第25話 それからどうした 2
今日も散々撫でまわされたり匂いをかがれたりしてグッタリしていたところに、仕事から帰ってきた七つ子兄さんたちが飛び込んできた。レオの膝の上にいる私を見て、七人全員が叫び声をあげた。
「うおおおお! この不埒者めー!」
「リンちゃんはまだ六歳なんだぞ!いやらしいことするな!」
「犯罪だからな! このロリコンめ!」
「つーかお前仕事さぼってんなよ!」
「働かない男とは結婚させないって母さんも言ってただろ!」
「リンちゃんこんなセクハラロリコン無職のおっさんとは別れたほうがいいぞ!」
「リンちゃん思いなおすなら今だぞ!」
「兄さまたち、お帰りなさい。仕事の進捗はどうですか?」
リンちゃあ~ん! と叫んで兄さまたちが私に駆け寄ってくる。
「「「「「「「ふぎゃっ!」」」」」」」
が、レオが結界を張ったので、兄さまたちは見えない壁に激突してコントのようにそろってひっくり返った。
「兄上がた、リンは俺の婚約者です。兄弟とはいえ、勝手にリンに触れることはやめてくださいと何度も言っているでしょう」
ばったりあお向けに倒れたままの兄さまたちに向かって、レオが冷たく言い放つ。
「うるせーおっさん! リンちゃんを赤子の時から育てたのは俺たちだぞ!」
「お風呂もトイレも全部俺たちが世話したんだからな!」
「リンちゃんのホクロの数も位置も俺たちはぜーんぶ知ってんだぞ!」
「リンちゃんは俺たちでできていると言っても過言ではない!」
「だからリンちゃんは俺たちのものだ!」
「俺たちだってリンちゃんを抱きしめる権利があるんだよー!」
「リンちゃんはおれたちのものだー!」
結界の外側で兄さまたちがやいやい言っているが、レオはガン無視している。昔からそういうトコあったけど、興味ない人間にはとことん冷たいよね。レオ君よ。
「あら何しているの、七つ子たちは? またみんなで遊んでるの? あ、リンちゃんったらまたレオ君に抱っこしてもらってるの? ホント、リンちゃんはレオ君大好きねえ」
「かあさま」
わーわー騒いでいたせいで、自室にいたはずのかあさまも来てしまった。
かあさまは、あの間違った逆プロポーズのせいで、私がレオにベタぼれだと思っている。別に私が抱っこをせがんだわけじゃないんだけど……。
「レオ君、ダムの建設は進んでいる? レオ君が来てから、いろんな工事がどんどんできるから有難いわ~」
「来月には完成しますよ、義母上。もうすぐ雨季ですからね。それまでには治水を完了させたいと義父上が仰ってましたから、少し急ぎました」
「まぁ、頼もしいわ。本当にレオ君が村に来てくれてよかったわ」
かあさまが心から感心したようにレオを褒めると、七つ子兄さんたちが『ぐぬぬ』と、悔しそうに歯噛みした。
だが、レオが進めてくれた工事は、レオがいなければ絶対にできなかったことで、それを正しく理解している兄さまたちは、それについて本音ではとても感謝しているので文句を言うことができないのだ。
レオは今、村長であるとうさまから依頼を受けるかたちで、村の灌漑事業に協力している。
農業が主な産業であるこの村では、川に沿って畑や家が多く作られているのだが、大雨が降ると、氾濫することがある。
数年に一度は大雨によって川が溢れて周辺の住民が流されたりする大きな被害が出る。
被害を受けない場所まで移住すればよいのだが、水を遠く離れた川まで汲みに行けというのかと言って、どれだけ注意しても住民たちは動こうとしなかった。
移住場所まで用水路を作るか、川の上流にダムを作りたいと村長のとうさまは考えていたのだが、如何せん貧乏な村なのでそのための資金も人手も確保できなくて、長年先送りされていたのだ。
その保留になっていた事業が、レオが村に来たため、一気に進むことになった。
きっかけはグラム兄さまだ。
家にレオを連れて帰ったあと、とうさまとグラム兄さまにレオが世界を救った勇者だと紹介した。とうさまがテンパりながら色々質問をしている横で、じっと考えこんでいた兄さまが、こんなことを言い出した。
