第13話 襲撃






「討伐が終わったら報奨金で上手いもんをたらふく食べような」


「それより俺は高いベッドを買って一日中ゴロゴロしたいな」


「レオは昔から隙あらば寝るよな」

「そうだよ、だから背が伸びたんだ。寝る子は育つって言うしな」


「それは俺に対する嫌味か?」


 その日は一晩中眠らずにレオと御者台の上で語り明かした。


 もうすぐ森の入り口にたどり着くと分かっていたから、俺もレオも、なおさらお互い明るく笑いあいたかったのだ。


「レオ様、あの先が黒の森です!」


 いつの間にか起き出して見張りに立っていたらしい聖女様が、後ろから声をあげた。目を凝らすと、黒く渦巻いた不気味な森がはるか遠くに見える。


「タロ、馬車を止めてくれ」


「いや、でもまだだいぶ距離があるぞ?」


「いいんだ。もうここまでで十分だ」


 レオの指示で俺は馬車を止めた。

 手荷物をそれぞれに渡し装備を確認する。馬を外し荷車部分はこの場に残していって、着替えや食料など討伐後に必要なものを置いていく。しっかりと防水布をかけ終わったら、もう俺はお役御免だ。


 最後にレオと握手を交わす。


「さっさと終わらせて帰って来いよ? 待ってるからな」


「帰ったら、飯は肉三昧にしてくれよ?」


 肉三昧どころか酒池肉林だって勇者様なら余裕だろ……と思ったがさすがに口にはせずお互いの肩をたたいてレオと離れた。


 少し離れたところで準備をしていた女子三人が、俺にも声をかけてくる。


「レオ様のことは私たち翼賛者に任せなさい。あなたはまた魔物が出る前にさっさと帰りなさい」


「タロ君、ここまで一緒に来てくれてありがとう。必ず無事に帰還するから、心配しないでください」


「帰り気をつけろにゃ! あ、飯旨かったぞ! ありがとにゃー」


「うん、あんたらも気をつけてな。まあ無敵のメンバーだから心配してねーけど」




 軽く挨拶を交わし、レオ達は森へ向かって歩き出した。

 俺は馬の背に乗りそれを見送って、四人の背中が小さくなったあたりで馬を翻して、もと来た道を戻り始めた。


「結局、死ぬイベントはやらなくて済んだんだな。レオが戦う決意をしてくれたから、きっと必要なくなったんだろうなあ」


 これから戦いに行く皆には申し訳ないが、俺は己の役目を終えた気になって完全に油断していた。


 さあ帰るかーと馬に呼びかけて手綱を握り直した瞬間、後ろから爆風が襲ってきて、俺は馬ごと吹っ飛ばされた。


「うおあああっ!」


 どさっと地面に落ちてそのまま数メートル転がっていく。ようやく止まったところで咳き込みながら上体を起こすが、土埃がひどくて何も見えない。


「タロ!」


 声のするほうを振り返ると、森のほうへ向かっていたはずの四人がすぐそばまで来ていた。俺の安否を心配し戻ってきたようだった。


「レオっ! 何が起きたんだ!?」


「恐らく高位魔物の襲撃だ! 聖剣が反応するのと同時に攻撃が来た! すまない、気づくのが遅れた! 大丈夫か!?」


「大丈夫だ! 俺のことは気にするな!」


 馬も一緒に吹っ飛ばされたのでどうしたかと辺りを見回したら、かなり離れたところで二頭ともこちらを見て待機してくれていた。あんな風に吹っ飛ばされたのに、おびえて逃げていかずに俺を待ってくれている。なんていい子たちなんだ……。

 ここに俺がいては足手まといになるから、急いで馬のところへ駆けだそうとした時、ガンガンガンガン! とすさまじい衝撃音が頭上から鳴り響く。

 見ると、聖女様がレオの前面に立ち結界のようなシールドを作って敵からの攻撃を防いでくれていた。


「タロ走ってくれ! 馬に乗ってできるだけ遠くに行くんだ! 戦いが始まったら巻き込まれる!」


「分かった! すまん!」


 聖女様がシールドを作ってくれているうちに離脱しなければと、痛みをこらえて必死に走る。だが、突然ぞわっと体に震えが走り、思わずその場に踏みとどまった。

 そして目の前にドガガガガッ! と黒い槍が降り注いできたので、恐怖でその場にしりもちをついてしまった。


 ……あっぶねえぇぇぇ! もう一歩すすんでいたら、串刺しだった……!



「一時撤退などさせませんよ。魔王様の誕生を阻もうとする白い悪魔どもは、この神聖な森に一歩たりとも踏み入れさせはしません」


 上空から声が聞こえて、ハッと上を振り仰ぐと、はるか頭上に浮いている人間が見えた。


 いや、人間……? 違う、あれは魔物だ。だが今まで遭遇した獣型の魔物とは全然違う。人と変わらない見た目で俺たちと同じ言葉を話している。



 上空にいるソイツの黒い瞳と目がかち合う。


 光を吸い込むような真っ黒の目を見て、確かにこれは魔物なのだと理解した。ソイツの目を見ていると、底の見えない深淵をのぞき込んでいるような得体の知れない不安が沸き上がってきて、背筋が震えた。



 身が竦んでその場から動けずにいる俺に向かって、魔物が掌を俺に向けた。

 そして掌から黒い槍が次々と吐き出されてこちらに槍が向かって飛んでくるのが見えたが、動くこともできずに呆然とそれを見ていた。


「シールド!」


 聖女様の声が聞こえた瞬間、黒い槍は何かに跳ね返されて地面に落ちていった。

 聖女様の結界だ!あのツンツン聖女様が、まさか俺を助けてくれるとは……。


 ダンッ! と音を立てて、レオがシールドを足場にして飛び上がる。魔物は迫ってくるレオに向かって手をかざし、槍の雨をお見舞いしてきた。


「レオッ! あぶねえっ!」


 よける様子もないレオに、思わず声を上げたが、槍はレオに触れる前にシュワッと音を立て、黒い霧となって消えていく。降り注いだ槍は一瞬にして消滅した。


「忌々しい! 聖女の加護かっ! あちらから殺すべきか……っ」


 攻撃が効かないと分かった魔物が、身を翻してレオの攻撃をよける。

 そして聖女様たち標的を移し、下にいる彼女たちへ向かって飛んだ。聖女様を守るようにエルダンが弓を射るが、弓は簡単にはじき返されてしまう。


 魔物が掌からひときわ大きな槍を出現させ、聖女様に向かって振りかぶった。


 だが、槍が放たれる前に、斬撃が魔物を襲った。


「がハッ……!」


 斬撃は魔物の体を真っ二つに切り裂き、動きを止めた魔物は黒い血をまき散らしながらゆっくりと地面に落ちていった。

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