第20話 どうしよう、俺の親友壊れてた




「―――――みつけた」


「ひっ!」






 頭のすぐ後ろから低い声が聞こえ、思わず変な叫び声をあげてしまう。驚いて振り返ると、黒いマントを頭からすっぽりかぶった男が背中の真後ろにいた。


「だっ……誰……っ?」


 男は私の問いかけに応えず、黙ったまま見下ろしてくる。


 ……不審者? 誘拐犯?


 田舎で犯罪とか無縁の村だったから油断していた。どうしよう、本当にかどわかしだったら、私じゃ抵抗するすべがない。

 一人になるんじゃなかった。どうしよう。

 後ろにさがって距離をとろうとするが、すかさず男は私の腕をつかんで逃がさないよう引き寄せてくる。



 男は私を見下ろしながら、ゆっくりと黒いフードを下ろした。



「誰、だって……? お前は転生して何もかも忘れてしまったのか? 俺だけ地獄に置き去りにして、お前は俺のことなんて忘却の彼方か」



 フードから現れた顔には見覚えがあった。


 記憶の向こう側にある顔。



 でもこれは私の記憶じゃない。



 あの頃、特別な感じがしてうらやましいと思っていたきれいな金髪と、透き通った青い瞳。

 整った造形の顔を見るたびに、同じ村出身なのに不公平だなあと思ったものだ。



 でも記憶にある姿と違う。前髪がひと房、黒茶色に染まっている。きれいな青の瞳は、左目が緋色に変わっていた。


 違う、こいつは、違う。似ているけど、アイツなわけがない。



 レオなわけがない。

 こんな禍々しい姿の奴が、勇者なわけがない。



「レ、オ…………じゃ、ない。レオは……髪も……目も……」


 私がつぶやくと、男はなにかに気付いたように『ああ』と言った。


「お前の知っている姿とは少し変わったかもな。そりゃあそうだ。あれから何年経ったと思っているんだ。……髪と目か? これは『融合』の弊害だよ。お前にとっては前世の過去だろうが、俺は今も同じ時間を生きているんだよ。なあ、タロ。いや、今は別の名前だよな……でも、まあいいかどっちでも」



 やっぱりこいつはレオなのか。レオンハルトなのか。


 だったらどうしてこんな禍々しい雰囲気になっているんだ?

 お前世界を救った勇者なんだろ?


 もっとこう、英雄っぽい姿になっているべきだろ?

 ……これじゃまるで、お前が魔王みたいじゃないか。


 いや、そんなことよりも、どうしてお前がここにいるんだ。


 違う、そうじゃなくて、どうして……。



「どうして、私が、俺が…………タロだって、分かったんだ? どうしてここに……」


「どうして? どうしてだって? そんなの俺がずっと転生したタロの魂を探していたからだよ。御使いも神も、タロの魂は輪廻の輪に乗せたからもう干渉できないしどこにいったかもいつ転生するかもわからないとか抜かすから、俺は世界中を回って探すしか方法がなかったんだ。だからこんなに時間が掛かってしまった」


 探していた?

 ずっと? 

 なぜ?



 漠然と、いつか会えたらいいなと思っていたレオが目の前にいるけれど、記憶にあるレオと違い過ぎて、なぜか背筋が震える。


 もし会えたらって思い描いた再会の一場面は……もっとこう……『うそだろ! お前生まれ変わってたのか! 奇跡だ!』とか言われちゃって、そういうワーッ! ヤッター! みたいな感じを想像していたんだけど。


 なんでコイツ、こんな魔王降臨! みたいな顔して立っているの?


 なんか、どういうスタンスで話しかけたらいいのか分からない。レオの言っていることもよく理解できない。



「え、ええと……すごく驚いたけど、レオにいつか会えたらいいなと思っていたから、こうして大人になった姿を見られてすごく嬉しい、よ…………今レオはどこに住んでいるの? 魔王を斃した勇者様が、今どうしているのかとか、どこにも書いてないしみんな知らないみたいだから、どうしているのかなってずっと気になっていたんだ」


 おもねるように愛想笑いを浮かべるが、レオは無表情で俺を見下ろしているだけだ。無言が怖くて、ひとりでペラペラと喋ってしまう。


「……えっと、ええと……あ! そうだ! あの、討伐メンバーだった彼女たちは元気にしてる? 本当にみんなと結婚したの? ひょっとしてもう子どもとかもいる? あ、私はね、見ての通り女の子なんだよ。びっくりした? タロの生まれ変わりを探していたなら、男かと思うよね。ごめんね、見つけにくくってさ。いや、ごめん、なさい?」


 よくわからない異様な緊張感から、何をしゃべっているのかわからなくなる。


 そもそも、タメ口で話しかけていいのか? 私はただ前世の記憶を持っているだけで、今はただの子どもなんだから、勇者に敬意を払わないといけないんじゃないか?


