第3話 縁談2

 プラタニアにとって、今は死の砂漠制圧に力を注ぎたい時期。できる限りゴールドフロントには煩わされたくない筈なのだ。

「ゴールドフロント王国王太子の婚約者候補」という付加価値をつけることにより、プラタニア側にルチアが外交を行う上で価値がある存在だと思ってもらえる可能性が高い。それが人質的な意味合い(実際には切り捨てられるだろうけど)だとしても。


 それに、ゴールドフロントからしても、プラタニアの死の砂漠への進軍状況が気になって仕方がなく、場合によっては今までの態度を百八十度方向転換し、友好関係を築く必要があると考えているだろう。

 前回の人生でも、プラタニアが死の砂漠を制圧したと公表してすぐに、アレキサンダーと共に親善大使としてプラタニアに派遣されたことからも、ゴールドフロントは彼の国の動向に敏感なのがわかる。


 まだプラタニアが死の砂漠を制圧していない今だからこそ、ルチアが両国にとって使い勝手の良い駒と思ってもらえる最大のチャンスなのだ。


「わかったよ。すぐに手配しよう」


 シンドルフ侯爵は胃に手を当てながら、私の肩を叩いて部屋から出て行った。

 ドアが閉まって部屋にルチアだけになると、壁際に控えていたルチアの侍女が前に出て口を開いた。


「お嬢様、いくら王太子殿下と結婚したくないからと言って、雷靂将軍に求婚するふりをするなんて」


 彼女はルチアの乳母の娘で、今はルチアの専属侍女をしているが、小さい時に一緒に乳母に育てられたせいか、ルチアにとっては本当の兄弟よりも近しい存在である。


「あらアン、ふりじゃないわよ。本当にお嫁に行きたいの」

「は?冗談では?」

「ないわね」


 三回も死に戻っており、毎回雷靂将軍に殺されているから、殺されない為にお嫁に行くんだ……などと言える訳がない。信じてもらえないからではなく、アンならばルチアの話を信じた上で、三回もルチアを守れなかったのかと、自分を責めるだろうからだ。


 一回目、二回目の人生において、アンはルチアについて王城に上がることはできなかった。平民の彼女は、いくら侯爵邸で侍女をしていたという前歴があっても、王城勤務は許されなかった。きっとアンがルチアについていれば、アレキサンダーに盾にされるのを防いだことだろう。三回目は、アンはルチアを庇おうとして一緒に弓に射られた。

 つまり、一緒に死んだのだ。


 ルチアはそのことを思い出し、アンにギュッと抱きついた。


「お嬢様?」


 アンは意味もわからなかっただろうが、抱きついてくるルチアの背中をポンポンと叩く。


「あのね、エムナール大将様とは会ったことはないけど、私は彼と絶対に結婚しなきゃいけないの」

「絶対……ですか?」

「うん。絶対!」

「……わからないけどわかりました。いつか、ちゃんと話してくださいね」


 見た目儚げで気弱そうなイメージのあるルチアだが、実は頑固で図太い性格をしており、こうと決めたことはへこたれずに努力する頑張り屋な一面があることをアンは知っていた。ルチアが話さないと決めたら話さないだろうし、絶対!と言ったら必ずやり遂げるだろう。アンはルチアを信じ、そしてルチアが嫁入りする時には、一緒にプラタニアに行こうと決意する。


「お嬢様は、雷靂将軍の容姿はご存知ですか?とても恐ろしい方だと聞きますが」


 一回目に見た時は、顔を半分隠すような兜をかぶっていた。でも、二回目は素のままだったことを思い出す。どちらも、自分に向かって大剣を振り下ろす殺気溢れる表情だったが。


「そうね……私も噂で聞くくらいよ。頬に雷のような傷があって、瞳は美しい濃紺だったかしら。髪の色は艷やかな黒ね。身長はとても高くて、たくましい身体つきをなさっていた……って聞いたことがあるわ」


 以前に見たままを口にしてしまい、ルチアは慌てて「噂よ、噂」と付け加える。


「鬼のように恐ろしい顔をなさっているとか?牙が生えていたとかいう話も聞きましたが。お嬢様は怖くないのですか?」

「アハハ、同じ人間じゃないの。それに、顔立ちだけ言えば整っている方なんじゃないかな。あ、……希望よ、希望。でも、鬼瓦みたいな顔だったとしても、アレキサンダー殿下と結婚するよりはいいわ」

「まぁ、確かにそうかもしれませんね」


 見た目は美男子のアレキサンダーだが、彼の評価は驚く程低かった。ちなみに、全ゴールドフロント国民の総評も同じくである。

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