「勇者様なら、すごい魔法が使えるんだよね? 岩を砕いたり、山を切り崩したりとか……そういう人間離れしたことができるって考えていい?」
あまりにも不躾な質問にとうさまが真っ青になっていたが、レオは気にせず普通に答える。
「ええ、山のひとつくらいなら平地にするのは難しいことではありません」
「そっか。すごいな。君ひとりで百人、いや千人分くらいの労働力になるね。あのさ、良かったら村の治水工事に協力してくれない? 給与は千人分もはらえないけど……そこはリンへの愛情割引ってことで頼みます」
「治水工事ですか。リンの住む土地ですから、俺にできることならなんでも協力しますよ」
唖然とするとうさまと私を差し置いて、当たり前のように工事の話がついてしまった。
はっきり言って、世界を救った勇者にちっこい村の工事を頼む奴がどこにいるんだ……と突っ込みたくなったが、もう色々ありすぎて言葉が出なかった。
ていうか、レオはこの世界の創造神と対峙しているし、勇者からもう神の領域に入っているような気がする。
そんな人に工事とかやらせていいのだろうか……。
「ちょ、ちょっとお待ちください、勇者様にそのようなことをさせては不敬になりますから……」
「いいえ、今の俺は勇者ではなく、リンの婚約者です。どうかそのように扱ってください。大切な人の故郷を、俺も大切にしたいですから」
魔王討伐前の暗黒時代を知っているとうさまは、世界を救ってくれた勇者様を便利な道具代わりに使うなんてとんでもないとと難色を示した。
だが、レオのほうがむしろやらせてくれと頭を下げたため、それ以上拒むこともできず本格的にレオが仕事として引き受けることになったのだ。
村の人々と色々話し合った結果、まずは川の上流にダムをつくることが決まった。
私は、勇者の力って魔物退治に特化した能力なんじゃないの? と本当にレオが工事とかできるんだろうかとまあまあ疑っていた。
だけど……。
「勇者様すげーー!」
巨大な丸太をひょいと持ち上げ、楽々運ぶレオに歓声があがる。
道をふさいでいた岩も、レオが手刀で砕いてしまった。
いや待て、勇者ってこう……魔物と剣で戦うとかに特化してんじゃなかったっけ? つーかいつからこんな超パワー持っていたの?
思っていた勇者の姿と違いすぎて私はやや引いていたが、もとより穏やかでのんびりした気質の村人たちは普通に「すごいねーさすが勇者様だねー」と受け入れていた。
これが世界を救った力なんだねー! って大盛り上がりで、特に怖がったり疑問に思う様子もない。
……本当ならこの世界を統治する王になる未来があった人間なのに、こんな田舎でダムとか作らせて才能の無駄遣いじゃなかろうか。
でも私の心配をよそにレオは黙々と作業を進め、その真面目な姿にウチの家族も心を打たれて、今でとうさまも全面的にレオとの結婚を賛成している。
私とレオの婚約を早々に認め、ウチの屋敷にレオが住むことも同意するどころが、むしろウチに住んでとお願いしていた。
両親公認となった私とレオの婚約だが、七つ子兄さんたちだけは未だに諦めず、勝ち目のない戦いを毎日挑んでいる。
が、かあさまも村の事業に貢献してくれているレオを全面的に味方するので、兄さまたちは孤立無援なのだ。
ちなみに七つ子兄さまたちの事業は、まだまだ利益を出すには程遠い状態で、むしろ設備投資の借金があるので、余計に兄さまたちの発言権が低い。
「すごいね、レオ。もうダム出来るの? 年単位でかかると思っていたのに」
「工事がしにくい場所だったからね。義父上も工期は長く見積もっていたが、リンが驚かそうと思って頑張ったんだ。だからご褒美をくれないか?」
「……ごほうび?」
「うん、ご褒美」
ご褒美が不穏な響きを含んでいるように思えるのは私の被害者意識が強すぎるだろうか?
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