第20話 王族とのお茶会5

 会話が……ない。


 ルチアは、目の前に座る美貌の王女を前に、手つかずの茶菓子を恨めしそうに眺めていた。ライザが手を出さないし、勧められもしないから、ルチアはお茶にもお茶菓子にも手が出せないでいた。サミュエルはノイアーをつれて中座をしてしまったし、ホステスである筈のライザは自分からは話しかけてこない。しかも、ルチアが話を振っても、一言くらいしか返してこないのだ。


(会話ってキャッチボールじゃん。ぶった切られたら、そこで終わっちゃうよね)


「ライザ様は、ノイアーのことを昔から知っていると聞きましたけど、ノイアーって昔からあんな感じでした?」


 ライザの眉が微かに動いた。伏せていた視線を上げて、ルチアと一瞬視線を合わせた。しかし、それもすぐにそらされてしまう。


(私、嫌われるようなことしたかな?前世で王太子妃として会った時は、もう少し会話が成り立っていたような)


「あんなとは?」

「わかりにくいけど、気づかいの人ですよね。それに、何気に優しいし。眼光が鋭くて威圧感が半端ないけど、たまに目元が緩む時とかあって、それを見ると、凄いレアで良いもの見たなって思うんですよ」

「そう……ですか」

「知ってます?ノイアーって好物を食べる時、片眉が上がるんですよ。逆に嫌いな物を食べる時は、眉間に少し皺が出来るんです。あと、甘い物が苦手とか言いながら、ブランデーを飲む時だけは、ビターなチョコなら食べれるみたいなんです」


 主に食べ物ネタで申し訳ないけれど、ノイアーとは朝食の時間と寝る前のわずかな時間しか会えないのだから、他に深く語れるようなイベントがなかった。


「そ……そんなこと知っています」


 ライザは声を震わせて言い放つ。

 実際には、いつもその逞しい背中を隠れて見ていただけで、ライザはノイアーの視線が怖くてまともに目を合わせたことはなかったのだが、たかだか出会って一ヶ月くらいのルチアに、自分の知らないノイアーを語られるのが無性に腹立たしかったようだ。


「あなた、まだノイアー様と婚約も成立していないのに、ノイアー様のお屋敷に押しかけて、婚約者面なさらないでちょうだい」 

「え?いや、そう言われても。婚約の打診をしたのは私ですけど、受けてくれたのはノイアーですし」

「でも、本当は私との婚約が成立する筈でしたのよ」


 それはさっきサミュエルも言っていたことだし、ライザからしたら婚約する筈だった男性を奪われたことになるから、ルチアにこんなに無愛想に振る舞うのかと納得もできる。しかし、ルチアも命がかかっているのだから、そうですかとノイアーをライザに譲ることはできないのだ。


「ライザ様は、ノイアーと婚約したかった……というこですか?」


 ライザは真っ赤になって立ち上がり、プルプルと肩を震わせる。


「私は事実を言っただけですわ」


 共通の話題をと思って話しただけで、ライザと衝突したかった訳ではなかった。それどころか、ライザがアレキサンダーの魔の手に落ちないように、仲良くなれたらくらいに思っていたのに。


(友達になるのは……無理っぽいな)


「ライザ様、アレキサンダー殿下にはお気をつけて」

「会う予定もない方の何を気をつけろと」

「いや、まあ、そうなんですけどね」

「私、気分が優れないので失礼いたします」


 ライザは立ち上がり、侍女達を引き連れて退席してしまった。ルチアは一人バルコニーや残され、どうしたものかと考える。が、帰ろうにも馬車を用意するように頼める侍女もいないし、目の前には美味しそうなお茶菓子がまだ残っているし……。


 ルチアは冷めてしまった紅茶を一息で飲み干すと、おもむろに立ち上がり、自力で新しく紅茶をいれなおした。余ったお茶菓子が捨てられてしまうくらいならば、自分のお腹の中に収まった方が有益ではないか。都合の良いことに、バルコニーには誰の目もない。ルチアが多少食べ過ぎてしまったとしても、見咎める人物はいないのだから。


 ルチアが楽しく一人茶会お茶会を開催していると、ノイアーが一人戻ってきた。


「王女は?」

「さあ?具合でも悪くなったのかな。退席なさったわよ」


 ノイアーの眉が少し上がる。表情が豊かでない分、少しの変化でも考えていることがわかるようになった。

 今は多分不快。招待しておいて(正式に招待したのは、サミュエル第二王子なんだろうけどね)、私が一人放置されたことに怒ってくれたんだろう。


「ノイアー、ちょっとちょっと」


 ノイアーを手招きすると、私の椅子の横まで来て、しかも身を屈めてくれる。


「ほら、口を開けて」


 お茶菓子の中から、甘くないクッキーを選んでノイアーの口に放り込んだ。


「甘く……ないな」

「でしょ。これなら、ノイアーも食べられると思わない?だから、これだけは食べないで取っておいたの」

「そうか」


 他はほとんど私が食べたけど……とは言わずに、ルチアはそのクッキーをハンカチに一枚のせた。


「それ、どうするんだ?」

「持ち帰って、サントスに食べさせるのよ。で、何が入っているか予想してもらって再現するの」


 料理長のサントスならば、限りなく本物に近く再現してくれるだろう。


「そんなに気に入ったのか?」

「ノイアーも食べられるお菓子が増えたら、私も罪悪感なく色々食べられるでしょ」

「罪悪感があったのか?」


 ノイアーに聞かれ、ルチアはよく考えてみる。ノイアーとの真夜中のお喋りは楽しくて、用意してくれていたお菓子はいつもペロリと完食していた。罪悪感があれば、さすがに完食はできないだろう。


「なかった……かも。あ、真夜中にお菓子を食べる不道徳感はあるけどね。ああ、きっとノイアーと同じ物を食べて、美味しいねって言いたかったんだわ」

「なるほど……。そのクッキーのレシピならば、サミュエル殿下に聞けば調べてくれるぞ」

「え?殿下に調べさせるの?」

「ああ、だからもう一枚」


 ノイアーがルチアに向かって口を開いた。


(アーンをご所望ですか!?)


 思わぬノイアーのデレにルチアは内心悶えながら、ノイアーの口にクッキーを入れた。

 強面のノイアーが誰よりも可愛く見えるとか、けっこう重症かもしれない。








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