第11話 魔物と遭遇したけど?
いよいよ魔王の発生地である黒の森が近づいてくると、明らかに空も大地も明らかに様子が変わった。
空には濁った色の雲が立ち込めていて、晴れの日が多いこの国ではあまりない、曇った日が続いている。森や林が見当たらなくなり、乾いて荒れた大地が続いている。
「黒の森は魔素の影響で木々や地面や空間がねじれた迷宮のようになっています。馬車が使えるのは森の手前までです。食料や水の補給を最後の村でしていきましょう」
聖女様が地図を見ながら説明をする。
ここまで一匹も魔物と対峙していないけれど、森に入ればそうはいかない。これからが、本番なんだよなあ……。
最後の村は、黒の森から発生する魔物を監視するために、多数の兵士が常駐している。その部隊長が、聖騎士団長から指示を受けていて勇者パーティーのための武器や衣服、携帯食の準備がなされていた。
それまでとは違う、対魔物用の加護が付加された装備が、勇者たちそれぞれの特性に合わせて作られているスペシャル仕様だ。そしてなぜか俺のぶんもちゃんと用意してあった。なんでだ。
皆が装備を身に着け、黒の森への道筋を最終確認する。これまでは平和なただの旅だったが、この村から先は魔物が現れることもあるので、いままでなかった戦闘がいよいよ始まることになる。
「俺、まだ一緒に行くのかな……」
これまでは御者と食事係と雑用とで、割と役に立っていたと俺自身でも思う。むしろ、ついて来てよかったとすら感じる。
なにせレオとあの女子三人は、とにかく生活力がない。
レオは剣や魔法の才能はあるけれど、自分の身の回りのことに関しては壊滅的にできない。今でも時々服を前後ろに着たりする。それくらい抜けている。
聖女様は、もともと王女様だし、エルフのエルダンも、獣人のカナカナも、族長の娘でお姫様だったらしい。だから身の回りのことはみんな従者がやってくれていたから、旅に出る前は髪を結うことすら覚束なかったっていうから驚きだ。
俺がいなかったら、皆まともに生活できなくて討伐前に体を壊していたんじゃないかと思うくらいだ。
だがこの先はどんな危険があるか分からない場所で、レオだって自分の身を守るだけで精いっぱいになるかもしれない。そんなところで雑用係の俺を守りつつ進むのは無理があるんじゃなかろうか。
ついて行くべきか残るべきか。
「なあ、タロ。馬はどうすればいいかな?」
物思いにふけっていた俺にレオが話しかけてきて、ハッとして顔をあげた。
「あ、ああ。なんだっけ。馬って、荷馬車の?」
「そう。森の入り口まで距離があるから、馬があったほうがいいんだろうけど……魔物が出るようになるなら馬車は置いていかないとダメかな? 歩きで森まで行くことになると時間がかかりすぎるし」
レオは女の子たちとよく話すようになったけれど、判断に困ることはどうしても俺に相談してくる。
そういえば、この前エルダンが謝ってくれたあとに、ケモ耳っ子が「なんかごめんなー」と(軽く)謝ってくれた。聖女様も、なんかしばらく気まずそうにしていた。
でもレオが俺にばかり相談するのを見て、また態度が硬化してしまった。
聖女様は、魔物の特徴や発生状況が分かる力を持っているので、このパーティの先導役をしていたのに、レオは俺にばっかり相談するから気に食わないようだ。
「あー……馬は乗り換える。ここの兵士さん、バッファローみたいなのに乗ってるじゃん。アレ小さい魔物なら足で蹴散らすくらい強いらしいから、あれなら森の入り口まで行けるらしい。道も覚えているから、森の手前で放せば自分で帰れるって」
「そっか、もう手配してくれていたのか。やっぱ頼りになるなあ。タロがいてくれてよかった」
「あ、ああ……」
心から信頼しているという笑顔を向けられ、この瞬間悩んでいた俺の心は決まった。
やっぱり俺だけ逃げるわけにはいかない。
どれだけすごい力を持っていても、未知の敵が怖くて不安なのはレオも同じだ。だから俺がコイツの心の支えになるっていうなら、どこまでも付き合ってやる。
そして準備が整い、あっという間に出立の日が訪れる。
出発する際には、哨戒の兵士さんたちが全員並んで勇者の旅立ちを見送ってくれた。レオを見上げる彼らは皆一様に、敬仰の念が籠った瞳で見つめている。勇者を心から信じているって、そういう顔だ。
そして勇者パーティーのメンバーじゃないのに、魔王討伐にもついて行く俺のことを二度見三度見していた。
(えっ? お前ついて行くの? 正気か?)
