第5話 縁談4

(この砂糖菓子、口の中に入れたらホロホロ崩れて美味しいわぁ。さすが王族御用達の菓子屋、味だけじゃなく見た目まで繊細で、見て楽しく食べて美味しいとか最高!)


 アレキサンダーはけっこう長い時間放心していたと思う。ルチアはテーブルに並べてあった菓子をあらかたたいらげ、サーブ係の侍従にお代わりを頼んだところだった。見るからに華奢で、スプーン一杯でもお腹がいっぱいになってしまうんじゃないかと思われがちなルチアだが、実は痩せの大食いなのだ。


「……エムナール大将って、ルーよりも十歳も年上じゃないか!」


 復活したと思ったら、いつの間にか幼少期の呼び方に戻っていた。なんか、そこまで親しくないんだから止めて欲しい。前の前の人生では夫婦だったから「ルー」呼びだったけれど、それを思い出して……鳥肌が立つくらい気持ち悪いんですよ!


「ルチア嬢か、シンドルフ侯爵令嬢でお願いします」

「いや、今は気にする場所はそこじゃないだろ?」

「何でですか?私達は婚約者でもなんでもないのですから、呼び方は重要ですよ。それと、十歳くらいの年の差は、たいした問題ではないですよね?政略結婚ならば、それこそ祖父くらいの年齢の方に嫁ぐこともありますし」

「いやいや……彼は伯爵だ。侯爵令嬢であるルーとはつり合わない。実家は侯爵家のようだが、次男だから後継ぎじゃないし」


 なるほど、年齢は二十六歳、侯爵家出身の次男で、伯爵位を継承しているらしい。

 エムナール大将について知らなかったことが、アレキサンダーの口から溢れて出てくる。エムナール大将のことは調べないと……とは思っていたから、アレキサンダーが教えてくれるのならばちょうど良い。


「それに、二十も半ば過ぎて未婚とか、重大な欠陥があるに違いない。そうだ!男ばかりの軍隊に入り浸って、屋敷にはあまり帰らないという噂を聞く。きっと、男色家に違いない!」


(未婚なんだ。これは良い情報を聞いたよね。性的趣向はどうしようもないけれど、万が一そうでも、全然白い結婚でかまわないし、なんなら好きなひとのカモフラージュに使ってくれれば良い。アレクとの閨は痛いばかりで最悪だったし、あんなことをしなくて良いなら、はっきり言ってしたくないしね)


「残忍で陰険で……」


 そこからはただの悪口になっていったので、ルチアは右から左に聞き流しておいた。


 ★★★ アレキサンダー視点


 ルチアと初めて会ったのは、アレキサンダーの為に王妃が開いた茶会だった。

 波打つシルバーブロンドの豊かな髪が日の光にきらめき、薄紫色の瞳は輝く宝石のようだった。美少女と名高いシンドルフ侯爵令嬢は、アレキサンダーの予想以上に美しい少女だった。


「この中で、僕の美しさに見劣りしないのはあそこの娘くらいじゃないか」

「ルチア・シンドルフ侯爵令嬢ですね。確かに、第一王子殿下のお隣りに並ばれたら、一対の人形のようにお美しいことでしょう」


 侍従の言葉に、小さなアレキサンダーは大仰に頷く。


 多くの子供達がアレキサンダーの前に連れてこられ、くだらない挨拶を聞いている中、やっとルチアがアレキサンダーの前に連れてこられた。


「シンドルフ侯爵の末娘、ルチアと申します」

「ルチアか。俗っぽい名前だな」


 それまでは、挨拶をされてもそっぽを向いていたアレキサンダーが、初めて招待客に声をかけた。


「それに、その真っ白い金髪はなんでそんなにウネウネしているんだ」


 アレキサンダーがルチアの髪の毛を掴み、自分の方へ引っ張った。


「殿下、ご令嬢の髪の毛をそのように掴まれましては……」


 侍従が慌てて止めようとするが、アレキサンダーを叱れる者はおらず、ルチアも泣かずに耐えた為、アレキサンダーはルチアの髪の毛が数本抜けてしまうほど引っ張ってしまった。


「次のご令嬢がお待ちですので、ご挨拶はこれまでに。シンドルフ侯爵令嬢様、お席にご案内いたします」


 侍従がルチアを連れて行ってしまい、ルチアとの対面を見てすでに半泣きになっている次の子供を無視し、会場の探検をすることにした。


 この後、なぜかポケットに忍び込んだ青虫が、口を拭こうと取り出したハンカチについていて、アレキサンダーの顔面に青虫が張り付いた……なんてアクシデントも発生したが、アレキサンダーがこの茶会で唯一覚えた子供の名前が、ルチア・シンドルフであった。


 それからも何回かの茶会でルチアに会い、見かける度にちょっかいをかけた。好きな女子の気を引きたいがゆえの行為だったのだが、元が手加減を知らないわがまま王子であったので、行き過ぎたただの虐めに周りには見えていた。もし、ルチアが泣いて助けを求めたら、さすがに侍従達も止めただろうが、か弱く儚げに見えるルチアが、アレキサンダーを上手く躱していたり、こっそりと反撃しているのを見て、侍従達は陰ながらルチアを応援し、ルチアのしたことには見て見ないふりをした。


 そして、アレキサンダーが十八歳になった年の暮れ、父王から婚約者候補が決まったと告げられた。

 相手はルチア・シンドルフ侯爵令嬢。婚約を打診する親書を既に送り、返事待ちだということだった。


 アレキサンダーは断られるなんて考えは毛頭なく、さっそくルチアをお茶会に誘い、婚約者としての親睦を深めようとしたのだが……。


(隣国プラタニアの敵将との縁談と秤にかけているってどういうことだ!?あんな厳ついおっさんと、見目麗しい僕が同列!?)


 アレキサンダーは、こんな衝撃を受けたのは、生まれてこの方初めての経験だった。



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