第14話 幸せになれよ、キョーダイ
斬撃を放ったのは、先程攻撃をかわされたレオだった。空中に浮かぶレオの足には、小さなシールドが展開されており、それを足場にして体勢を変え、空から魔物へ攻撃を放ったのだ。
「……シールド使って空を走れるのかよ。すげえなレオ……」
フッと足元のシールドを解除して、レオは地面に降り立った。
「タロ、怪我はないか? すまない、俺の見通しが甘かった。もっと早くにタロに戻ってもらえばよかった……」
「大丈夫だよ、怪我もしていない。つーかすげえびっくりしたな。上位の魔物って初めてみた。あんな、俺たちと変わらない姿してんだな。すげえ強いし。でもあっという間にやっつけちまうから、やっぱレオは無敵だな」
落ち込むレオを励ますように、努めて明るく話す。俺も悪かったんだ。足手まといになる自覚をもって、もっと早く自分から帰るって言い出せばよかった。
「ほら、レオ。仲間たちが待っているぞ。俺は馬が待ってくれているから大丈夫だ。急いでこの場から離れるから、心配すんな」
「……でも、帰路でタロが狙われるかもしれないし……」
「俺はお前みたいに魔物を呼び寄せたりしねーから、馬に乗ってここから離れれば大丈夫だろ。いいから早く行け。彼女たちが不安そうにしてるじゃねーか」
まだ逡巡しているレオの背中を押して、女の子たちのほうへ向かせる。早くしないと他の魔物もさっきの騒ぎで集まってくるかもしれないだろ、と言うと、ハッとして急いで駆けて彼女たちの元へと向かった。
「よし、俺はダッシュで逃亡だ」
レオの背中を見送って振り返ったとき、視界の端になにか動くものが映った気がした。
「……?」
真っ二つになって地面に転がる魔物の死体。その黒い血がゆっくりと移動して形を変えている。それは影のように揺れてかたちを変えて――――。
「レオッ!危ない!」
俺が叫ぶと同時に、槍となった血がレオへと向かって打ち出された。
あの魔物は最初からこれを狙っていたのか!? 簡単にやっつけられて、皆がちょっと油断していた瞬間。
あの魔物はおのれの死と引き換えに、自爆テロのようにレオを殺す気だったのだ。
レオの視線は別のほうを向いている。
俺の呼びかけで振り向こうとしたが、それよりも先に俺は走り出していた。
考えるよりも先に体が動いたんだ。
背を向けていたレオをかばうように、すばやく自分の身を槍の軌道に滑り込ませる。
『ドスッ!』
槍を防ごうと無謀にも突き出した俺の掌を突き抜けて、槍は腹に突き刺さった。
突き刺さると同時に、なんと槍は俺の体の中で爆発するようにはじけ飛んだ。
「ああああっ!」
全身が引きちぎれるような痛みで、俺の意識は一瞬で暗転した。
***
「……ロ……タロッ! 死ぬな……ッ」
苦しそうなレオの声が聞こえて、闇に沈んでいた俺の意識がゆっくりと浮上する。
ああ、でも眠くてしょうがないんだ。今は夜中か? 暗くてよく見えないんだ。
「レ……オ……」
「タロ! 大丈夫だ、こんな傷、すぐ治るから……大丈夫だから……」
レオがぼろぼろとこぼした涙が俺の顔に降り注ぐ。あれ……?俺、レオに膝枕されてる? どうりで固いと思った。やめろよ男に膝枕とか。
ていうか俺、怪我したのか? 木登りして落ちたんだっけ? ツノうさぎに反撃されたんだっけ?
……? なんか腹が熱い。
あ、そうだ、俺……槍が刺さったんじゃん。そんで刺さった槍が爆発とかえげつない仕掛けで意識飛ばしたんじゃん。アレ? そんで俺の腹は無事なのかな?
チラリ。
……見るんじゃなかった。アカンアカン、これはアカン。今こうして意識が戻ったのが不思議なくらいだわ。正直こんなスプラッタ見たくなかった。
こりゃ死ぬな。助かるわけない。
あーそういや結局神様の脚本通り、勇者をかばって死ぬってイベント完遂しちまったよ。
絶対このイベントこなしたい声の人が、なんか操作したような気がするけど。さっき思わず体が動いちゃったけど、よく考えると俺がレオの反応より早く槍の前に立てたのもおかしいよな。さっきBダッシュボタン押したみたいに高速で動動いたんだよ俺。あの瞬間声の人が何か手を加えたとしか思えない。
「タロ、タロ。大丈夫だから。俺が、俺が絶対助けるから……死ぬな、死ぬな……」
俺をのぞき込むレオの顔は涙でぐしゃぐしゃだ。
あー……ごめんな、レオ。俺、脚本の都合上、助からない運命なんだ。
俺が死んだらきっと、レオは自分を責めて苦しむよな。でもあの三人がそんなレオを支えになって、お前を救ってくれるはずだから、きっと大丈夫だ。あんな可愛い女子三人から愛されるんだぞ? うらやましい奴め。
あ、視界が狭まってきた。もう時間がないんだ。
泣いているレオに何か言ってやらなきゃ。
きっとこれが俺とお前の交わす最後の言葉なんだから、一番伝えたいことを言わないと。
魔王を斃せ?
ハーレムエンドが待ってるぞ、とか?
俺が死ぬのは神様の脚本で決まっていたことなんだから気にするな、とか?
いや、違うな。俺の言いたいことは、レオに伝えたいことはそんなんじゃない。
涙を流し続けるレオを見上げ、気力を振り絞って口を開く。
「……しあわせ、に……なれよ……キョーダイ……」
頑張って微笑んでみせたが、ちゃんと笑顔になっていたかな?
すでにぐしゃぐしゃだったレオの顔が、さらにグッシャグシャに歪んだので、失敗していたかもしれない。
思えば俺もお前も、奪われてばかりの人生だったよな。
親を魔物に殺され、村を焼かれ、家族も故郷も奪われた。
不公平だよな、なんでこんな人生なんだって、神様を恨むよな。
これまで奪われて失うばっかりの人生だったんだから、これからは得るばっかの人生になるよきっと。
だから、絶対に、幸せになれよ。必ずだぞ。
「……っいやだ! いやだいやだいやだ! 死ぬなタロ! 頼む俺を置いていかないでくれ! お願いだ神様……俺なんでもするから……どうか……」
もう泣くなよレオ。俺の死はその神様によって最初から決められていた運命だったんだ。諦めもついたよ。
幕が閉じるように、意識が落ちていく。
こうして俺の『タロ』としての人生が終わった。
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