 混乱しながら話していると、レオがどんどん不穏な雰囲気になっていくので、ますます混乱する。


 そんな私を見てレオは、怒りをにじませて嘲るように薄く笑った。



「はあ? みんなと結婚……? ああ、あの御使いがお前にそう言ったのか? それでお前は言われたことを鵜呑みにして、俺をかばって死んだのか? バカバカしい……。そんな戯言に騙されて、お前は命を捨てたのか……なあタロ。お前が俺の身代わりに死んで、俺がどう思うかとか考えたことはなかったのか?」


 痛いところを突かれギクッと身を竦ませる。

 思わないわけじゃなかった。でも俺が死ぬことが正しいことだって言われて、じゃあ仕方ないって思っていた。

 いや、そうやって無理やり自分を納得させていた。


「死んでいくお前を見ているしかできなかった俺の絶望を、一度でも考えたことがあるか? 俺はあのあと、飛び散ったお前の内臓を掻き集めて発現した治癒魔法で元に戻そうとしたんだ。でも、すでに魂が抜けた体は治癒できないし、決して生き返ることはない。魂は神の領分だ。どんな魔法をつかっても魂に干渉することはできない。生き返らないとようやく理解したとき、俺はこの世界を呪ったよ。なにが勇者だ、なにが世界の平和だ。そんなものどうだっていい。世界が救われたってもうタロは生き返らない。むしろ俺から最後の家族を奪った世界なんて、さっさと滅んでしまえと思ったよ」


 禍々しい黒いオーラみたいなものがレオの体から立ち上る。

 魔力が漏れているのか? おかしい、コイツの魔力は聖なる力で、発揮するときはいつも清廉な気配がした。こんな息苦しくなるようなものじゃなかったはずだ。



 レオが何故これほど怒っているのか分からない。


 タロが死んで、ちゃんと脚本どおりに進んだんだろ?


「…………え? え? い、いやでも、声の人が、そうやって悲しみに暮れる勇者を、あの三人が支えて救ってくれるって……それでお前はそれをきっかけに、彼女たちと心を通わせて、魔王を斃して幸せになるって……だから……それで、彼女たちはどうしたんだ? あの子たちは、心底お前を慕って、支えてくれようとしただろう?」


 タロが死んで、レオはきっと自分を責めると分かっていたけれど、そんな勇者を三人が支えて救うって話じゃなかったか? それで彼女たちと協力して、魔王を斃すっていう脚本なんだって声の人言ったじゃん!


 でもレオは俺の言葉を聞いて、声を出さずに喉の奥でククッと笑った。



「あの三人ねえ……どうしたのかよく見ていなかったけれど、俺がお前の死体を食い始めたら、何か叫んでいつの間にかいなくなっていたかな。いずれにせよ、他人になにか言われて立ち直れるような状態じゃなかったよ俺は」


「えっ? なんで三人はいなくなってるんだよ。そこを支えて本当の物語が始まるんだろ? ……ん? 死体? ……俺の死体を、お前どうしたって……」


 何か聞こえてはいけない言葉があった気がして、一瞬理解できなかった。だが光のないレオの瞳を見ているうちに、じわじわとその意味が脳に浸透してきた。


「…………なあ、お前今……俺の死体を、食ったって言った?」


「ああ、食ったけど?」


「え……グールにでも取りつかれた、のか? だから三人は怖くて逃げちゃったのか?」


「違う。タロが死んでから発現した、スキル『暴食』でお前の死体を取り込んだ。まあスキルっていっても、食っている姿は死体をむさぼる魔物そのものだったろうな。発現したスキルを初めて使ったから、勝手が分からず物理的に食うしかなくて取り込むのに苦労した」


 淡々と語るレオの姿に、背筋にぞっと怖気が走る。


「おっ、お前……なにやって……スキルとか分からんが、死んだ人間を取り込んでどうすんだよ! いきなり勇者が死体を食い始めたら、そりゃ女の子たちも逃げるわ! なんでそんなことしたんだよ! 死体っつーのは食うもんじゃないんだよ! どこかに埋めて安らかに眠らせるもんなんだよ!」


「はは……嫌だよ。埋めたりしたら完全にタロが失われるじゃないか。『暴食』で取り込んだお前の体を、スキルで俺のなかに『融合』したんだ。放っておいたら腐って無くなってしまうからな。ホラ、この前髪、タロの髪だろ?」


 そう言ってレオはちょっと嬉しそうに自分の前髪を触る。



 どうしよう、レオが何言っているか全然理解できない。俺の親友、壊れてた。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る