第12話 ミッションクリアしたのかな?
「突然レオ様が飛び出していかれたので驚きましたが、あのような小物は勇者のお力の前では塵芥同然でしたね。さすがでございます。あの黒いネズミはおそらく森から漏れ出る魔素で変質した生き物でしょう。勇者様の聖気に反応して集まってきたようですので、この先もああいった魔物が出没するでしょうが、あの程度では足止めにもならないでしょう」
足元に転がる魔物の死骸を観察しながら、エルダンが冷静に分析する。
「この魔物のネズミも、もともとは普通のネズミだったってことか?」
「我々エルフは長年魔物の研究をしてきました。魔物の生態の全てが解明されているわけではありませんが、以前の大侵攻で、普通の家畜が侵攻後魔物に変質したという報告もあります。ここは黒の森に近いですし、ネズミの形状を見てもその可能性が高いかと」
元は普通のネズミと言われて、ネズミたちが急に哀れに思えてくる。こいつらも黒の森の被害者なのか……。
黒の森とは、いったいなんなのだろう? ただ悪だとしか思っていなかったけれど、そもそもこの世界になぜ魔物と魔王が生まれるのか。
声の人は、勇者が負けると魔王によって世界が黒く塗り替えられる、と言った。勇者が勝てば黒い魔物は消え、世界は救われる。
〝まるでどちらが世界を塗り替えるかっていう、リバーシゲームのようだ〟
そんな考えがふと浮かんで、神様たちがこの世界でゲームをしている光景が脳裏に浮かぶ。
「とにかく先を急ぎましょう。勇者様の聖気を察知して、ほかの大きな魔物が現れるかもしれません。エルダンのいうように、このような小物ならば荷馬車の馬でも蹴散らしていけるでしょう」
聖女様がそう言って立ち上がったので、レオたちも馬車に乗りこみ移動を始めた。
馬もこの程度の魔物は慣れているのか、おびえた様子もない。
「黒の森へは、あと一日も走れば着くでしょう。そこまでの防御は我々に任せて、レオ様は休息をとられてください」
「わかった、ありがとう」
レオは聖女様の言葉に素直に従って、馬車の椅子に腰を下ろした。三人はそれぞれ哨戒に立つ。
俺は聖女様が作った地図を見ながら、馬車の手綱を繰る。バッファローみたいなこの馬は、普通の馬よりも速く走れて、悪路にもひるむことはない。
「おー! きたきた! 次はボクがやっつけるにゃ!」
屋根にいるカナカナがはしゃいだ声をあげた。横を向くと、馬車の左側に黒い影が並走してきているのが見えた。大きな熊のような魔物が馬車に追いつこうとしている。
「雑魚だにゃ!一発で仕留めるにゃあ!」
魔物に向かって飛んだカナカナは、鋭い爪がついた籠手をソイツに向かって振り下ろした。
『ギャオオオオ!』
魔物は咆哮を上げて真っ二つに裂けて飛び散った。ものすっごいスプラッタな光景で、直視したら多分吐くから必死に目を逸らす。
カナカナは反動をつけて再び飛び上がり、馬車の屋根にシュタッと軽い音を立てて戻ってきた。あっという間の出来事で、全部で五秒ぐらいだった気がする。
「カナカナ、接近戦にする必要はないんですから、まずは私が弓で退けます」
「えー? だってじっとしてるとつまんにゃいんだもーん」
エルダンも全然ビビらず普段通りのテンションで喋りながら弓で魔獣たちを次々倒している。翼賛者ってのは、伊達じゃねーんだな。
ちなみに俺はこの間、馬車の速度を少しも緩めてない。まじですげえ。
この仲間が一緒なら、レオも魔の森で安心して背中を預けられるだろうな。
やっぱり、神様のキャスティングは間違っていなかったってことか。
親友を、世界で一番危険な場所に行かせることに不安と後悔をかかえていたけれど、彼女たちが一緒ならきっと大丈夫だ。
「俺の死にイベントがなくたって、彼女たちと力を併せれば魔王くらい倒せるんじゃね?」
