第21話 遠征前日1
婚約者(仮)のまま、ノイアーの最後の遠征前日になってしまった。
ノイアーが無事にこの遠征を勝利して帰ってくるのは、今までの三回の人生でも不変のことだから心配はしていないとして、問題はいまだに婚約者に(仮)がとれていないこと。
プラタニア王国が貿易路を確保したら、正直ゴールドフロント王国なんか眼中になくなるよね。価値があるとしたら、塩の専売権を持っているくらい。でも、それを主張してプラタニア王国を押さえつけようとするなら、それこそ戦争して奪っちゃえばいいんだもん。
常にエネルの民や山脈の山賊達と戦ってきたプラタニア軍と、実戦の経験もなくぐうたらしていたゴールドフロント軍ならば、勝敗なんか一瞬でつくだろう。ルチアは両国に戦争が起こった時、勝敗がつく前に三回とも死んでしまっているから、そこのところは予想でしかないが、子供でも容易に想像できることだ。
つまりよ、この遠征が終わったら、ゴールドフロント王国の侯爵令嬢なんて、なんの価値もなくなる。
万が一、婚約が正式に執り行われていないからと国に返されたらと、考えるのも恐ろしかった。
傷物令嬢として放置してくれれば良いけれど、プラタニア王国に唯一繋ぎがとれる人物として、王家に囲われる気がしてならない。正妃は難しいだろうが、アレキサンダーの第二妃くらいにはさせられそうだ。
そして今までの人生通り、アレキサンダーのせいでノイアーに殺されるのか?
今のノイアーとの関係なら、ルチアを殺すことはないかもしれないけれど、今までだってノイアーはルチアを積極的に殺そうとしたことはなかった。最初の二回はアレキサンダーに盾にされたからだし、三回目は数射った矢がたまたまルチアに当たってしまっただけ。これだって、アレキサンダーがライザ第一王女に手を出そうとしなかったら起きなかった戦争だ。
結果としてルチアを殺したのはノイアーだったけれど、誰のせいかって考えたら、アレキサンダーが100%悪いよね。
ノイアーには恨みはないけれど、アレキサンダーには恨みしかない。アレキサンダーの正妃も、第二妃も、妾もあり得ない。
となると、ノイアーに確実にお嫁さんにしてもらわないとだ。
「お嬢様、本当にその格好でいらっしゃるんですか?」
アンの言いたい事は分かる。いつもノイアーの部屋を訪れる時は、部屋着ではあるけれど、露出のまるでない膝下ワンピースで、甘い果実水を飲んでお菓子をつまみ、健全な時間を過ごしていた。
そんなお色気皆無だったルチアが、今晩は気合いを入れて、スカートの丈を短くし、胸元なんかレースでちょい透けのワンピースを着てみた。髪の毛はポニーテールに結い、首筋の後れ毛とか、色気が溢れているでしょ?と、アンの目の前でクルリと回ってみせた。
「どう?少しは攻めた感じになってる?」
「攻めたというか……」
足が出たことで、より子供っぽさが増した気がするし、髪の毛もアップに結い上げ過ぎて、色気よりも元気ハツラツ感が強いです……とは言えないアンだった。
「明日ノイアーが遠征に行く前に、既成事実を作って、正式な婚約者に格上げしてもらわなくちゃ」
「お嬢様は、伯爵様が恐ろしくないのですか?私でさえ、その目を見るだけで震えが止まりませんのに」
アンは武術も嗜んでおり、多少の殺気くらいじゃ圧倒されることはない。そのアンが震える程と言っているのだから、ノイアーの畏眼はかなり強烈なのだろう。
「怖い……のは怖いかな。でも、別に今すぐ殺される訳じゃないし、何よりもノイアーって凄く良い人よ」
「それはそうだと思いますけど……。お嬢様はノイアー様のお嫁様になりたいと、本当にお思いなんですね」
「うん。最初は、アレキサンダー殿下と結婚したくなかっただけだったけど、今はアレキサンダー殿下以外の誰かじゃなく、ノイアーと結婚したいと思っているわ」
「そうですか。それではお嬢様、私が少し手直しさせていただきます」
アンは、私を鏡台の前に座らせると、まず髪型を直しだした。高い位置で結っていたポニーテールを解き、緩い編み込みにして片側に垂らした。薄化粧をして、肩にストールをかけてくれる。
「こちらの方が、さっきよりは落ち着いて見えますよ。ガバっと見せられるよりも、チラっと見えた方が色気があるものです」
「そうなの?」
「じゃあ、頑張っていってらっしゃいませ」
アンに肩を叩かれ、「よし!」と気合いを入れて立ち上がる。
(既成事実を作ると言ったものの、色仕掛けってどうすればいいのかな)
前世に二回結婚経験があるルチアだったが、自分から閨に誘った経験など皆無であった為、どうやって既成事実に持って行くかもノープランだった。
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