第19話 み つ け た
私の学費のことは置いておいても、兄さんたちの企画している事業は村の将来のためにもなるし、兄たちの魔力は火と相性がいいので、高温の炉を扱う仕事はそもそもうまくいく要素が多い。
軌道に乗れば新たな雇用も生み出すことになる。
父が許可した時点で、勝算があるということだ。兄たちの仕事はきっと成功するだろう。
いくら兄たちがそのつもりだと言っても、金銭的に全部世話になるわけにはいかない。でもまだ五歳じゃ働くこともできない……。
せいぜい、お手伝いをして小遣いをもらう程度だ。でもお金を稼げるアイデアも思いつかないし……。
「むう……どうしたものか……」
「なになにリンちゃん。チビのくせに悩み事? 似合わないなあ~困っているならオニイサンに話してごらん~」
「アルトは私の兄じゃないですし、悩むことと小さいことは関係ないですけど」
教室でうっかり独り言をつぶやいたら、耳ざとくアルトが聞いていて絡んできた。うざい。
「なんで俺には辛口なのよ~。つーかさ、リンちゃんはまだチビなんだから、困ったことがあったら周りを頼ればいいって意味だよ。なんつーか、そんなに急いで大人になんないほーがいいよ~子どものときにしかできないことがあるでしょ」
「……別に急いでいるわけじゃ……」
アルトは、私が子供っぽくなくて生意気に見えるらしく、とにかくネチネチ絡んでくる。こいつこそ、年上のくせに大人気ない。お前はもっと大人になれ。
「どうせ成人したら毎日あくせく働くことになるんだぞ? 子どものうちに遊んでおかなきゃ。と、いうわけで~今度の建国祭、一緒に行こうぜ」
あ、もうすぐ建国祭か。
魔王討伐後、人とエルフと獣人の国が統一された日を祝うのが、建国祭だ。この日ばかりはすべての人が仕事を休み、世界の平和を祝うのだ。
もうあの頃のことも、魔王討伐のことも、今はもう過去の歴史なんだなあ…。
「なになに~お祭り行くの? うちらも一緒に行きたぁい」
「今年は豊作だったから、屋台いっぱい出すんだって!」
「リンちゃんいつもお兄さんと一緒だから、たまにはうちらと行こうよー」
リリアちゃんマーゴちゃんソフィアちゃんが話に入ってきた。
「げ、お前らも来んの? えー嫌なんだけど」
「えーなにそれ、アルトはリンちゃん独り占めする気だったの?」
「アルトのくせに生意気~」
「ねー、いじめっ子アルトと二人じゃ行きたくないよねーリンちゃーん」
友達と、お祭り……。
確かにお祭りは去年も兄たちと行っていたし、まだチビだからと友達と出かけたこともなかった。みんなで買い食いしてお祭りを見るとか、え、楽しそう……。
「い、行く。行きたい。みんなでお祭り」
「えっホント? やったあ! リンちゃんとお出かけ初めてじゃない?」
「お祭り、最後の花火まで見ていいかお兄さんに聞いてみて!」
「やばーい! 何着ていこう! リンちゃんもみんなでお揃いにしない?」
「おい、俺仲間外れかよ。そもそも俺が誘ったんだけど」
きゃあきゃあと女の子たちがはしゃいでいると、クラスの他の子たちも集まってきた。結局、クラスのみんなが一緒に行きたい! となって、祭りの日はクラス全員で集まっていくことになった。
***
「というわけで、今度のお祭りはお友達と行くことになりました」
「嘘でしょ!? リンちゃんはにいたんと行くんでしょ!?」
「にいたんが何でも買ってあげるから!」
「可愛いリンちゃんが一人でお祭りなんて、危険だよ!」
「かどわかされる! こんなに可愛い子が一人でいたら!」
「ダメダメダメ! 無理無理無理! 危険危険危険!」
「その誘った奴なんなの? 下心がムンムンじゃん」
「可愛いリンたんに近づこうとする不届き者だろ!」
帰宅してからお祭りに友達と行くと宣言したら、案の定七つ子に猛反対された。でも今度ばかりは折れるわけにいかない。なぜなら友達とおでかけというイベントにめちゃくちゃワクワクしているから。
「……友達と、おでかけ、したことないから、行きたいんです。楽しみにしているんです」
「「「「「「「っいってらっしゃい!!!!」」」」」」」
うっすら涙を浮かべて必死に懇願すると、あっさりと許可をもらえた。
え、急な手のひら返しなんなの? と思わないでもないが、言質取ったしまあいいや。
……お祭りかあ。前世のタロの頃は、そんなものなかったもんなあ。食料も豊富じゃなかったから、いつもお腹空かせてたし、大侵攻の爪痕が深くて、慰霊祭はあっても何かを祝う日なんて存在しなかった。だから建国祭とか収穫祭とか、平和な世界を実感できてとてもうれしい。
お祭り、楽しみだな。
