第9話 脚本の裏事情
その夜、久しぶりに声の人が夢の中に現れた。
『タロ君、お久しぶりー。どう? 勇者パーティーと上手くやってる~? 旅のあいだは四六時中一緒なんだから、仲良くやってよ~』
「うわ、ゲス神様の手先である声の人。つかなんなんすかあのハーレムパーティー。使命だとか言って、あの子たちをハーレム要員にさせるなんてゲスすぎません? 神様のお言葉だからって、あの子たちはそれが正しいことだと信じ切っていますよ。人に無理難題押し付けて、なんとかしろって丸投げばっかで、あまりにも無責任じゃないですか?」
色々不満がたまっていたところに現れたので、口をついて文句が出てしまう。でも仕方がない。俺の言っていることは間違っていないし。
それに対して声の人は、駄々をこねる子どもを相手にするかのように、『ハイハイ』と軽くあしらった。
『あの女の子たちがメンバーなのも神様の脚本なんだから、そこは変えられないんだってば。このあと君が死んで、嘆き悲しむ勇者を慰めて救うのがあの子たちの役目なんだ。その結果、勇者と彼女たちの絆が深く結ばれて、魔王討伐後、勇者とあの子たちが結婚して、ハッピーエンド! ていうのが、世界を救う条件なんだよ』
「……はあ? つーかそれって俺、ただの当て馬じゃないすか。勇者とハーレム要員との、いちゃラブエンドのために俺死ぬの? ふざけんなよ。神様の脚本だかなんだか知らないけど、そんなくだらない世界を創るのに協力するなんて絶対お断りだからな! なにがハッピーエンドだよ、俺もあいつらも、お前ら神様のおもちゃじゃねーんだぞ!」
『別にふざけているつもりはないよ。この世界は、勇者が魔王を斃してめでたしめでたしじゃないんだよ。今は共通の敵がいるから協力し合っている人とエルフと獣人も、魔王という脅威が去ればこの世界の支配権を得ようと覇権争いを始める。そうしてお互いに殺し合って、結局世界は滅びるんだ』
急に真面目なトーンでまっとうなことを言われて、俺はびくりと身を竦ませる。
『だから勇者が人とエルフと獣人の子を娶り、勇者の血を引く子孫が王となって平和な世界を創っていく、という未来が必要なんだ。人もエルフも獣人も、争いも差別もない、平等な世界となるようにしていることなんだよ。僕も君たちをおもちゃにしているわけじゃない。神様の脚本にはちゃんと意味があるんだ』
魔王討伐後の世界がどうなるかなんて考えたことなかった俺は、ぐっと言葉に詰まってしまった。
魔王亡き後に、人とエルフと獣人が戦争を始める。悔しいが、じゅうぶんあり得る話だ。
いまでも各国の交流はほとんどないし、平和になったあとそれぞれがより良い領土を求めて各国争いを起こすのは必然なのかもしれない。
せっかく魔王から世界を救ったとしても、人々がそれをぶち壊してしまったら何の意味もない。
神が遣わせた者で、魔王を斃して世界を救った勇者でなければこの世界を統治していくのは無理なのだと声の人は言う。
彼女たちと結婚して王となり、平和な世の中をつくっていく。
それが神様のシナリオで、それ以外ハッピーエンドはないのかもしれない。
俺が黙ったままでいると、声の人は少し優しい口調になって話を続けた。
『君たちに大きな重責を与えていることは申し訳ないと思っている。特に君は……世界のために犠牲になれと言われても、承服しかねるのは当然のことだ。僕たち御使いは、ただ『お願い』するしかできない。どうするか決めるのは、結局君たちなんだよ』
そんな言い方卑怯だ……。
少し前までは、人の生き死にをイベント扱いしやがって、と反発する気持ちが強かったが、さっきの話を聞いてしまっては、そんな風に思えなくなる。
「……彼女たちのことも、そういう事情があるのは、理解できました。さっきは言い過ぎました、ごめんなさい」
俺が謝罪の言葉を口にすると、声の人が苦笑するような声が聞こえた。そのまま遠のいていく気配がして、俺は慌てて引き留めようと声をあげる。
「ちょ、待ってくれ! 俺は、俺はやっぱ死ななきゃダメなんすかね? もっとこう平和的な解決法を……」
訴えが届くことはなく、俺は夢から現実に引き戻されて目が覚めた。
「はあ……」
俺は握りしめてこわばった手をゆっくりと開いた。額に浮かんだ汗をぬぐう。夢の中とはいえ、声の人と重い話をして緊張していたらしい。
横を向くと隣のベッドでレオが寝ているのが目に入った。
すうすうと規則的な寝息が聞こえる。
ぼんやりと、レオの寝顔を眺める。
少し、やつれたか……?