(悪いこと言わん、やめておけ!)
(馬より弱いのに無理だって……)
馬のことや荷物の件で兵士さんたちと話す機会が多くて結構仲良くなったから、俺がただの雑用係だと皆知っている。邪魔者だと思っているわけではなく、本気で俺の(頭を)心配してくれている。
なんか申し訳なくてへらっと笑って手を振ると、皆からかわいそうな子を見るみたいな目をむけられてしまった。
***
村を囲う高い壁の向こう側は、荒れ果てていて、草木も変色して不気味な様相を呈している。
村を出発してしばらく行くと、エルダンが突然声を上げた。
「レオ様! 前方から魔物の気配が迫っています!」
その声を受けて、全員が戦闘態勢に入る。
俺が馬車を止めると、レオが飛び降りて一気に駆け出した。
「レオ様! お待ちください!」
聖女様が叫んで後を追うが、レオは止まらず、前方に見えてきた黒い影のような群れにそのまま突っ込んで行った。
次の瞬間、『ドゥンッ!』と地響きのような音とともに、土ぼこりが上がる。遅れて衝撃波が俺のいる荷馬車を襲った。
土煙が収まってから、レオ達が向かったほうへ進むと、辺り一面に黒い大ネズミのような魔物がレオを中心にして、放射線状に散らばって死んでいた。
追いついた聖女様たちも唖然としている。
「レオ、大丈夫か! ……すげえな、これお前がやったんだよな。いきなり飛び出していったと思ったら一瞬で片づけるとか……いつの間にこんな技身に着けたんだよ。全然知らなかったぜ」
「ああ、この聖剣を手に取ってから、戦い方が自然と分かるようになった。力の使い方も、剣が教えてくれる」
「うそだろ、すげーな。まじでレオは勇者だったんだなー。この黒いネズミみたいなの、一応魔物なんだろ? こんな数を一瞬で殲滅とか、お前無敵じゃん」
あまりのすごさに興奮気味にレオに話しかけていると、我に返った聖女様が俺とレオに詰め寄ってきた。
「ちょっと! わたくしの前に立たないでくださいまし! 邪魔よ! ……レオ様! なぜお一人で飛び出して行かれるのです!あのような雑魚の魔物は我々が対処致しますと申し上げましたのに。魔王の発生地までは力を温存してください!」
ギャンギャン怒鳴られてレオもちょっとビビッてひとまず謝罪を口にする。
「そうだっけ、ごめん。でも聖剣が反応しちゃうんだよ。それにあの程度じゃ全然力を使っていないから、大丈夫だよ。俺一人じゃ対応しきれない時にはちゃんと声をかけるから」
レオは宥めるように聖女様の頭をポンポンした。すると聖女様はとたんに顔を真っ赤にして大人しくなる。
なんだ頭ポンポンって……。イケメンにしか許されないヤツじゃん……。聖女様を完全に掌で転がしてる。お前人見知りとかもう自称するんじゃねえぞ。
そしてそれを見たケモミミ……もといカナカナが素早くレオに飛びつく。
「アトフェだけずるいにゃ! ボクのことも撫でるにゃ!」
エルダンもそっとレオに近づき、怪我がないか確認するように腕にしがみついている。
女の子三人にまとわりつかれ、……うん、まさしくハーレム……という光景を見て、声の人と脚本家の神様が『計画通り』と言ってそうだなと思ってちょっと複雑な気持ちになった。
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