第19話 王族とのお茶会4

「ライザ様とノイアーが?」


 思ってもいなかった組み合わせに、ルチアの声が上ずる。前世では、戦争で勝利した後も、二人の婚約という話は聞いたことがなかったが、ルチアが知らなかっただけで、プラタニアではそんな話が進んでいたんだろうか?


「あれ?戦争のことより、二人のことの方が気になるんだ」


 動揺を隠せないルチアを、サミュエルは興味深そうに見つめた。


「そりゃ、そうですよ。私は、ノイアーと婚約する為にプラタニアまで来たんですもの。もしかして、私とノイアーの婚約がいまだに成立しないのは、それが関係してます?」


 国王に書いてもらった婚約の承諾書を持ってプラタニアに来て一ヶ月、ノイアーは戦争に片がついてからと言っていたけれど、もしかしたらノイアーとライザの婚姻話があるから、ルチアとの話がストップしているのかもしれないと考えた。


 時期的に今は戦争は大詰めの筈で、プラタニアからしたらゴールドフロントがどう動く(邪魔する?)かが気になるところだろう。ルチアをノイアーの婚約者として呼び寄せたのも、ゴールドフロントの動向を探る為。逆に言えば、戦争に勝ってしまえばルチアは用無しだ。ルチア的にはそれまでに婚約できれば……と思っていたんだけれど。


「ノイアーは一時帰国しているだけで、来週にはまた砂漠に行ってもらうことになるからね。婚約するとしても、戦争が終結したらだよね。じゃないと婚約式ができないでしょ?婚約式がない婚約は、ノイアーの立場的になしだから……が表向きの理由かな」


(表があるなら裏はなんだ!?)


 サミュエルはルチアの反応を見るのが楽しいのか、探るような表情から、何か楽しんでいるように表情が変わる。


「裏はおいおい。あ、でもライザは関係ないから。兄としては、ノイアーにもらってもらえば安心だからさっきはあんこと言ったけど、ノイアーがしんどいだろ。自分にいつもビクビクしている妻なんてさ。誰もがノイアーの覇気に畏怖を覚えずにはいられないのだから、お嫁ちゃんくらいはノイアーに笑顔を向けてあげて欲しいよね」


 確かにノイアーは常に殺気をまとっている。しかも、眼力が半端なくて、一睨みで大の男が腰を抜かす程だ。しかし、毎日会っていればさすがに腰は抜かさなくなるだろうし、睨まれなければ笑顔で話くらいはできると思う。第一、ノイアーと普通に喋っている時は、ルチアはもう恐怖などは感じていなかった。


「それは慣れもあるんじゃ?」

「君はたった一ヶ月で慣れたみたいだね。凄い胆力だ。ノイアーが僕付きの護衛兼遊び相手になったのは、あいつが見習い軍人の時で、十二年くらい前だったかな。ライザも、そのくらいからノイアーを知っている訳だけど、いまだに目も合わせられないし、震えも止まらないよ。かくいう僕も、ノイアーに睨まれたら鳥肌たっちゃうけどね」


(十二年もたっているのに?)


「ノイアーの目は畏眼とか恐眼って呼ばれてるの。知ってる?」


 初めて聞く単語に、「全くわかりません!」という表情のルチアを見て、サミュエルが畏眼について話し出した。


 畏眼を持つ人間は、戦闘能力に優れ、天才的な統帥能力を持つが、その身体に収まりきらない覇気が殺気として溢れ出て、常に人を威圧するオーラを発することも特徴だそうだ。その殺気は、特に畏眼と呼ばれる瞳に溢れ出、視線を合わせた人物に畏怖の念を与える為、一角の人物じゃないと視線も合わせられないとか。


(まんまノイアーだな。ただ目力が半端ない人だと思ってたけど、まさかの特異体質……でいいのかな?……だったなんて)


「それって、私が一角の人物ってことですか?」

「そうなんだろうね。ちなみに僕も耐えられるからね、一分くらいなら」


 そう言えば、屋敷で働いている人達と、微妙に視線が合わないなとは感じていたが、彼らはノイアーと視線を合わせない教育を受けているのかもしれない。


「ルチアちゃんは……何か特殊な訓練を受けたとか、武術の心得が人並み以上にあるという訳じゃ……なさそうだね」


 この細腕のどこにそんなスキルを隠しているというのか。


「ないです」

「だよねえ。君は不思議な人だ。ノイアーの畏眼が効かないんだから」

「効かない訳じゃないですよ。普通に殺気凄って思うから。でも、それ以上にノイアーの夜空みたいな瞳を直視できないなんて、みんな可哀想ですね。……綺麗なのに」


 あの濃紺の瞳を思い出して、ルチアはフッと笑みを深くする。


「へえ……ふーん、そうかぁ。本当に君は興味深い。ところで、ルチアちゃんはゴールドフロントに内通する意思はない、なんなら適当な情報を流すと、ノイアーから聞いたんだけど」


 サミュエルはニヤリと笑って、直球な質問を投げかけてきた。サミュエルは、政治的な駆け引きは必要ないと判断したらしい。


「まあ、そうですね。戦況をごまかしたかったら、膠着状態だとでもなんでも。でも、ゴールドフロント側は、プラタニアの勝利を希望している気がしますけど」

「なんで?そっちからしたら、うちが貿易路を確保できちゃったらまずいんじゃないの?」


 普通に考えたらそうだ。けれど、将来……それこそアレキサンダーが王位についてから状況が変わることを、現国王は憂いていた。アレキサンダーが能無し過ぎて……。


「……つまり、王子がぼんくらだから、彼に治世が移った時の為に、うちと平和条約を結んでおきたいということ?」

「そうですね。アレキサンダー殿下では、プラタニアを抑え込むのは不可能なのはわかりきっているので、政策を転換するしかないんじゃないですか。あくまで、国王陛下と話をして感じた私の予想ですけど」


 まさか、死に戻ったから知っていますなんて言えないし、王太子に縁談を申し込まれるくらいシンドルフ侯爵家が重用されているからだって勘違いをしてくれるといいんだけど。


「……だからなんの妨害もないのか」


 サミュエルが顎に手を当てて考え込む。


(信じてもらえたのかな?)


「ルチアちゃん、呼んでおいて悪いけど、お茶会はお開きにして良いかな?それで少し、旦那を借りてもいいかな。このことを話し合いたいんだ」

「それはどうぞ。でも、まだ旦那様ではないですけどね」

「時間の問題だよね」


 サミュエルは綺麗なウィンクを決めると、ルチアに腕を差し出してエスコートの姿勢をとる。


「ノイアーを借りて行く間、ライザとお茶して帰ってもらえると嬉しいよ。あいつ、人見知りが激しいから友人がいないんだよね。ノイアーのお嫁ちゃんと仲良くなってくれれば、僕らも安心だし」

「はあ、私にできることなら」


 さっき会った美貌の王女を思い浮かべ、消極的な返事をしたルチアは、サミュエルにエスコートされてバルコニーに戻った。

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