルフ侯爵令嬢で間違いないみたいだよ。プラチナブロンドに、薄紫色の瞳。その他の情報も、この肖像画の娘と侯爵令嬢は一致したから」
サミュエルは、懐から肖像画を取り出してノイアーに手渡した。
「侯爵令嬢がスパイか。ゴールドフロントもずいぶんと大胆なことを仕掛けてくるな」
「まぁ、暗殺とかよりやっぱうちの戦況を探るのが一番の目的だろうね。さすがに軍に入り込むとかはできないだろうから、ノイアーに仕掛けてくるのかな?ハニートラップ的なやつを?」
(ハニートラップって……こんな子供がか?)
肖像画の笑顔を見て、世も末だとノイアーはため息をつく。
「逆に、ゴールドフロントに俺がこんな子供に手を出す変態だと思われてるのか……」
(雷靂、鬼人、悪魔……色んな二つ名で呼ばれて来たが、変態扱いはさすがに凹むぞ)
「アハハ、それはお嫁ちゃんに悪いよ。十六は成人した立派な大人だし、肖像画は清楚系美少女だったけど、脱いだら実はダイナマイトボディーで、男を骨抜きにするテクニシャンかもしれないじゃないか」
(この顔でテクニシャン?小悪魔ってやつか?悪魔扱いならされたことはあるがな)
「骨抜きにされるつもりはない」
「なんでさ?相手がその気なら乗っかっちゃうのも手だよ。色んな意味で!」
サミュエルは、「うまいことを言った」と膝を叩いてゲラゲラ笑い、ノイアーは呆れて言葉も出なかった。
「それもありですよ。大将のテクニックで、ゴールドフロントの情報を聞き出せたるかもしれませんし」
ミッタマイル中将まで、サミュエルの下品な話に乗ってきた。
「ノイアーのテクニックって、熟練の娼婦のお姉さん仕込みなんでしょ」
「は?」
サミュエルはニヤニヤ笑いながら、ノイアーの娼館事情を口にし出した。
軍人は、戦争の最中は気が高ぶるせいか、性欲が強い者が多い。遠征に娼館丸々連れて行くこともザラで、恋人も妻もいなかったノイアーも、何度か利用したことはあった。大抵は馴染みの娼婦に相手をしてもらっていたのだが……。なぜそのことを、戦争に行ったことのないサミュエルが知っているのか?
「だってさ、娼館でもノイアーのことを怖がって、なかなか若い娼婦のお姉さん達がついてくれないって言うじゃないか」
「……それはどこ情報だ」
「やっと相手をしてくれたお姉さんも、最近定年で辞めちゃったんでしょ?熟女中の熟女だったとか」
「だから……どこ情報だ」
「素人の女性を相手にしたことはないんだよね。なら、
「なぜそんなことまで……」
ノイアーは、王族の諜報網に恐れおののいたが、情報源はもっと近くにいたりするのだが……。
「まあ、どこ情報とかはどうでもいいじゃないですか。それよりエムナール大将、さすがにもう屋敷にお戻りになった方が良いかと。今からならば、ディナーに間に合います。これ、お持ちになってください」
情報源……もといミッタマイル中将がピンクと薄紫の大きな花束をノイアーに差し出した。
「まずはシャワーを浴びてからのがよくないか?」
サミュエルが、ノイアーの側で鼻を鳴らす。
「問題ない」
ノイアーは花束を奪い取るように手にすると、軍服の上着を肩にかけて執務室を出た。
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