第43話 第二王子の無茶振り

 ルチアは南向きのテラスでお茶をしながら、恨めしそうに西側にある仮大将軍本部を眺めていた。


 ノイアーの指示により、ルチアと軍関係者達の動線は分けられ、ノイアーとルチアの私室がある東側には軍関係者の立ち入りを禁じ、逆にルチアは仮軍本部とした西側には近付かないようにと言われた。


「……同じ屋敷にいるのに会えない」

「お嬢様、伯爵様はお仕事をなさっているのですから、仕方がありませんよ」


 アンがお茶のお代わりを淹れてくれながら、わがままは駄目ですよと釘を刺す。


「だって、家でお仕事だから、いってらっしゃいのハグも、お帰りなさいのチューもできないのよ」

「それなら、おはようのハグにおやすみなさいのチューでもいいじゃないですか」


 それはそれ、これはこれだ。それに、せっかくの二人の時間も邪魔者(サミュエル)が入るようになったから、ルチアのストレスもマックスなのだ。


「やあ、ルチアちゃん」


 ストレスの元凶がやって来た。毎日ノイアーに大量の仕事を持ってくるサミュエルは、本人は暇なのか、毎朝朝食に乱入、ちょいちょい仕事したり、王城を往復したりして、午後のお茶の時間にたまにルチアの元に顔を出し(ノイアーは仕事漬けなのに!)、日が沈んだ頃に王城へ帰って行く。ノイアーよりも頻繁にサミュエルに会うのが納得いかなかった。


「なんの用ですか」


 ルチアがブスッとして答えると、サミュエルは勧めてもいないのに、ルチアの目の前に座った。アンは無言でサミュエルにお茶を出し、ルチアの後ろに控えて気配を消すように立った。


「ルチアちゃんの気晴らしに」

「別に殿下に会ったからって、気晴らしにはなりませんよ」

「酷いな。これでも、令嬢方にはウケがいいんだよ」


 ルチアはゲンナリした表情を隠さない。素が出せるくらいには、サミュエルと親しくなったのかもしれないが、良くも悪くも思われたいとは思わない相手なので、正直どうでも良い。ノイアーの仕事を減らしてくれたら、笑顔の一つでもサービスするのかもしれないが、ノイアーを仕事漬けにしている元凶だから、塩対応くらいが丁度良いのだ。


「それは、その令嬢達が殿下のことか好きだからでしょう。好きでもなんでもない異性なんて鬱陶しいだけです」

「酷いなぁ。せっかくルチアちゃんにお土産持ってきたのに」

「食べ物ならいただきます」


 笑顔もないままちゃっかり手を出すルチアに、サミュエルは楽しそうに笑った。


「本当、ルチアちゃんは面白いよ。まあ、これだけがお土産じゃないけど、良かったら食べてみて。」


 サミュエルは紙袋をアンに手渡すと、中身をテーブルに並べるように言った。袋の中身はプチカップケーキで、色とりどりのケーキは目にも楽しめた。


「で、私に何かお話でも?」


 ルチアは、カップケーキをパクパク食べながら聞いた。


「実はね、ルチアちゃんにゴールドフロントに行って来て欲しいんだよね」

「それは……国に帰れということですか!」


 カップケーキに罪はないのに、ルチアは力いっぱいフォークを突き刺してしまった。


「違う違う。うちからの国書を届けて欲しいんだ。ついでに、あっちの王太子を送り返して欲しい。これ以上うちにいられても、ただの無駄飯食いにしかならないし、侍女にも手を出すから困っているんだよ」


 自分の立場も理解できないくらい阿呆だったのかと、ルチアは額に手を当てて低く呻く。


「全く……懲りないわね。でも、国に帰してしまって、知らぬ存ぜぬでしらばっくれられたりしたらどうするんです?」


 サミュエルはニッと笑う。


「それこそ戦争を仕掛けるきっかけになるよね。彼の身柄を拘束した状態で条約を結んでも、人質を取られていたからとか、後でごねられても困るし」


 国書を渡せと言ってはいるが、そこには相手がごねるだろう無理難題しか書いていないに違いない。ノイアーがこれだけ忙しくなったのは、先の戦争の後始末だけではなく、これから起きるだろうゴールドフロントとの戦争を見据えてのことだろうから。国書を届けることが開戦の合図となり、届けた相手がプラタニアの使者であれば、人質にとられたり殺されたりする可能性があるから、ゴールドフロントの民であるルチアが使者に選ばれたということなんだろう。

 つまり、国書を届けた後、戻ってこられなくなる可能性が高い。


 ルチアは、不敬とはわかってはいてもサミュエルを睨みつける。


「それに、私の拒否権はないんですよね」

「うん?ないかなぁ。でも、護衛にノイアーをつけるよ。ゴールドフロントとの交渉はノイアーに任せることになったし。それにほら、婚約者だし、君のご両親にも挨拶してないでしょ。ちょうどいいから、挨拶もしてくればいいんじゃないかな」

「それは……ノイアーはともかく、アレキサンダー殿下も連れて実家に行けということですか?」


 無茶振りも酷くない?国書を届けてからだと、実家に行く余裕なんかなくなるだろうし、そうするとゴールドフロントの王城に行く途中に立ち寄れば……といいう話になるじゃないか。


「あはは、そうなるのかな」


 ルチアは軽薄に笑うサミュエルにブチッと切れそうになる。


「大丈夫だ。中隊をゴールドフロントの王太子の護衛につけて、あっちは馬車で移動することにした。俺達は騎馬で先に行く」

「ノイアー!」


 テラスにノイアーが現れ、ルチアの後ろからルチアの肩に手を置いた。振り返ったルチアの頭にキスを落とすと、サミュエルには不機嫌そうな顔を向ける。


「なになに、二人っきりで先に行くって、婚前旅行みたいじゃん」

「シンドルフ領で合流するから、何も問題はない」


 ノイアーがシンドルフ領に顔を出したら、気の弱い父親は卒倒するんじゃないだろうか?


 心配の種は尽きないが、ルチアがイエスと答える前に、すでにルチアのゴールドフロント行きは決定事項になっているようだった。



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