第21話 お前が壊れたのは俺のせいか?
どうしよう、レオが何言っているか全然理解できない。俺の親友、壊れてた。
融合? ……いや、俺はそんな髪色だったか?
なんかおかしくねえ? それにその目の色はなんなんだよ。
変なもん食っちゃったから、おかしな化学変化起きてんじゃねえの?
見た目だけ言えば、お前こそが魔王みたいになっちゃってるぞ。
怖い。目の前の親友が、滅茶苦茶怖い。
どうしてくれんだよ声の人。完全に脚本が間違ってるじゃねーか。
あれ……? でも脚本どおりに進まなかったのに、どうして世界は平和になっているんだ? それってやっぱりレオが世界を平和に導いたってことだよな?
「と、とりあえず俺のことはどうでもいい。えーと……それでレオは、自暴自棄になったのかもしれないけど……で、でもそうだ! 魔王は斃されて、世界は救われているじゃん! ちゃんと話の続きがあるんだよな? な、そうだよな? やっぱり立ち直って使命に目覚めたんだろ? じゃなきゃ今こんなに平和なわけないもん……な…………」
途中で言葉に詰まったのは、親友の笑顔がどんどん禍々しくなっていくからだ。
なんか今地雷踏んだのか? 全然わからん。
昔はレオが今何を考えているかなんてだいたい分かったのに。今はコイツのことが全然わからない。
「別に……世界のために魔王を滅ぼしたわけじゃない。タロを殺した魔物を灰すらも残らないよう焼き尽くしてやったら、ついでに黒の森も魔王も消滅したってだけだ。そのままこの世界も全部焼き尽くして終わりにしようと思ったんだが、その時、あの御使いの野郎が慌てて出てきやがったんだ」
「…………うん、それで……お前の未来を聞いたんだろ? お前のおかげで世界は救われて、お前はあの三人と結婚して、それで……って、なんでお前そんなに怒っているの?」
俺の腕をつかんだままのレオは、燃えるような怒りを滲ませて俺を見下ろしている。
「御使いもそんなこと言っていたかもな。これから幸せになるんだから早まるなとか、あの三人と結婚して子だくさんの大家族になるんだとか、愚にもつかない妄言を吐き散らすから、あれも一緒に焼き尽くしてやろうとしたんだ。だってなあ、俺から全て奪っておきながら幸せになるだと? それなら死んでしまったタロを生き返らせろよって言ったんだ。俺に残された唯一の家族のタロだけでも俺に返してくれって。けどあの御使いはなんと言ったと思う?」
「わか、わかんない……」
「死んだ人間は生き返らない、だとさ。馬鹿だろ? 神の御使いとか名乗っておいて、ゴミ以下の役立たずだろ。それができないなら、もうこんな世界に用はないんだよ。だからその場で御使いを捕まえて真っ二つに引き裂いてやったんだ」
「引き裂いて……? は? え?」
幽世の狭間にいる御使いを常世に引きずり出して殺したのだと、レオはこともなげに言う。
神とつながっている『勇者』だから神の領域に干渉できるのだと説明されたが、それよりもあの声の人を殺したという事実に衝撃で言葉が出ない。
御使いを消滅させたことで、レオは創成者である神の怒りを買った。
神は勇者を殺して魂の状態に戻し、再び世界をやり直すつもりで殺戮の御使いたちを差し向けてきた。
だがレオは現れた御使いたちを全て殺してしまったのだ。
そして御使いが常世へ渡ってくる道を見つけ、レオはついに神のいる領域に干渉できるスキルを身に着けてしまったらしい。
「神は俺を殺さないと世界をやり直せないんだそうだ。だから神とやらも殺して世界を破滅させてやろうとしたんだが…………」
将棋盤の上で自分が動かしていると思っていた駒が、盤から飛び出して自分に攻撃してきたのだ。神にとっても想定外だったのだろう。
レオが己の領域に現れた瞬間に神はすでにレオが己の手に負えない力を持ってしまったと気づいて全面降伏した。
神を殺し世界を終わらせようとするレオを止めたのは、神から言われた一言だった。
『魂は、この世界がある限り新しい命となって生まれてくる』
逆に、この世界を滅ぼせば魂は消滅して無に還ると神は主張して、己の命乞いをしたのだ。
「輪廻の輪に乗せたタロの魂は、いずれこの世界のどこかで生まれてくると言うから思いとどまったんだ」
そしてもう二度とこの世界に干渉しないと約束を交わしたから、この世界はもう神がやり直しをさせたりできなくなったらしい。
さらっとそう説明されて目玉が飛び出るかと思った。
神殺しとか、もうレオ自身がこの世ならざる者になりつつあるんじゃ……? とか、あの声の人も物理的に殺せる存在だったのかとか、情報が多すぎて頭がおかしくなりそうだ。
……だけど、なによりも、レオが全く予定通りの道を進んでいないことに愕然とした。
「じゃ、じゃあお前…………あの三人とは結婚してねえの?」
俺の問いかけに顔を歪めながらレオは頷く。
レオの心を救った翼賛者と結婚して幸せになるという声の人の言葉を信じていたのに、そんな未来は訪れていなかった。
じゃあ一体俺はなんのために死んだんだ!