***
祭り当日。
この日は皆仕事も学校も休みにして、大人は祭りの準備にいそしむ。
大人たちは、まだ魔物に脅かされていた頃をよく覚えているので、平和を祝えるこの建国祭を大切にしていて、毎年とても張り切っている。
村中に花飾りがかけられる。
鎮魂と、誕生を意味する両方の花をあしらった花輪が村を彩って、普段と違う光景に心が沸き立つ。
「あ! 飴買おうよ! あたし赤いのがいいなあ!」
「まって、先に薄焼き食べようよーしょっぱい物のあとに甘いの!」
「ソーセージもいいなー。あ、トウモロコシは?」
「全部買ってみんなで分けようよ」
「おい、女子食いすぎだろ。どんだけ食うんだよ」
女の子たちはみなお祭りのための可愛いワンピースを着ているのに、汚れるのもお構いなしで食べまくっている。私も母さんが朝から気合を入れて髪を結って可愛い服を着せてくれたけど、ごめん、もう食べこぼした。
「お腹すいたらまた食べればいーじゃん。ね、それより演舞始まるよ。リンちゃん行こう」
食べまくる女子を呆れて見ていたアルトに手を引かれて、屋台の通りを走る。演舞が終わったら、次は花火だ。
去年は疲れて花火の途中で寝てしまったので、今年こそはちゃんと見たい。
「花火、楽しみだなあ……」
「リンちゃん花火のほうが見たい? じゃ、場所取りするから丘の上まで行こうよ」
「丘の上の方が見やすいかな? じゃ、みんなのとこ戻って……」
「後で俺が呼んでくるから、先に行ってよーぜ。リンちゃんチビだから疲れただろ?」
「チビはよけい」
丘の上にはもうちらほらと花火を待つ人たちが座っていた。
「みんな早く来ないと場所なくなっちゃうかな。ね、やっぱり戻って急いだほうがいいって言おうよ」
「ええ~~……いいだろ。みんなまだ演舞見てんだろ。それよりホラ、地面に座るとお尻痛いから、俺がだっこしてやるよ」
「え、アルトが呼んでくるって自分でいったのに。ずる。いいよもう私が行くよ……」
そう言って立ち上がろうとすると、アルトが慌てて私を引き留めた。
「いやいや! 違うし! 行くよ! ちゃんと声掛けてくるからちょっと待ってろ」
アルトはしぶしぶながらダッシュで丘を駆けて行った。せっかくみんなで来たのだから、最後の花火もみんなで見たい。あ、食べ物と飲み物も買ってきてって頼めばよかった。
さっきまで夕日が薄く丘を照らしていたけど、あっという間に日が落ちて辺りが暗くなってきた。どこまで探しに行ったのか、アルトは行ったきり戻ってこない。
だんだん人が多くなってきて、チビの私は大人の陰に隠れて見えなくなってしまいそうだったから一旦人込みを離れて丘から少し離れた人の少ないところで皆を待つことにした。
……みんなはまだかな。日が暮れたし、ひとりはちょっと寂しい。
『どおん』
……あ、花火始まっちゃった。
『どおん』
『どおん』
色のついた光が空に開く。
前々世も花火って見たことあるはずなんだけど、もうさすがにその記憶は曖昧で、あの頃誰とどんな気持ちで見ていたのか思い出せない。
花火を見ているとすごく切ない気持ちになるから、きっと大切な人たちと一緒に見ていたんだろう。
顔すら思い出せないけど、両親や祖父母や、友人たちと見たのかもしれない。忘れてしまったことが悲しくて、胸が苦しくなる。
だからこそ、今見ている花火をずっと忘れないよう目に焼き付けよう。
「……キレイだなあ」
今自分が平和な世の中で生きていることを実感する。
それもこれも、魔王を斃してくれた勇者の功績だ。
前世の自分が死んでよかったとは言えないけれど、結局声の人の言う脚本通りになったから今の平和があるんだと思うと、神様を恨む気持ちも湧いてこない。
小さいころは死んだときの記憶でうなされたりした。今はもうあれは自分のことじゃなくて前世の出来事だと思えるし、年を追うごとに記憶も曖昧になってきている。
この世界にまだレオは生きているんだろう。
でももう私はタロではないし、世界を救った英雄とただの村人の子が関わることなんてない。どこにいるかも分からないし、人目見る機会もきっと一生ないだろう。
だから今の私にできることは、平和な世界に生まれたことと、そんな世界を創ってくれた勇者様に感謝を捧げることだけだ。
「ありがとう、レオ…………」
レオも今、幸せに暮らしているかな。
タロは死んでしまったけれど、代わりにタロの記憶をもつ私がレオに感謝を捧げるよ。
「本当に、感謝している。ありがとう、レオ……」
「――――みつけた」
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