第47話 拉致 2
馬車が停まり、扉が開いてアレキサンダーの側近のサントスが顔を出した。
「ついたか」
「はい、どうぞお降りください」
眠っていたから、どれくらいの時間馬車で運ばれたのかもわからなかった。王城からどれくらい離れたのか、ここが王都なのかもわからず、馬車から降ろされたルチアは、地形に見覚えはないか、助けを求められる誰かはいないかと周りを見渡した。しかし、辺りは木々が生い茂り、森の中には屋敷しかなく、人なんか見当たらなかった。
「……ふむふむむむむ(これはずしなさいよ)」
「サントス、ルチアの口枷を外してやれ」
「はい」
サントスが後ろに回り、ルチアの口を縛っていた枷を外した。
「あんたね、誘拐とか何考えているのよ」
「あんたって……王太子の僕に対して、なんて口のきき方だ」
恐怖に震えるでもなく、怒り喚くルチアに、アレキサンダーはショックを受けたようによろけて馬車に手をついた。しかし、そんなことは気にせず、ルチアはアレキサンダーを睨みつけた。手が縛られていなかったら、掴みかかって揺さぶっていたかもしれない。
「私を誘拐してどうするつもり!まさかだけど、ノイアーを通してプラタニアに交渉しようとか考えているんじゃないでしょうね」
「違う……けど、その手もあるな」
「は?」
考え込むように顎に手を当てて唸るアレキサンダーに、ルチアは他に自分に利用法があったっけ?と思考を巡らせた。
「殿下、ルチア嬢はまだ婚姻を結んでいる訳ではありませんので、そこまで利用価値はないかと。プラタニア側からしましたら、エムナール伯爵との婚約を破棄すれば良いだけなので」
婚約破棄!?
とんでもないことを言い出したサントスに、ルチアはギョッとして目を向ける。ルチアの中で、前世の記憶を思い出してみても、サントスについての記憶は薄かった。自分から前に出るタイプではなく、キラキラしたアレキサンダーの後ろで、影のように地味に控えている姿しか思い出せない。プラタニアにもアレキサンダーの同行をしていた筈だが、その姿を思い出そうとしても、やはり「いたかな?」くらいの認識しかない。
「その利用価値のない私をどうするつもりなんです」
「どうするって……、一緒に海を越えて逃避行するんだ」
「逃避行!?」
「何も心配はいらない!宝石はあるだけかき集めてきたし、僕は色んな国の王族と友人なんだ。匿ってくれる国は沢山ある。君と二人、困難を乗り越えて、愛を育んで行けばそこには……」
意味不明なことを言い出したアレキサンダーは、さらに意味不明なことをベラベラ喋りだした。
要約すると、廃嫡されたらプラタニアに再送還されてしまうだろうから、そうなる前に海を渡って外国に亡命を決めたと。しかも、傍迷惑なことに、その道連れにルチアを選んだと言うのだ。
生まれた時からの地位を捨てるのは辛いだろうが、身から出た錆、逆にアレキサンダー本人はそれくらいですんだと喜ぶべきだ。戦争になっていたら、敗戦して国も属国となり、それこそアレキサンダーが心配しているように、捕まって処刑されることすらあり得たのだから。ゴールドフロント国王の交渉次第だけれど、アレキサンダーは平民に落とされることなく、高位貴族として何不自由ない暮らしを保障されると思うが、なぜ亡命などを考えたのか。多分、アレキサンダーの浅慮からくる思い込みで、今のような状況になってしまったんだろうけれど……。
(何から逃げる必要があるの?しかも、なんで私まで道連れ?というか、側近ならアレキサンダー殿下の暴挙を止めなさいよ!)
悲運の王子を気取って、さも運命の悪戯に翻弄されている感を出して語るアレキサンダーを放置し、ルチアは側近であるサントスを睨みつけた。
「すみません、殿下は言い出したら聞かないもので……」
サントスは申し訳なさそうに視線を落とすが、だからってこんな王子の側近にさせられてあなたも大変ね……とはならない。
「そこを諌めるのがあなたの仕事じゃないの!?」
「いえ。殿下のご機嫌取りが私の一番の仕事ですから」
(それを言い切っちゃう?やっぱり、この主にしてこの側近あり的な感じ?)
多分、ルチアの表情にあまりに残念な感じが出てしまっていたのだろう。サントスはいまだに恍惚と悲運の王子を語るアレキサンダーに聞こえないように、ルチアの横に移動してくると、ルチアにしか聞こえないように耳元で囁いた。
「ご安心ください。ここは王家の森の入り口にある屋敷で、王城からもたいして離れていませんから」
後で聞いた話、サントスはアレキサンダーに言われてルチアとの逃避行を手伝うように命令されたが、さすがにそこまで手助けするつもりもなく、王家の森を無駄に馬車で走り回り、かなり遠くまで来たとアレキサンダーに錯覚させ、実は王城真裏にある王家所有の廃屋敷に連れて来たらしい。アレキサンダーは、すぐに海を渡りたがったらしいが、追手がかかることを理由に、しばらく屋敷に潜伏し、密航の準備をしっかり整えるべきだと進言したとか。
(いやいや、進言の方向が間違っているよね?まずは、馬鹿なことをするなじゃないの?)
それに対してのサントスの発言は、「あの殿下が正しいことを理解して受け入れると思いますか?」だった。
納得……ではなくて、それってただ諌めるのが面倒なだけだったと思うんだけど。
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