第10話 ロリエルフと和解した




 そんなある日、レオたちが行く先のルートを先に確認をするというので、俺は馬車に残り荷物番をしていた。


 いつ帰ってくるか分からないし、ちょっと昼寝でもするかと、腕を枕にして寝転がる。


 穏やかな日差しがふりそそぎ、平原からそよいでくる風が心地よい。こうしていると、暗黒期が迫っているなんてとても信じられない。


 とはいえ、黒の森へ近づくほどに荒れた大地が目立つようになり、打ち捨てられた村も時々見かけるようになった。以前の大侵攻で滅びたものもあるが、ここ最近に棄村された場所もあった。



 少し前までは、町や村があちこちに点在していたのだが、だんだん人里も減ってきて、野宿をする日も増えてきた。



 彼女たちと話すようになったレオだったが、一緒に寝るのはダメだと断って、俺と小さなテントで寝ていた。

 女の子たちは荷馬車で寝ている。レオと話す機会がめっきり減ったが、寝る前の時間、昼間話せない分たくさん話すようになった。




 昨日の夜も、すぐ寝ようとする俺にレオが『まだ眠れない』といって起こすので、毛布の中でだらだらとしゃべっていた。


「はあ。野宿続くと食事もマンネリだよな。保存食とスープばっかりだもんな」


「そうか? タロが作る食事は口に合うし、俺は特に飽きるとかない」


 野営の時の食事作りは俺の担当だった。女の子らはこれまで鍛錬や修行ばかりして生きてきたので、料理なんかしたことがないと言って、干し肉をそのまま齧っていた。栄養もくそもない食事を見て、こりゃアカンと必然的に俺が作ることになった。孤児院でも料理は担当していたので、限られた食材で調理するのも得意だった。


「レオは食にこだわりとかないもんな。ていうか肉が入っていればなんでもいいんだろ。肉っていっても燻製肉と塩漬けばっかだけど、あきねーの?」


「孤児院じゃ肉はあんまり食べられなかったからな、肉ならなんでも旨い。スープでも肉が入っていると嬉しい」


「シスターは血を触るのダメだったからなあ。そういやあ、最初に肉を食ったのも、畑を荒らすツノうさぎを二人で捕まえてウサギシチューにした時が初めてだもんな。あれは旨かったなあ。シスターも、畑の害獣を捕まえて食べるぶんには黙認してくれたし。あ~ウサギシチュー食いたくなってきた。罠かけて捕まえるか」


「……ん? でもタロはいつもみんなに食わせてばかりで、あんまり食べなかったじゃないか。肉は俺の皿に入れてくれるしさ、肉嫌いなのかと思ってた」


「ああ、レオは俺より体もデカいから、いっつも腹空かせていたじゃん。それにさ、将来聖騎士になるんなら、体作りが重要だから、肉を食わせてやりたかったんだ」


 筋肉をつけるにはやっぱり肉を食わないと。俺は身長も伸びなかったし、騎士になれるわけでもないから、その分できるだけレオに食わせてやりたかったんだ。


 俺がそう言うと、レオはショックを受けたように目を瞠った。


「そうだったのか……ごめん、俺そういうの全然気づいていなくて……」


「いいよ、俺はレオのアニキだからな。弟に食わせるのは当然だ」



 赤子で拾われたので、俺もレオも自分の誕生日を知らない。

 だけど、小さいころは俺のほうが身長も大きかったから、『俺が年上だ!』と言って兄貴風をふかして年上ぶっていた。まあいつの間にか逆転されたけどな!


 それはともかく、めきめき身長が伸びて力が強くなって、魔法の才能を次々開花させていくレオを見て、こいつは絶対聖騎士になれる!と確信した俺は、できるだけレオをサポートしてやることに決めたのだ。


 聖騎士は、決して身分や出自に左右されない超実力主義の職業なのだ。才能さえあれば、どんな境遇の人間でも試験を受けることが出来るし、たとえ孤児でも出世が可能だ。


 親も親戚もいない孤児が就ける仕事は限られている。たとえ仕事に就けたとしても、後ろ盾のない奴はいつまでたっても下っ端のままで、使いつぶされることが多い。才能のあるレオをそんな立場にしたくなかった。


