第4話 縁談3
「ルチア、久しいな」
ルチアの目の前には、金髪碧眼のキラキラしい男が、無駄に長い髪の毛をかき上げながらカッコつけて立っていた。ヒラヒラしたフリルのついた白いシャツに、足長効果を期待したのか黒と茶色のストライプの細身のズボンを履き、ネックレス、ブレスレット、指輪等など、ギラギラとアクセサリーを付けている。
下手に顔が良いからか、昔から自分はモテると信じて疑わないこの男こそ、ゴールドフロント王国王太子、アレキサンダー・ゴールドフロントだ。
アレキサンダーとの出会いは十年前、貴族子弟の交流会と称したアレキサンダーの側近、婚約者候補選出の為の王妃様のお茶会でだ。アレキサンダーは……昔からクソガキだった。何度か茶会で会った時など、髪の毛を引っ張られたり、お菓子を取り上げられたりしていた。
二歳年上の王太子(当時は第一王子)に面と向かってやり返せなかったルチアは、こっそりアレキサンダーのポケットに虫を入れたり、椅子にアカザの実(潰れると赤い汁が飛び散り、衣服につくとなかなか取れない)を置いたりして溜飲を下げていた。
「お久しぶりでございます、殿下」
ドレスの裾を引いてカテーシーをすると、ルチアはなるべくアレキサンダーと視線を合わせないようにする。
今日ルチアが王城に来たのは、アレキサンダー主催の茶会の招待状をもらったからなのだが、庭園外れの温室に用意されているお茶セットは、二組しかないように見える。
史上最高の嫌がらせか?と、ルチアの頬が引き攣る。
「ふむ……顔は昔から美しいが、体形が全く変わらんな」
久しぶりに会っての会話がそれ?
ルチアの眉がヒクッと動いたが、淑女教育のおかげか、笑顔を崩さずにすんだ。アレキサンダーはルチアに席を勧めることもなく椅子に座ると、ペラペラと勝手なことを喋りだした。本当は、身分が上の相手から許可がないうちに礼を解くのは失礼に当たるのだが、ルチアは気にせずに頭を上げた。
「まあ、おまえのプラチナブロンドなら、俺のこの美しい金髪に並んでも、そこまで見劣りもしないだろうし、華奢で小柄な体形は、俺が大きく見えるからいいか」
値踏みするようにジロジロ見られて、ルチアの苛々ゲージがどんどん溜まっていく。
見栄っ張りのアレキサンダーが、上げ底ブーツを履いて、足の長さを五センチ誤魔化しているのを、ルチアは知っている。何せ、二回もこの男の妻をやりましたから。ブーツを脱いでズボンの裾を引きずって歩く姿とか、笑っちゃうからね。
その姿を思い出して、ルチアは苛々を解消する。
僕ってイケてるって自信満々のアレキサンダーだが、実はコンプレックスがちょいちょいある。筋トレしても筋肉のつかない貧弱な身体、若干短めの足、そして今はフサフサしているけれど、遺伝的に薄くなりそうな頭だ。(国王様、最近後頭部が……なんだよね)
「私なんかが殿下の隣りに並ぶなんて、恐れ多いことでございます」
「今はな。しかし、結婚したら王太子妃として並び立つことになるからな」
「ご婚約のお話、まだお受けしておりませんが」
「は?おまえなんかが断れると思っているのか?ははは、別におまえじゃなくても僕はかまわないんだが、おまえは腐っても侯爵令嬢だし、父親は政治に関わりも薄いだろ。皇太子妃にはうってつけなんだそうだ。そう、ただそれだけで、俺がおまえを指名したとか勘違いするなよ」
いい加減席を勧めろよ……と思うが、ここまで立ちっぱなしだと、アレキサンダーが不安になるくらい、頭頂部を凝視してやる!と目線をアレキサンダーの頭頂部に固定する。
もしかして薄い!?って、不安に思うといいわ!
ルチアの視線の先に気がついたアレキサンダーは、若干挙動不審になりつつ、ルチアがいまだに立ったままだということに気がついたようだ。
「まぁ……座れ」
これ以上上から見下されたらたまらないと思ったのか、なんとなく気まずく思ったのか知らないが、やっとルチアに席を勧めてきた。ルチアが椅子の前に行くと、侍従がホッとしたように椅子を引いてくれ、他の侍従が紅茶をサーブしてくれた。
「先程のお話ですが、実は他に考えている縁談がありまして……」
嘘は言っていない。縁談話が来ているとは言っていなく、一方的に考えて釣書を送りつけただけだ。
「は?僕以上に良い話はないだろう」
まあね、次期王妃確定と言われれば、そりゃ良い縁談話だろうが、正妃は早い者順ではないから、他の妃とドロドロした争いなんかしたくない。何よりも一番の問題は、夫になる人物の為人である。
「それはなんとも……。お相手はこの国の人ではありませんから」
「は……?おまえに他国の王族から縁談が来る訳ないだろ」
はい、ごもっともです。
「王族ではありませんよ」
「じゃあ、誰なんだよ!」
アレキサンダーはテーブルをドンッと叩き、紅茶が溢れてテーブルクロスにシミを作った。
相変わらず短気だな。短気で短慮、自分の都合の良いことしか受け入れなくて、これが我が国の次期国王とか、将来が思いやられるよね。
「ノイアー・エムナール様です」
「は?」
口をポカンと開けて、間抜け面もいいところだ。その口の中に砂糖菓子でも放り込んであげようかなと思いながら、ルチアは紅茶に口をつけた。
「ですから、ノイアー・エムナール大将、隣国プラタニアの雷靂将軍様ですよ」
「雷靂……」
衝撃を受けた様子のアレキサンダーを横目に、ルチアはお茶会のお茶とお菓子を堪能してアレキサンダーの復活を待った。
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