第24話 遠征からの帰還 1

 ノイアーが死の砂漠へ遠征に出てから十ヶ月、真夏の砂漠はさぞかし灼熱地獄に違いないと思いながら、ルチアはアイスクリームを頬張っていた。


 もちろん、ノイアーの無事を毎日祈っていたし、屋敷に電報が届けば、ノイアーに何かあったんじゃないかとドキドキした。でも、前世の通りならば、プラタニア王国の勝利は間違いないし、ゴールドフロントの王太子妃として戦後会ったノイアーに怪我をした様子はなかったから、今回だって絶対に無事な筈だと、毎日自分に言い聞かせていた。


 十ヶ月前のノイアー帰還時、すでに砂漠の民エネルの主要戦力は叩いており、エネルの首領を捕まえるだけになっていた。しかし、土地を知り尽くした彼らは、プラタニア軍に奇襲をかけつつ逃げ回り、ジリジリとプラタニア軍の戦力を削り、こんなに長い時間かかってしまっていた。

 それでももうすぐ終戦する筈なんだけど……と思っていた頃、屋敷に王城から使いがやって来た。


「お嬢様、お呼び出しです」


 プラタニア王家の蝋封をされた封筒を持ったアンが、アイスクリームを口に頬張った直後のルチアのところに小走りでやってきた。


「はんて(なんて)?」

「開けますよ」


 ペーパーナイフで封を切ると、アンは中に入っていた手紙をルチアに差し出した。


 手紙を読むと、ルチアは持っていたスプーンを投げ出していきなり部屋着を脱ぎだした。


「はあ!?今日ですって?」

「お嬢様、何を」

「支度して。王城へ出かけるわ。ノイアーが帰って来るの!」


 手紙は、戦争の勝利を知らせると同時に、兵達の帰還式典、祝賀パーティーの招待状でもあった。

 しかも、戦争に勝ったのは一週間も前で、兵達は凱旋パレードをしながら各街々で慰労を受けながら帰還していた為に、王都につくのに時間がかかり、彼らが王都につくのは今日であると記されていたのだ。


 バタバタと支度をし、王城へ馬車を走らせた。王城につくと、すでに兵士達は王城入りしていたようで、彼らは王城前広場にズラリと並んでいた。その後ろには、帰還を喜ぶ兵士達の家族がいて、ルチアもそこに案内された。


 ノイアーを探したが、目の前の兵士達が大き過ぎて、前の方まで見えない。背伸びをしても見えなくて、右に左に前を覗ける隙間がないか身体を揺らす。


 しばらくすると、楽団の演奏と共に王城バルコニーに王と王妃、王太子や王族達が現れた。そして最後にノイアーが国王に手招きされ、王と王妃の間に立った。帰還式典とやらが始まったのだ。


 久し振りに見たノイアーは、日焼けした浅黒い肌に白い儀礼用の軍服が映え、男らしさがさらに増していた。歩いて出て来た様子を見る限り、大きな怪我がなさそうで、ルチアはホッと安堵する。しかし、少し痩せただろうか?より精悍になった顔つきに、ルチアはときめきながらも心配になった。


 国王夫妻が現れたからか、ノイアーが現れたからか、さっきまで騒がしかった庭園が静まり返り、楽団の音色が響き渡った。

 音楽が止まり、国王が朗々と戦の勝利を語り出す。


「勇敢なプラタニア軍の兵士達、また大切な家族や恋人を戦に送り出したプラタニア国民よ、宿願だった死の砂漠制覇は達成された。ここにいる兵士達の働きに感謝し、……中略……、また、この戦の最大なる功労者であるノイアー・エムナール伯爵に褒賞として望む物を与えよう。もちろん、褒賞金とは別にだ。爵位か?領地か?さらには王女でも良いぞ」


(王女?いやいや、ノイアーは私と婚約するんだし!)


 ちょっと待った!と叫びたい気持ちを抑えて、やきもきしながらバルコニーを見上げた。


「恐れながら申し上げます。私が求める物は何もございません。私が賜る褒賞は、全て兵士やその家族に還元ください」


 ノイアーが国王の前に跪き、声をはった訳でもないのに、ノイアーの声が庭園に響いた。


「ふむ、なんとも欲がないな。ではやはり名誉として……」

「お待ち下さい、父上」


 サミュエル第二王子が一歩前に進み出た。


「サミュエル、どうした」

「実は、エムナール伯爵から遠征前に預かっていた書類がありまして、この遠征が終わったら受理することになっていました」


 サミュエルが国王に一枚の書類を差し出すと、国王はそれを受け取って渋い顔になる。


「しかしだな……、これは今となってはなんの価値も……」

「ノイアー、これを受理するんでいいんだよね」

「無論だ」


 バルコニーまで遠くて、サミュエルが何かをヒラヒラ持っているのはわかったが、それが何かはわからなかった。しかし、話の内容から察するにあれは……。


「ここにノイアー・エムナール伯爵と、ルチア・シンドルフ嬢の婚約を正式に受理する」


 サミュエルが宣言し、兵士達からどよめきが起こる。


 そんな中、こんなに大勢の兵士や民衆がいる中で、ノイアーと視線が合った気がした。いや、確実に合ってるよね?


「ルチア・シンドルフ様でよろしいでしょうか?」


 後ろから声をかけられて、ノイアーから視線が外れた。振り向くと侍従が立っており、サミュエル第二王子が呼んでいるので来て欲しいと言われた。これから兵士達への褒賞授与に移るらしいが、そんなものを最後まで見たい訳ではないので、ルチアは侍従の後について行き、庭園を離れた。


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