第29話 それからどうした 6


 再会してからレオは私の家族と笑顔で接して、村のために貢献してくれて、穏やかな雰囲気で、狂気なんてみじんも感じさせなかった。

 だからいまだにレオの心が不安定な状態だったなんて、少しも思っていなかった。


 コイツの心ははまだ、ずっと寂しくて不安な子どもの頃のままなんだ……。

 眠る時、タロに手を握っていてと頼んできていた過去が脳裏に蘇る。


 私は不安げなレオの頭に手を当てて、よしよしと撫でた。


「……未来の話をしよう、レオ。遠い先の話でなくてもいい。明日なにをしようとか、なにを食べようかとかでもいい。今私を食べて時間が止まってしまったら、来年の収穫祭を一緒に見て回れなくなるよ。去年レオのせいで最後まで楽しめなかったんだから、今年は責任をとってレオが連れて行ってくれるって約束したじゃないか。屋台の食べ物全部買ってくれるんでしょ? 花火を一緒に見よう。毎年、毎年、一緒に楽しい時間を過ごして人生を積み重ねていこう。だから、過去のほうを見ないで。タロと過ごした時よりも、長い時間をこれから私と過ごそう」


 ぎゅっとレオの頭を抱きしめると、小さく震えている感覚がした。


「こ……子どものこととかはまだ、私自身が子どもだから考えられないけど……でも、ひょっとして、レオの本当の家族になるために、女に生まれてきたのかなって……思ったりもするんだ。だから、そんなに不安に思わなくてもいいんだよ。きっと私は、レオを救うためにリンに生まれ変わったんだよ」


 レオの不安が少しでも払拭されることを願いながら言葉を重ねる。私を見ていてくれている限り、レオは大丈夫だ。深淵のほうを振り向かない。だから、こっちを見ていて。


 そんな気持ちを込めて見つめていると、レオは不安げだった瞳をふっと緩ませ、少しだけ呆れたように笑った。


「お前は今も昔も変わらないな。本当ならお前は、こんな俺の狂気に付き合う必要はないんだ。前世なんて忘れて自由でまっさらな未来があったはずなのに、それを奪って過去に縛り付ける俺を、恨むでも憎むでもない……いつもそうやって全部許して受け入れて、俺が欲しい言葉をくれるんだ。お前は……生まれ変わっても、お人よしが過ぎる。だから俺みたいなのに付け込まれるんだ」


 レオが珍しく自虐的なことを言う。


「なに、付け込まれるって。それを言うなら、世界を救った勇者殿にダムの工事とかさせている私のほうがレオに付け込んでいるでしょ。あれだけの工事をする資金なんてこの村にはないから、レオがいなかったらできなかったもん。こんなこと、勇者にさせてるって、教会とかにバレたら怒られるかなぁ。レオ、ウチのとうさまの首が飛ぶとまずいから、内緒にしといてね」


「もう魔物も殲滅されたのだから、勇者という存在は今の世界じゃ重要じゃない。まあ、監視のために現政府には時々顔を出したりしていたが、政治にかかわっているわけじゃない俺が、どこでどうしていようと気に留める者はいないから安心していい」


「……そうなの?」


 世界を救った勇者様を気に留めないなんてありえない気もするけど、私と再会する前のレオは完全に世捨て人みたいだったから、レオのほうが教会や中央との関りをさけていたんじゃないだろうか。

だがこの話を拡げるとまたレオのトラウマを刺激してしまいそうなので黙っておいた。


「まあ、そういうことならもうレオは勇者でいなくていいのか。もう教会にレオをとられることはないみたいで安心した」


「とられるって……いや、いい。そうだな、今の平和な国では勇者の力なんて厄介なだけだから、むしろ来ないでくれと思っているさ。お前にとっても俺は、前世からずっと迷惑を掛けられ続けて付きまとわれている厄介な存在だろうけど、俺はもうお前から離れられないんだから、諦めてくれ」


 もう嫌だから解放しろっていっても無理だから、とレオは笑顔で脅してくる。


 だんだんわかってきたけれど、レオがこういう言い方をするときは、私を従わせようとしているわけじゃなく、ただ拒まれたくなくて不安だからこんな物言いになっているんだろうと気が付いた。