彼女たちの戦いを見て気持ちが高揚して、それまでずっとモヤモヤしていた不安が一気に軽くなる。
***
それからしばらく魔物の襲撃はなく、次に備えて女の子たちも一旦馬車の中で休憩することになった。代わりにレオが見張りをするために御者台に来て俺の隣に腰掛ける。
なんとなくレオが暗い顔をしていたので、疲れたのかなとしばらく黙っていたが、どうも何か言いたげだと気づき俺から話しかけてみた。
「どうしたレオ。疲れたのか? ここは見通しのいい道だし、俺も周囲に気を付けるから少し休んだらどうだ?」
「ん、いや。魔物は俺の気配に寄ってきているみたいだし、一応警戒しておかないと」
そっか、とだけ言葉を返す。それからレオも何もしゃべらなかったので、俺も黙って馬を走らせた。
だがレオが何かを言いたそうにしているのは伝わってきた。水を向けてやるか迷ったが、急かさずにレオが自分のタイミングで話すのを待っていた。
「……本当は、もっと前に決断しないといけなかった」
独り言のような声が聞こえ、レオのほうを向くと、泣きそうな瞳と目が合った。
「なん……どうした? 大丈夫か?」
「こんなところまで付き合わせて悪かった。タロは森の入り口で俺たちを降ろしたら馬と一緒に帰ってくれ」
「……えっ?」
どうやらレオは他の三人から俺を帰すよう説得されていたらしい。
加護を持たない俺は森の瘴気に耐えられないかもしれないからと言われ、彼女たちは最後の村に置いていくべきと説得したがレオが了承せずにここまで連れてきてしまったと告白された。
「でもさ、俺やっぱり怖いんだよ。世界の命運が俺にかかっているとか言われても、どうしたらいいのか分からないんだ。……なんで俺なんだろ。俺なんかより、もっと志が高くて強くてふさわしい人間がいたはずなのに……。でもこんなことあの三人には絶対に言えないし、タロにしかわかってもらえない。弱音を吐ける相手はタロしかいないんだ……」
秘密の話をするように、小さな声でレオが言う。そりゃそうか、こんな後ろ向きな気持ちをあの子たちに言えるわけがない。
あの子たちは自分の使命を誇りに思いこそすれ、貧乏くじだなどとはみじんも思っていない。彼女たちの疑いのないキラキラした目で見つめられると、息苦しくてツライ、と言った。
「レオが背負わされたものが、とてつもなく重いってことも分かるし、なんでお前だけがそんなものを背負わなきゃいけなんだって、俺も思うよ。ずっとつらそうにしていたのも分かっていたから、レオの負担を軽くしてやれたらって思って、ここまで一緒に来たけど……でもこれから先は、俺ではお前を支えてやれない」
レオはうなだれたまま何も言わない。
「でも、お前がちゃんと魔王を斃して戻ってくるのを最後の村で待っていてやるから。だから、頑張ってこい。お前にしかできないことなんだろ? やるしかねーじゃん。バシッと魔王を斃して、すげーカッコよく帰ってこい」
そう言ってうつむく頭を軽くはたいてやると、ようやくレオは顔をあげた。
「……分かった。一発でやっつけて、カッコよく凱旋してみせるよ。すげーってタロに言わせてやる」
そう言って、レオはにかっと微笑んでみせた。
そのほほえみを見て、胸がズキリと痛む。耳障りのいい言葉を並べたが、結局は全てをレオに背負わせて俺だけ安全な場所に逃げようとしている。
でも迷いを吹っ切ったようなレオの顔を見て、これでいいんだと思うようにした。自分で決意したことはやり遂げる男だから、きっと宣言通りカッコよく魔王を倒して帰ってくるはずだ。
俺はレオの決意を信じて待つ。
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