第41話 第二王子の葛藤 1

「戦争……になったりするのかな」


 ルチアは、サミュエルの執務室にあるソファーにノイアーと並んで座っていた。


「やはり心配か?」

「そりゃ……ね」


 今ではノイアーに殺されるとは思わないけれど、今までそうだったようにノイアーが意図しない出来事が起こるかもしれないじゃない。

 全ての人生において、ルチアの死に関わっている主要人物はノイアーとアレキサンダーだ。そして戦争がトリガーになっていた。


「大丈夫だ。万が一戦になっても、ルチアの家族は保護するし、領民を攻撃することもない。戦いは先手必勝、一気に王城を落とすから、国民が気が付いた時には勝敗はついているさ」

「うん。ノイアーなら、一瞬で勝てると私も思う。ゴールドフロントの軍隊は実戦の経験はないし、正直お話にならないくらい弱いもの」


 一番最初の前世の時はまさにそれで、一気に国を駆け抜けてきたプラタニア軍が、城門を閉める隙も与えないくらい素早く城に攻め入り、あっという間に王家の居住域まだ入り込んできたことを思い出す。

 あの時、黒い甲冑を身に着け、ルチアくらいの長さの大剣を片手で軽々と振り回すノイアーの姿は、敵ながら見惚れるほど雄々しくて、もしかするとあの時すでにノイアーに恋に堕ちていたのかもしれない。その後二回も死んでやっと気がつくとか、どれだけ鈍いんだって話だけどね。


「まあ、ライザ王女殿下の虚言なんだから、戦争が起こる筈はないがな」

「全部嘘だったら良かったんだけど……」

「どういうことだ?」


 ルチアは、ノイアーの方へ向きなおった。


「あの場所で、私とアレキサンダー殿下の密会を見たのは嘘。アレキサンダー殿下が私に言われてライザ王女殿下を襲ったのも嘘。でも、アレキサンダー殿下がライザ王女殿下に手を出したという事実だけなら本当かもしれない。今日ではないみたいですけど」


 ノイアーの眉間に皺が寄る。


「つまり、王女殿下とゴールドフロントの王太子は関係を持ったと?」


 ルチアは「うーん」と唸る。


 ぶっちゃけ、最後までしたかどうかはわからない。アレキサンダーの言う味見が、どこまでを差すのかわからないから。なにせ、二回目の人生でアレキサンダーの暴挙を未遂で防いだのは、当時王太子妃だったルチアだった。アレキサンダーは下半身丸出し、ライザにいたっては全裸の状態で、まさに挿入直前だったにもかかわらず、その時のアレキサンダーの言い訳が、「まだ何もしていない」だったのだ。

 あの状態で何もしていないのならば、どこまでしたら味見になるのか?ちょっと怖くて考えたくない。


「そこまではなんとも。いくらアレキサンダー殿下でも、一国の王女に手を出すほど愚かじゃないと思いたいけど、王女殿下との関係を匂わすことを言っていたし……」

「……」


 ライザからアレキサンダーを誘ったとは思えないから、アレキサンダーがうまいこと言いくるめたのか、よほどの抵抗をしなければ、本気で嫌がってないと判断し、半ば強引にことを進めたのか……。


「ルチアには、ゴールドフロントの王太子には気をつけろと言われていたのに、こんなことになるとはな」

「全くだ」


 ノックもなく扉が開き、サミュエルが執務室に入ってきた。


「ああ、座ったままで」


 立ち上がろうとしたルチアを片手で制し、サミュエルはルチア達の目の前に座った。以前会った時は、胡散臭い笑顔の王子だなとルチアは思ったが、今はその笑顔も消えていた。


「サミュエル殿下、ルチアは王女殿下が言うようなことはしていない」


 ノイアーがきっぱりと断言する。その姿勢からは、もしルチアが冤罪で罪に問われることになれば、自分も国を相手に戦う意思があると告げていた。


「うん、わかっているよ。ライザは本当に馬鹿なことを考えたものだ。ルチアちゃんがゴールドフロントの王太子と会えば、ルチアちゃんが国に帰ると思い込んでいたようだ。ルチアちゃんさえいなくなれば、自分がノイアーと婚姻できると信じたんだね。あいつは自業自得にせよ、国としてはそうもいかなくて……」


 そう言いながらも、サミュエルは妹が傷ついたことに心を痛めているようで、深い溜め息をついて額に手を当てて言葉を続けた。


「どんな理由があるにせよ、婚姻の約束もなく、王女の純潔を汚す……もしくはそれに準じる行為をされたのならば、国をもって抗議しなければならない。たとえ戦になっても」

「それは、さっきの王女殿下の言葉を信じてということか」


 ノイアーの眉間の皺が深くなる。


「……すまない」


 すまない?


 ルチアは何に対して謝られているのか、そもそも誰に対しての謝罪なのかわからず、キョロキョロと辺りを見回した。しかし、この部屋にいるのは三人だけで、しかもサミュエルの視線はルチアに向いている。


(私!?私に王族が頭を下げているということ?)


 問題は何に対しての謝罪かってことで、この話の流れからすると、やっぱりあれだよね。


 冤罪かけちゃうけどごめんね……ってこと!?いやいや、ごめんねですむ話じゃないからね?



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