 図体もでかくなって、年を重ねて大人になったけれど、気が小さくて臆病なレオの本質は変わっていないのかもしれない。


「そんなこと言わないから心配しなくていいよ。だってレオと私は家族でしょ? ずっと一緒にいるよ」


 安心させるように笑いかけながら私がそう言うと、レオは一瞬泣きそうな顔になった。


 まあ、なんでも口で言うだけは簡単だ。

そんなこと言ってもタロは自分を残して死んだじゃないかと、レオは思っているんだろう。私の約束なんて信じられないだろうし、そんなことで不安が解消されるなら、レオはあんな長い時間を孤独に過ごしたりしなかったはずだ。

 

 私の言葉に対してレオが何も言ってくれないので、さすがに不安になる。

探るようにじっと見つめていると、ふとレオの顔が近づいて、ふにっと唇に柔らかいものがぶつかった。

ちゅ、と小さく音が鳴ってレオの顔が離れていった。


「……?」


 あれ? 今、レオの唇が私の口にぶつからなかった?

ん? それってキスになるんじゃない? でもうっかりぶつかっただけならキスじゃない? ていうか今のなに?


 混乱してぐるぐる目を回していると、レオは私の後頭部をつかんで、今度はしっかり唇が重なるように口を押し付けてきた。


「ンぅ!?」


 ベシベシとレオの頭をたたくと、ようやく放してくれたが、なんでキスされたのか訳が分からない。

頬にキスされるのはしょっちゅうだけど、口にされたのは初めてで頭が混乱する。


「なにして……? レオ、今……キスした!?」


「ああ、すまん。でも今のはお前が悪いと思う」


「なんでよ!」

 

 もうどこに怒ったらいいか分からないけど、とりあえず絵面的には子どもに手を出すダメな大人だからね? 完全に事案だから!


「レオが悪いのにひとのせいにするとか最低! レオのばか! 最低だ! このロリコン! 変態!」


「あーそうだな、ごめんな。俺が悪かった。だから許してくれるか?」


 なんだか心のこもらない謝罪だし、ちょっと小首をかしげて私の顔を覗き込んでいるのがどうにもあざとくてちょっとイラっとする。

ごめんと言えば私が絶対許すと分かっている感じなのが余計に腹立たしい。


「……許すけど! 許すけどさぁ……! レオはもうちょっと反省して!」


 こぶしを振り上げて怒っても、レオは、ハハッと笑って軽く流している。さっきまでの自虐的な弱気レオ君はどこいっちゃったんだよもう。


 なんだかな……。悩んで心配した私がばかみたいじゃないか。

前世も現世も、結局私はレオに振り回されているような気がする。


「そういえばお母上に、いくら婚約者でもリンが成人するまでは手を出すなって言われていたんだよな。これも手を出したことに入るか? 知られたら俺は家を追い出されてしまうかな」


「うむぅ……かあさまは怒ると怖いからなあ……知られると面倒だから黙っておこう」


「そうか、じゃあこれも黙っておいてくれ」


「これって?……ん? ン!」


 パクっと唇ごと食べるみたいにして、またレオがキスをしてきた。

なにしてんの!? ホントなにしてんの! ごめんとか言ってなにひとつ反省してないじゃん!


さっきよりもよっぽど長い時間をかけてから、ようやく解放された時には、私は呼吸困難でぐったりしていた。


怒りを込めてレオをきつくにらむと、なにがそんなに嬉しいのか、ニコニコしながら私の髪をなでながらこう言った。


「ずっと一緒にいてくれるんだろ? じゃあこれからは内緒でキスしような」


「……なっ……内緒?」


 さっきの私の言葉を引っ張り出してきて、いつのまにか私も共犯者みたいなことになっている! これが年の功か! 大人ってずるい!



 ……やっぱり私、レオにコロコロ転がされているよ……。



 はあ~~と深―いため息をつく。

それでも、ニコニコ笑うレオを見ると、結局はなにもかも許してしまうんだろうな、と思う私は、思った以上にレオに毒されているのかもしれない。



番外編終わり







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勇者をかばって死ぬ当て馬キャラだったけど、物語の進みがおかしい エイ @kasasagiei

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