第31話 記憶にあるよりムチムチぷりぷりしてる
「兄さんたち、立ち聞きはダメだと思いますよ」
「たっ、立ち聞きじゃない! そうだ、父さんがレオに用事があるみたいだから呼びに来たんだ」
「なんか村役場にまた王都から使者が来たみたいだぞ」
「レオ君に相談したいことがあるんだと」
「すげえ馬車が次々来るから父さんビビってるんだよ」
「つか、来る奴らみんな偉そうなんだよ。横柄だしマジ迷惑」
「そろそろもう来るなって言ってもいんじゃね? レオ君えらい人なんだろ?」
「ああ……それはすみません。穏便にと思ってましたが、村に迷惑をかけるようなら、そろそろ力ずくで理解してもらうしかないですね」
レオが不穏なことを言い出したあたりで、役場から返ってきた父様が顔を覗かせた。
「ああ、いたレオ君。悪いけどちょっと執務室に来てくれるかい?」
「はい」
私の頭をひと撫でしてレオは父様について部屋を出て行った。
一緒に話を聞きたい……と言いかけたが、父様の顔がやや強張っている気がして、いつも通り振舞っているけど多分深刻な話だと気づき、声をかけるのを止めた。
「リンちゃんは俺たちと遊ぼうね~。はあ、いつもはレオ君に独り占めされているから、リンちゃんを堪能するの久しぶりだあ~」
兄さまたちが代わるがわる私を抱っこしてスーハ―するだけの時間をしばし耐え抜き、その後部屋でボーリング(リンちゃん考案)をして遊ぶ。
小一時間ほど経った頃、階下からドカン! という衝撃音が聞こえて飛び上がった。
「なにごと⁉」
「あっ、リンちゃん待って!」
兄さまたちの腕をすり抜け廊下に飛び出す。階段を駆け下りると、玄関のドアが吹っ飛んでいて、真っ黒なオーラを漂わせたレオが立っていた。
「レオッ! どうした⁉」
「……リン。悪い、ドアを壊してしまった」
ドアの外を見ると、王都からの使者らしき男二人が地面に転がっている。どうやら彼らを吹っ飛ばしてしまったようだ。
「わ、我らはアトフェ王女から勅命を受けた使者ですぞ! 勇者ともあろうものが、このような暴挙に及ぶなど、許されることではありません!」
使者のひとりが叫ぶ。それに対して、同席していた父様が怒鳴り返した。
「はあ⁉ アンタたちこそ誰に対して物を言っているんですか! 世界を救った勇者に対してなんだその物言いは!」
「黙れ平民が! 田舎者は黙っていろ! これは王家のご意思だ!」
「黙れ。お前こそ誰に口をきいている。この方は俺の義理の父だ。その口潰してやろうか」
でもでもと言い返す使者の男。お前……命がいらんのか? レオの怖さ知らないのか? ていうか勇者に対する敬意はないのか?
レオがいなきゃこの世界は滅んでいたんだから、みんながレオに感謝して崇めていると思っていたけど、この使者の態度を見る限り、あんまり敬意を感じられない。
「おじさんたち、レオをあまり怒らせないほうがいいよ。この人ひとりで世界を崩壊させる力があるっていうの、知らないわけじゃないよね? 勇者の称号は伊達じゃないんだよ」
「……責務を放り出し、逃げた男の何が勇者か。ガキは黙ってろ」
フォローのつもりで口を出したら、ぼそっと聞こえないくらいの声でレオをディスられた。
はあ? と言いつつ前に出た時、視界の横でレオの足がひゅっと振り上げられるのが見えた。
「っ、ダメだって!」
とっさにレオの前に出ると、足はすん止めされず私はひょいと抱き上げられる。振りぬかれた足はものすごい風圧を産み、玄関外に転がっていた使者の男たちを紙ごみのように吹き飛ばしてしまった。
「リン、急に出てきたら危ない」
「全然危なくなかったじゃん! ていうかさすがに王女様の使者を蹴っちゃダメでしょ!」
「いいだろあんなゴミ……」
「人をゴミって言っちゃダメ!」
レオを叱るが全く反省した様子がない。それどころか父様もそうだそうだとレオに加勢してくる。
「あの使者たちが失礼すぎるのがいけないんだよ。それでもレオ君は自分が言われている分には黙って聞いていたんだ。でもね、あいつらがこんな村すぐに潰せるとか言ったもんだから、レオ君ブチ切れちゃったんだよ」
使者たちはレオに王都へ戻ってほしいと交渉にきたのだが、当然レオはそれを拒否する。
この村で暮らしたいんだとレオが言ったことに対し、苛立った使者の男が、脅しのつもりか「だったらこの村が無くなればいいのか? 我々ならこんなちんけな村、一晩で潰せるぞ」と言い放った。
ここ一番で最も失礼な使者である。これまでいろんな人たちが来たけど、さすがにもうちょっとレオに対しては敬意を払っていた。
「その一言でレオ君、あいつらを玄関ぶち抜いて放り出しちゃったんだよ。いやあ、勇者。さすが強いよね」
「ちゃんと死なないように手加減しました」
「うんうん、偉いねレオ君。でもドアはレオ君が直してね」
父様も大概レオに甘い。
まあでも村を潰すなんて脅迫してきたのなら、あいつらはボコられてもしょうがない。リンちゃんに生まれ変わってからは、村人としか関わらなかったからすっかり忘れていたが、人間の国では結構差別意識が強い。
タロの頃は、孤児の平民なんてゴミ以下みたいな扱いをされていた。
今もその価値観が引き継がれているなら、ウチの村みたいなド田舎の平民なんて、王都から来た使者からするとゴミ同然なんだろう。
「今まで穏便に対応してきたが、こちらに危害を加えるとはっきり脅迫してきた。ならば俺も力で応じるしかない」
「レオ……」
せっかく平和になったのに、まだレオが戦わないといけないなんて嫌だ……。
でも手をこまねいて村が潰されるのを見ているなんてできない。どうすればいいんだろう。
レオにどんな言葉を返したらいいのか分からず言いよどんでいると、吹き飛ばされた使者たちのほうから急に騒がしい声が聞こえてくる。
「レオさまあぁ! わたくしが、わたくしがお迎えに参りました! どうかお心を鎮めてくださいませ!」
「えっ?」
なんか聞き覚えある甲高い声……。
そして地平線の向こうからやけにキラキラしいシルエットがすごい勢いで迫ってくる。
えっ、待って怖い怖い。絶対見覚えあるあの人。でも心が思い出すのを拒否している!
「気持ちの整理がつくまでいつまでもお待ちするつもりでしたが、帰りにくくなってらっしゃるのかもと思いまして! 大丈夫ですわ! わたくしはもうあなたの全てを受け入れる覚悟ができております!」
やっぱり聖女様だー!
タロの記憶が、『あの人苦手―!』と叫んでいる。
記憶にあるよりムチムチぷりぷりになった聖女アトフェが腰を振りながらこちらへ迫ってくるのを見ていると、心が拒否して変な汗がどっとあふれてくる。
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