そういや最近あまり食が進んでいないようにみえた。
そりゃそうだよな。レオが魔王を斃さなきゃ、世界は魔物の物になり人々は滅びるだなんて、世界の命運を背負わされたんだもんな。重くないはずがない。
自分が死ねば世界が終わるのだから、負けることなど許されない。どれだけのプレッシャーがこいつにかかっているのか、ただの傍観者の俺じゃ想像すらつかない。
あんなこと聞かないほうがまだマシだったな。
そんな役やってられっかと憤っているだけのほうがまだ楽だった。
レオの寝顔を眺めながら、俺は重いため息をついた。
***
「なあ、レオ。お前はあの子たちともっと話をして、お互いを知るべきだと思うぞ。だってさ、一緒に命を懸けた戦いに挑むんだぞ? だったらお互いの命を預けることができるくらいの信頼関係を築かないとダメだ。あの子たちは、心底お前を慕っているし、お前のことをもっとよく理解したいと思っているはずだ。お前もそれに応えなきゃいけないと、俺は思うけどな」
翌日、いつも通り隣に来て座るレオに、俺はそんなことを言い、いつまでも人見知りを発揮するレオを叱った。
「え、ああ、そうか……。そうかもな。分かった、じゃあ話すよう努力してみるよ。だからタロも一緒に来てくれる?」
「はいダメ―! お前が自分で話さないと意味ない!」
レオはまだ消極的なことを言うから、怒って蹴りを入れると、しぶしぶ女子の元へ向かっていった。
一晩考えた結果、少なくとも、レオを支えて共に戦ってくれる彼女たちとはきちんと交流を深めて仲良くなるべきだと思ったのだ。レオが生き残るためにも、あの三人のことをもっと知るべきだ。
将来、あの三人とレオが結婚してハーレムエンド、ってとこは一旦考えないようにしよう。あくまで魔王討伐のためだ。
それからというもの、レオが俺のところに来ようとするたびに叱って追い返していたら、ようやくレオも腹をくくったらしく、レオは移動中や食事などの時間を、俺とではなくできるだけ女の子たちと過ごすようになった。
みんな一緒に色々話しているときもあれば、女の子と二人でじっくり語り合っている時間もあり、以前よりも親密な感じになってきた。
レオ様、レオ様、と言って、彼女たちはレオにまとわりついて嬉しそうにしている。みんな大好きオーラ満開でレオを見つめているけど、当の本人は口数少な目で、たまに受け流しているときがある。
聞き役に徹している~みたいな顔しているけど、たぶんあれは一言も聞いていない時の顔だ。
女子にチヤホヤされてんだからもっと喜べや。俺は前世でも女子にチヤホヤされた経験なんてないのに……って、う、うらやましくなんかないんだからね!
旅に出た当初、彼女たちにずいぶんキツく当たられたが、レオが積極的に関わるようになってからはすっかり落ち着いて、むしろ俺の存在を忘れているんじゃないかというくらい、俺の周りは静かになった。
レオと以外は会話をしないから、気が付くと今日一日声出してないなとか気づいたりして、本当に空気になったような気分になる。
いや、大丈夫だ、別に寂しくなんかないぞ。しょせん俺はわき役だからな。いずれ退場する人間だから、空気でいいのだ。
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