第26話 戦勝祝賀パーティー 1
「これが私?」
(……なんて思わないよ。腐っても侯爵令嬢だったし、着飾ることも多かったからね。ただ、ここまできちんとお化粧をして、ドレスアップした姿をノイアーに見せたことはないから、彼がどんな反応をするか楽しみではある。まぁ、ノイアーも綺麗に着飾った令嬢なんて見飽きるくらい見ているだろうから、きっと反応らしい反応なんてないんだろうな)
ルチアは鏡に自分の姿を映して、真っ正面から見てニッコリ笑ってみたり、斜めを向いておすまししてみたり、一周回って後ろ姿を確認したりしてみた。
好きな人に良く見られたい女心だ。前世で結婚していたアレキサンダーには一度も感じたことのない感情である。
(ボレロを脱いでみたら、少しは女らしく……いや、止めとこ。貧相さが前面に出ちゃう)
ボレロを肩から落としてみて、あまりの残念さ(どこがとは言いたくない!)に、ルチアは自分の身体のある部分(お胸よ!お胸!悪かったわね、平たくて)から目をそらす。
扉がノックされ、ルチアが「どうぞ」と返事をすると、扉が開いて礼装用の軍服を着たノイアーが現れた。そのあまりのカッコ良さに、ルチアはポーッとなってノイアーを見つめてしまった。
いつもは洗いざらしの黒髪は後ろに撫でつけられ、形の良いおでこが見えていた。右頬にある傷痕さえ男らしさを上げており、濃紺色の瞳はさらに深く煌めいている。この瞳を直視できるのは自分だけと思うと、ゾクゾクとした喜びがこみ上げてくる。
逞しい体格と高い身長は軍服を完璧に着こなし、沢山つけられた勲章はノイアーが貰った勲章のほんの一部に違いない。
(控え目に言って、私の婚約者最高で最強!)
ルチアがノイアーに見惚れていたその時、ノイアーもまた着飾ったルチアを見て息をするのも忘れるくらい目を奪われていた。
まず、結い上げられたその美しいプラチナブロンドの髪と、後れ毛がかかる細い首元から華奢な肩のラインに目が惹きつけられた。さらに、振り向いたルチアの大きな目は一層大きく見えて目の周りがキラキラ光り、淡いピンク色の頬は上気したように艶っぽく、濡れたように輝く唇はノイアーの視線を釘付けにした。そして、はだけられたボレロから覗く胸元は……。
ノイアーは慌てて視線をそらし、ルチアの側に大股で歩み寄ると、肩から落とされたボレロをルチアに着せて、しっかりとボタンを上まで留めた。
「そこまで留めたら、可愛さ半減だわ」
「大丈夫だ。ルチアは十分可愛いから」
ノイアーに口説いている自覚はなく、ただ正直に思ったことを口にしただけなのだが、それを聞いたルチアは嬉しさと恥ずかしさで身体がカッと熱くなる。
見た目と中身にギャップのあるルチアは、儚げな見た目から勝手にイメージが先行して褒めそやされることが多かった。大袈裟な言い回しで容姿を褒められたり、それ誰のこと?というくらいお淑やかな令嬢扱いされたり。一応にこやかに「そんなことありませんわ、おほほほほ」などと返す外面は持ち合わせていたが、「この人、私の何を見てるんだろう。目、腐ってるんじゃないの」と、内心では悪態をついていたりした。
そんなルチアだったから、つい素直に出てしまったというような褒め言葉に、心を撃ち抜かれてしまったのだ。
「ノイアーも凄く格好良い。いつもの軍服もいいけど、礼装バージョンも素敵だわ」
「そうか。なんか、頭も弄られて落ち着かないがな」
「その髪型もいいと思う。顔がすっきりと見えてて、私は好きだな」
ルチアは手を伸ばしてノイアーの髪を触ろうとし、全然届かずに背伸びをした。そんなルチアを見て、ノイアーは腰を屈めて頭を差し出してくれる。
「あ、パリパリ。固めてるんだ」
ノイアーの顔が近くまで来て、ルチアは思わずチュッとその頬にキスをした。
(お帰りなさいの挨拶がまだだったからね。……って、頬に口紅ついちゃった)
口紅のついてしまったノイアーの頬をゴシゴシ指で擦っていると、ノイアーがルチアを抱きしめた。少し苦しいくらいだったが、それも嬉しくてルチアもノイアーにしがみつく。
「手紙、全部読んだ。この十ヶ月のルチアが知れて良かった」
「あ、私もノイアーからの手紙見たいな」
「ああ、後でまとめて読んでくれ。ルチアの手紙に比べると、大したことは書いていないが」
ノイアーもルチアの額にキスをくれる。
「甘い……甘いな、君達。ノイアー、僕の存在をすっかり忘れているだろ」
開いた扉の向こうから声がし、見ると正装姿のサミュエルが立っていた。どうやら二人でルチアの控え室まで来たようだった。
「サミュエル第二王子殿下、素敵なドレスをありがとうございました」
ルチアはノイアーから離れると、ドレスの裾をつまんで礼をとる。
「いや、君達の恋文を隠匿していたお詫びだから気にしないで」
(恋文……、どちらかというと日記のような内容だった気もするけど、ドレスのプレゼントを気にするなと言うなら、気にしませんとも)
「ちなみに、私からの手紙は検閲されたんですよね?」
「うん、ごめんね。ノイアーが読む前に読んじゃって。君が思っていたよりも食いしんぼだということがよくわかったよ」
クスクス笑うサミュエルに、ルチアはムッとしたようにそっぽを向く。食べ物ネタが多かったことは認めるが、伯爵邸でよくしてもらっていることを伝えたかったのもあったのだ。
「今度、王城のパティシエ渾身のスィーツを届けさせるから、機嫌をなおして欲しいな」
「ノイアーが食べられる、甘さ控えめのスィーツもお願いしますね」
「ノイアーがスィーツ……、了解だ」
サミュエルの中で、ノイアーほどスィーツと対極にある人間はいなかった。ノイアーがケーキにフォークを刺しているところを想像するだけで、笑いが込み上げそうになり、口元に手をやり笑いの発作を堪えた。
ノイアーはそんなサミュエルを横目で睨むと、ルチアの手を自分の腕にかけさせた。
「戦勝祝賀パーティーが始まる。行こうか」
(今夜のパーティーが、ノイアーの婚約者としての初披露だ!)
ルチアは気合いを入れて控え室を出た。
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