番外編

第24話 それからどうした 1




 レオが甘い。



 会わずにいた十二年という歳月は、レオを全く知らない人間に変貌させたのか。


 死に別れた時はまだお互い成人前の子どもだったから、大人になって色々経験してそりゃあ変わりもするだろうけど……それにしてもレオ、変わり過ぎだよ。

 息をするように吐き出される甘ったるい言葉、どこで覚えたんだよ……。


 前世親友に甘い言葉を囁かれるって、結構きついもんがあるんだなと知った、リンちゃん六歳の春。








「リン、抱きしめていいか?」

「ダメだけど?」



 一緒に暮らすようになって、毎日レオに抱きしめられるのが、俺……じゃなかった私の日課になっている。


 一応、ダメだと毎回断るけれど、最初に断った時にレオがこの世の終わりみたいな顔になったから、なんか申し訳なくて「やっぱりイイヨ」と許可して以来、私のイヤはイイヨだと判断したらしく、遠慮なく抱きしめてくる。


 なんか自分がちょろいなあと思わないでもないが、レオに悲しそうな顔をされるとツライ。


 タロが死んでからの十二年間、ずっと孤独に生きてきたレオ。

 私が……いやタロが、声の人の言うことを鵜呑みにしないで、違う選択をしていれば、レオもまた、違う未来があったんじゃないかという、後悔の念がある。

 なにより、明らかにきっついトラウマを植え付けたであろう自覚がある自分としては、レオの望みは叶えてやりたいというか、断りにくいのだ。



「おいで」

「…………うん」


 そんなわけで、私は今日も、羞恥心を押し殺してレオの膝に乗るのだ。


 椅子に座ったレオの膝に乗ると、レオはたくましい両腕を私の小さな体に回し、引き寄せてぎゅっと抱きしめる。

 そして私の肩から首すじに顔をぴったり合わせ、密着して長い時間そのままなにも話さずに過ごす。


 タロの知っている頃のレオは、タロよりも背が高くてがっちりしていたけれど、もっと少年のようにほっそりしていた。

今は前世の記憶にあるよりも倍くらい太くなった腕と、厚い胸板が、レオの生きてきた時間とリンとしての私の生きてきた時間の差を感じさせる。



「なあ、くすぐったいよ……レオ」


「すまん」


 レオの唇が首すじにあたって、時々熱い息がかかるのがくすぐったいと抗議したのだが、レオはすまんと謝るわりに離れてくれる様子がない。


 首元で喋られるとなんだかムズムズするので、耐え切れず身動ぎすると、レオが顔をあげた。


「嫌か?」


「い、嫌とかじゃなくって……くすぐったいって言った」


「そうか。こうするとくすぐったいのか?これならいいか?」


 そう言ってレオはわざと私の首に唇を押し付ける。ひゃん! と変な声が出た。


「からかわないで! そういうことするならもう降りるからな!」


「からかったわけじゃないんだ。リンがいろんな反応するのが可愛いからもっと見たくなるんだ。悪かった、もうしない。だから降りるなんて言わないでくれ。まだ少ししかリンに触れていない」


「……別に、毎日だっこしなくてもいいじゃん」


「イヤだ。本当なら一秒だってリンとは離れていたくないんだ。俺の目の届かない場所で、リンになにかあったらと思うと恐ろしくてたまらない。だがお前が、学校にはついてくるなというから、お前の意思を尊重して、一日の大半は離れて過ごしているんだぞ? ようやく帰ってきたのだから、ちゃんとリンの無事を確認しないと不安なんだ」


 レオがものすごーく悲し気に眉を寄せる。


「それに、お前の体に異常がないかチェックしているんだ。怪我や病気に気付かず、手遅れになるといけないからな」


レオ曰く、体全体に魔力を流して、私の体の調子を調べているらしい。抱きしめなくても無事の確認はできる気がするんだけど、悲しい顔をされるとそれ以上は強く言えない。


「う……じゃ、もうちょっとだけ、だよ?」


 私がそう言うと、レオは愁眉を開いてにっこりと笑った。


「じゃあもうくすぐったくないようにするから。ホラ……リン、俺のほうを見て」


 レオはお互いの顔が真正面にくるように抱えなおすと、鼻先をこすり合わせて、唇がくっつきそうなくらいに顔を近づけて話してくる。



「ちょっ……もう、近い、近いって……喋りづらいよ」


「ん? そうか? でも触れていないと意味がないんだ。……リンの唇は小さくて可愛いな……美味しそうだ」


 ボソッとつぶやかれた不穏なセリフに、ぞぞぞぞぞ~っと怖気が走る。

お前何言ってるの? 正気? 中身元男の元親友だってわかっている相手によくそんなセリフが吐けるな……。


まだ自分の性を受け入れ切れていない私に対し、レオはすっかり元タロがリンになったことを受け入れている。


 私はまだ、タロの記憶とリンの自我が入り混じっていて、そんな簡単に意識改革できないんだよ……。

 それにしても、前世で知るレオはこんなんじゃなかった。

どちらかというと気弱で口下手で、人とかかわるのが苦手な性格だったはずだ。こんな百戦錬磨の遊び人みたいな口説き文句が言える奴じゃなかったのに。


 月日は人を変えるんだな……。なんかちょっと遠い目になってしまう。


「好きだ。リン……好きだ」

「ちょ、ホントそういうのやめてって」


 そしてレオは、私に対して普通に「好きだ」と言うようになった。

 お前、俺が好きなの!? とえらいビックリしたんだが、レオは当たり前のように、

「好きじゃなきゃ結婚しないだろう」

 と、のたまった。

 それを言うならまだ恋愛感情とか持てない俺は結婚しないってことになるよね!?

 そう聞き返しても、

「じゃあリンは俺が好きじゃないのか……?」

と悲し気に言われ、

「いや好きだけど!」

 と答えてしまい、なら何も問題ないなと話が解決してしまった。


 断れない自分が悪いのだが、だんだん包囲網を狭められている気がしてならない。



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