レオが、親友が幸せになるなら仕方がないと思えていたのに、むしろ真逆になっていることに激しく動揺する。
「なっ、何やってんだよレオ! あれからもう十年以上たっているんだぞ! 俺のことなんかどうでもいいだろーが! 死んだ人間は生き返らねーんだよっ! 辛くても、前に進んで幸せになれよ! なんのために俺は死んだんだ! ……し、幸せになれって言っただろうがぁ!」
叫びながらレオの腕を叩く。幼い頃はガリガリで俺よりも小さかったコイツが、今は俺がいくら叩いてもびくともしない。
「俺だって、家族を亡くして故郷が燃えて、唯一の家族はお前だけだって思っていたよ! だからもしお前が死んだりしたら、同じように運命とか神様を恨むだろうよ! でもなあ! だからこそお前には俺の分まで幸せになって欲しかったんだ! お前が幸せにならなきゃ、そうじゃなきゃ、俺は…………ホントの無駄死にじゃねえか……」
俺の言葉でレオがさらに怒りをにじませる。ヒリヒリするような怒気を向けられ、逃げるように下を向く。それを許さず、レオは俺の顔を片手でつかんで上を向かせ、真正面から見据えた。
「幸せになれよ、キョーダイ……だったっけか。お前の遺言。残酷なこと言うよな。俺のせいでぐちゃぐちゃになって死んだのに、お前はただの一言も恨み言も文句も言わなかったよな。いっそお前のせいだって言われて責められたほうがマシだったよ。いつか生まれ変わってくるという言葉を信じて、世界を滅ぼすことなくこの世界で生き続けてきたが……お前がいつどこに生まれるのか、神にも分からないと言うから、こうして見つけ出すのに十二年もかかってしまった」
十二年……。
レオは、俺が死んでからの十二年間、ただ俺を探し続けていたってことか?
「な、んのために……? 後悔の念か? 罪滅ぼしか? 俺に悪いと思うんだったら、それこそお前が幸せになれよ! それが俺の願いだったんだから。今からでも遅くないって。聖女様たちに会ってやり直せよお……」
俺が死ぬとき余計なことを言ったせいでこんなことになったのか?
そうだ、俺のせいだ。俺が勝手に死んだりしたから。
俺が……死んで……。
あれ?そうだ、俺は死んだんだ。
じゃあ俺は?
俺って誰だ?
ここにいる俺は、誰なんだっけ……?
レオが俺の頬を指で拭う。頬がぬれた感触がする。俺はいつの間にか泣いていたらしい。
「泣くな。泣いたらお前が減る。髪の一筋も、爪のひとかけらも、何一つ損なうんじゃない。もうほんの少しでもお前が失われるのは耐えられないんだ。また死んだりしたら今度こそ俺は狂う。世界を焼き尽くして俺も死ぬ。俺は勇者の力で、この世界のたいていのことには干渉できるけれど、魂は神のものだから、死んでしまったら手が出せない。だからまたお前が失われる前に俺の中に閉じ込めないといけない」
「な、中に閉じ込める……?」
「そうだ。タロを生きたままスキルでお前を取り込めば、俺が死なない限りお前も死ぬことはない。魂ごと、俺の中に閉じ込めることができる。そうすればもう、二度と、俺は、家族を失うことは、ない」
瞳孔の開ききった瞳でレオは俺をじっと見つめる。
……なあ、声の人。
世界は救われたけど、レオは救われなかったぞ。
あれからレオはずっと地獄で生きていたんだ。何が神様だ。世界を救った英雄は死ぬより辛い人生になっちまっているじゃねえか。
「レオ……お前…………俺を食うの?」
静かな声で問うと、レオの頬が少しだけ緩んだ。
「大丈夫だ、痛くない。血の一滴も流れない。生きたまま魂ごと取り込んで融合すれば、もう何の心配もいらない。俺とひとつになって、生涯を共に生きよう」
物理的に食うとかさっき言ってなかったっけ? と思ったが、口にはしなかった。レオが痛くないというのなら、きっとそうなんだろう。
……俺を食えばお前は救われるのか?
もう寂しくないのか?
家族を亡くした悲しみは癒されるのか?
今度こそ、幸せになれるのか?
そんな気持ちを込めてレオを見つめ返す。声に出さなかったが、レオはうっすら目を細めて静かにうなずいた。
……じゃあ、いいか。もとはと言えば俺のせいだし、仕方ないか。ちょっとくらい痛くても我慢するよ。それでお前が辛くなくなるなら。
レオは俺の輪郭を確かめるように両手でゆっくりと撫でる。
「魂に性別はないんだな……まさか女に生まれているとは思わなかったから、見つけるのに手間取った」
「女?」
女ってなんだよ。お前赤ん坊のころから一緒だった親友の性別間違うとかアホだろ。小さいころから一緒に風呂入っていただろうが。
女に間違うとか……。
女?
俺、女なのか?
ていうか、俺って誰なんだ?
俺って…………。
「――――リンちゃんっ!」
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