 そんなわけで、レオが聖騎士になれるようにと色々してきたのだけれど、そんな俺の努力など吹っ飛ばして、聖騎士どころか天井ブチ抜きで勇者になっちまった。


 まさか、レオが勇者だったなんてなあ……。

 勇者のリミッター解除のイベントで死ねなんて、絶対お断りだけど、レオを置いて一人で逃げるわけにもいかない。


「そのへん、どうにかできないもんかなあ……」


 相談できる相手もおらず、御者台に寝っ転がる俺は独り言をつぶやくしかできない。


 うとうとしながらぼんやり空を眺めていると、ふと俺の上に影が差した。ハッとしてそちらをみると、ロリエルフが俺を見下ろしていた。


「……えーと、エルダンさん? あれ? ほかのみんなは?」


「途中に町があって、みんなは武具を研ぎに出したいというので少し遅れます。私は先に戻ってきました」


 危うくロリエルフと呼んでしまいそうになって、慌てて一度も呼んだことのない名前を記憶の向こうから引っ張り出した。

 この子、見た目はロリだけど、話し方とか雰囲気が老成している。エルフは長寿だというし、ひょっとして結構な年寄りなのかも……。


 御者台から俺が起き上がると、なぜかエルダンが俺の隣にちょこんと座った。


 えっ? なんで隣に座るの? 体育すわりとかちょっとかわいいけど、一度も口をきいたことがないから正直気まずい。

 なんか話したほうがいいんかな……とキョロキョロしていると、エルダンのほうから話しかけてきた。


「……レオ様は最近、私たちのことを知ろうとしてくれて、色々話をきいてくれます。家族のこととか、生国のこと、どんな子どもだったか、とか色々……」


「あ、うん。そっか」


「あなたがレオ様に、私たちとちゃんと話すように進言してくれたのだと、聞きました。あの……この前は失礼なことを言ってすみませんでした。勝手に勘違いをして、あなたを疎んでいたんです。ただ純粋に親友のために大変な旅についてきてくれた人に言う言葉ではなかったと、反省しています。……ごめんなさい」


「えっ? いや、あの……気にしていないから大丈夫だよ」


 気の利いた返事が思いつかなくて無難なことしか言えなかったが、俺の言葉を聞いて彼女はホッとしたように笑った。

 それをきっかけに、どうして俺に攻撃的だったのかという事情を話してくれた。


 どうやら神託が下ったあと、彼女たちの周囲は急激に変化し、翼賛者とつながりを持とうと色々な人たちが群がってきたそうだ。


 勇者が魔王を斃したあと、勇者と翼賛者が世界を一つにまとめ、世界を平和へと導く……という啓示であったため、勇者と彼女たちが世界の統治者となるのだと思われたためだ。


 彼女たちは、レオと出会うまでに、より優遇されようとする貴族や権力者たちが蟻のように群がってきて辟易していたそうだ。


 レオの場合は、大司教様が神託を受け取ったこともあり、その素性が秘匿されていたため、そういった不遜な輩は現れなかったので、そんなことが起きていたなんて知らなかった。


 だから彼女たちは、俺を見た時、勇者のおこぼれに預かろうとついてきたろくでもない輩の類なのかと思ったのだという。

 身元の調査で、レオに親兄弟がいないはずなのに、俺は『兄弟だ』と言っているし、兄弟だの親戚だのと自称して近づいてくる詐欺師かと疑われていた。


「レオ様から、お二人の生い立ちと関係を聞いて、ひどい勘違いをしていたと後悔しました。勝手なことをいうようですが、わたしのこれまでの態度を許してくれますか?」


 エルダンはそう言って恐る恐る俺を見上げてくる。



「うん、ちゃんと謝ってくれてありがとう。レオとはさ、血のつながりはないけれど、お互い唯一の同郷だから、誰よりも大切な家族なんだ。でもレオは勇者になって、大きな使命を背負うことになってさ。俺じゃアイツの力になってやることができないからさ……レオをよろしくな……頼む」


「はい。命に代えても、あの方をお守りします。大きな重荷を背負うレオ様のお心を、少しでも軽くできるよう……頑張ります」



 ああ……この子は心からレオを尊敬して、慕ってくれているんだなぁ、と感じる言葉だった。ちゃんと謝ってくれるとか、ええ子やないの……心の中でロリエルフとかあだ名で呼んでいてごめん。


 神の啓示があるからとかそういう事情も分かっているけれど、きっと彼女たちはレオを大切にしてくれるに違いない。



 エルダンは、そっと俺に向かって右手を差し出した。あ、握手か、と気が付いて、俺もぎこちなく手を伸ばす。



 軽く握った彼女の手は、女の子らしく細くて小さかった。だけど、手の一部が妙に硬くて荒れていた。ちらっと見ると、小さな手は大小の傷がついていて、指先は固く、岩のようだった。


 エルダンの背中にある剣と弓を見て、ああ、あれは剣だこか、と気づいて急激に悲しくなった。エルダンは『魔術師』の力を授かっているけれど、魔物とはどうしたって物理的に戦わねばならないこともある。彼女の人生が、決して穏やかなものではなかったのだろうな、とわかる手だった。


 女の子が、こんな傷だらけになるこの世界がやっぱり間違っていると思うんだ。



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