第28話 それからどうした 5
こうやって抱きしめられて、くっついていると、パズルが正しくピッタリはまったような充足感がある。
……なんでだろう? タロの時も、レオとハグしたことなんて何度もあるのに、そんな風に感じたことはなかった。
なんかこう……ふにゃっとしてぴったりフィットする感じがするんだよな……。このシンデレラフィットみたいな感覚を不思議に思っていたけれど、なんだかその理由が分かった気がする。
「女の子の体って、どうしてこんなに小さくてふにゃふにゃして弱っちいんだろうってずっと不満に思っていたんだけどさ」
「……ん? なんの話だ?」
「レオと抱き合った時、女の子の体だとうまくフィットするんだよ。ふたつがひとつになるみたいでさ、満たされた感じがするんだ。隙間が空いていた部分がぴったり埋まると、なんか満足した気持ちにならない? そんな感じ。女の子の体が柔らかいのは、抱き合う相手とぴったり重なるためなんじゃないかなって思ってさ。レオは私と抱き合った時、そう思ったことない? ……ってレオ、聞いてる?」
レオが返事をしないのでどうしたのかと思ったら、なんとも言えない微妙な顔で私を見ていた。
え? なにその顔。初めてみるんだけど。
微妙な表情をまじまじと見ていたら、ハァ~……と深いため息をつかれた。
「お前……今結構とんでもないことを言った自覚あるのか? ないよな……無自覚にイヤラシイこと言うのやめろよ……」
「……はあ!? い、いやらし……言ってないし! なんだよそれ!」
「ふたつがひとつにとか……抱き合う相手とぴったり重なるとか……そんなに早く俺とつながりたいのか? まあ六歳じゃ無理だけどな。早く大人になれよ、リン」
そう言ってレオはするりと私の頬を撫でた。
ここでようやく言われた言葉の意味を理解して、恥ずかしさでパニックになりいきなり下ネタをぶん投げてきたレオに対して八つ当たり気味に怒りをぶつける。
「えっ? あっ! ちがっ……そういう、やらしいとか、性的な意味じゃなくてっ! ……もおおおお! レオはそういう下ネタの冗談言うタイプじゃなかったじゃん! からかうな! ふざけんなーバカー!」
にやにやするレオを見て、やはり揶揄われたと分かり、めちゃくちゃ腹が立つ。
六歳の女子児童になんてこと言うんだお前は。私がタロだった頃の純粋無垢なレオ君はどこにいっちまったんだ。
腕を振り回してポコポコとレオをたたくが、子どもの手で殴っても、痛くもかゆくもないようで、それもまた腹立たしい。
「もうやだ! おろして! 今のレオは意地悪だからイヤだ! やだやだやだ!」
ジタバタと暴れ、エビぞりしてレオの腕から逃げようとすると、さすがに悪いと思ったのか、『ごめん』と半笑いしながらも謝ってきた。
レオは、私が逃げないように、左腕でしっかり抱き寄せながら、右手で私の顔を撫でる。
「ごめん、ごめんな。謝るから、逃げていかないでくれ」
真面目に謝られるとすぐほだされてしまう。結局私は、今も昔もレオのお願いに弱い。
「うむぅ……まぁ……いいけどさ……」
ここは私が大人になって寛大な心で許してやるみたいな態度で答えると、レオはにこりと笑ってそれからしばらく黙ったまま私の頬をゆっくりと撫で続けた。
そのまましばらくされるがまま頬をなでられていた。
だがそのうち、だんだんレオの顔から表情が抜け落ちて瞳はどこか遠くを見るようにうつろになっていった。
頬を撫でる指が冷たくなってきてレオの様子がおかしいことに気が付く。
「……レオ? どうした大丈夫?」
「あ、悪い」
私が呼びかけると、レオはハッとしたように頬を撫でていた手を引っ込めた。
レオは瞳を彷徨わせて逡巡する様子を見せたが、私がじっと見つめると、諦めたように口を開いた。
「……たまに、唐突にタロが死んだ時を思い出してしまうときがあるんだ。なすすべもなく、死んでしまったタロが、俺の腕の中で冷たくなっていく感覚が鮮明に蘇って……こうして今生きて笑っているリンも、タロのようになってしまうんじゃないかと思って恐ろしくてたまらなくなる。……本音を言うと、今でもたまにお前を食べて取り込んでしまいたくなる」
「あ……」
「リンとは四六時中一緒に居られるわけじゃない。もし、俺の手の届かないところでなにかあったらと考えるだけで頭がおかしくなりそうなんだ。そうすると、また失う前に食ってしまえばいいじゃないかと囁くもう一人の自分がいる。その誘惑に負けそうな時が、実はあるんだ」
語りながら、ゆらゆらとレオの瞳が揺れている。
突然の狂気の告白に、びっくりして言葉がでない。
一緒に暮らすようになって、レオはずっと穏やかな雰囲気で、最初に会った時の狂気なんてみじんも感じなかった。
だから、あの時言っていたレオの言葉なんて完全に忘れていたし、今でもそんなことを考えていたなんて、思ってもみなかった。
顔をこわばらせる私を見て、レオが苦笑する。
「そんな顔をしなくても、大丈夫だ。食ったりしない。不安で、狂気にのみこまれそうになるたびに、お前が引き戻してくれているんだ。食ってお前を取り込んでしまえば、確かにリンが死ぬことはないけれど、それ以上成長することも、こうして抱きしめることもできなくなる。お前がまた死ぬかもしれないという恐怖はずっとぬぐえないけれど、リンが成長して、いつか俺との子どもが生まれて、家族が増えていく未来が、俺は欲しくてしょうがないんだ」
だからずっと一緒にいてくれと、すがるような目をするレオに何を言ってあげればいいのか分からない。
私がタロだった頃のレオは、優柔不断で自信なさげでいつも不安そうで、こんな風にすがるような目でよくタロを見ていた。
『分からないよ、タロが決めてよ』
『タロがいいって思うほうでいい』
『僕ひとりじゃ不安だし……』
そんなセリフを、幼いころのレオはよく口にしていた。
でも、リンに生まれ変わって、大人になったレオとはずいぶん年齢差がついてしまって、大人になったレオは以前のような関係性ではなくなっていた。
大人の余裕があって、最近はいつもレオの掌で転がされているような気がして、年齢差と変わってしまった力関係に、私はちょっと悔しい思いをしていた。
でも、それはただ、レオが大人になって取り繕うのが上手くなっただけだったんだ。
レオの心はまだ深淵のギリギリのところに立っている。
今は私という存在があるから明るいほうを向いているけれど、いつだってレオの後ろには暗い深淵が広がっていて、レオは何度もそちらを振り向こうとしている。
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