第27話 それからどうした 4


 なんとなく思い出したけど、『タロ』は孤児院で食事係を担当していたから、貧しい食材で色々工夫して腹いっぱいになるような食事をよく作っていた。

 とにかくみんなのお腹が膨れることと、栄養がとれることを優先していたので、美味しさは正直二の次だった。


 協会が運営する孤児院という場所柄、肉が食べられたのは自分たちで害獣を狩った時だけで、それもだいたい細かくしてスープに入れて、みんなで少ない肉を分け合っていた。こんな風に肉で埋め尽くされた丼なんて贅沢品、あの頃は夢のまた夢だった。


 一日の食事が、薄くて具のほとんど無いスープが一杯だけの日だってあったと思う。あの時代は本当に生きるのだけで精いっぱいだった。みんなが我慢しているのだから文句を言えるはずもなくて、お腹が空いて眠れない時は、いつもレオとおしゃべりをして空腹をごまかしていた。


 私にとってその記憶は前世のもので、辛かった記憶も曖昧で苦しかった実感はないけれど、レオにとっては鮮明に覚えている子供時代だろう。


 こんな贅沢な食事を作る私をみて、リンとタロがやっぱり別人なのだと実感して、レオはまた『タロはもういないんだ』と思って落ち込むかもしれない。

 


 それでも、私はレオにこれを食べて欲しかった。

 なぜかって? そんなの決まってる。


 だって生姜焼きは美味しいから……!


 肉ってだけで美味いのに、それをショウガが効いた甘辛ダレで焼くなんて美味いに決まってる。

 ウチの家族はみんなこれが好きで、美味しい美味しいと言って食べてくれるから、これをレオも一緒にみんなで食べたかった。


 レオも、今の私の家族の一員なのだから、できればこの味を知って好きになってほしい。



 席に着いたレオは、目の前にある食事をまじまじと見ている。隣に座る七つ子兄さんたちが、いち早くバクバクと食べ始めるのをみて、ようやく匙を手に取り、ゆっくりと生姜焼きを口に運んだ。


「…………!!!」


 肉を食べたレオが、明らかに『うま!』って顔をした。

 そうだろうそうだろう。ウチの村の豚肉は臭みがなくてめちゃくちゃ美味いんだ。

 結構な大きさの丼なのに、レオはパクパクパクッと三口くらいで食べてしまった。え? ちゃんと噛んで食べた?


「……おかわりもらっていいか?」


 ちょっとすまなそうにレオが言う。


「うおぉ!お前食うの早すぎ! まって、残り全部食うなよ!」


 七つ子兄さんたちも食べるのは早いほうだが、まだ半分も食べ終わっていない。


「まだいっぱいあるから、おかわりしていいよレオ。美味しい? お肉好きだもんね」


 そう言いながら、レオのぶんをよそってあげると、またあっという間に平らげてしまう。すごくない? どんだけ早食いなの? スキル使っているんじゃなくて?

 負けじと兄たちが口にかき込んで、次々にお代わりをしていく。



 人数の倍以上の量を作ってあったけれど、野菜スープも含め食べ終わったときには全部鍋がカラになっていた。



「ごちそうさま~美味しかった~。あ、後片付けは食べた人がやるんだぞ! レオ君も、お前が食べたいって言ってリンちゃんに作らせたんだからな! 鍋くらい洗えよ!」


 七つ子兄さんたちがそう言ってレオに鍋を押し付ける。

 七つ兄さんたちはレオが本物の勇者だと理解したあとも、まったく態度を改める様子がない。ある意味猛者だなと感心するが、レオは今では村の公共事業の救世主でもあるのだ。

 七つ兄さんたちの暴言を聞いて慌てたのが、我が家唯一の常識人、グラムにいさまだ。


「おい、七つ子たち! 勇者殿は今日だけでもお前らの百倍くらい仕事してきたんだ。生意気な口を利くのは、仕事で利益を出してからにしろ。鍋くらいお前らが洗え!」


 グラムにいさまが怒鳴ると、七つ兄さんたちはしおしおとうなだれて大人しくなった。七つ兄さんたちは長男であるグラムにいさまに頭が上がらないのだ。


 まあでも確かに、村に一番貢献してくれている恩人に鍋を洗わせるのもどうかと思うので、申し訳ないけど七つ兄さんたちにお願いすることにした。



 とうさまとかあさま、グラム兄さまも各自の部屋に戻ってしまうと、私はレオとまた二人きりになった。


 食後のお茶を淹れて、レオの隣に座る。


「レオ、ごめんね」


 私の謝罪にレオは無言で首をひねる。

 お代わりまでしてくれたが、多分レオが期待していた食事ではなかっただろう。がっかりさせちゃったことを申し訳なく思っていた。


「レオはきっと『タロ』が作ってくれた思い出の味を期待していたんだろうけど……もうね、あまり思い出せないんだ。タロの時の約束とかあったんだろうけど、実は昔のことはほとんど覚えていない。ごめん……」


 レオの期待に応えてあげたいと思っている。

 でも私はタロじゃない、でもレオを悲しませたくないという葛藤を、最近の私は常に感じていた。


 私が謝ると、レオはなんのことか分からないみたいな顔できょとんとしていた。


「……? なぜ謝るんだ? 俺は、『リンの作った料理が』食べたいと言ったはずだ。思い出の味を作ってくれなんて言っていないぞ。俺はただ、他の家族はみんなリンの手料理を食べたことがあるのに、俺は一度も作ってもらったことがないから俺にも食べさせてほしいと言ったんだ。七つ子たちがニヤニヤしながらどれだけリンの料理が美味しいかを自慢するから、悔しかったんだ」


 俺はリンの婚約者なのに、差別じゃないか……と、すねたようにレオが言うので、ポカンとしてしまった。


「え? じゃあ、レオは本当に、ただ『リンの』手料理が食べたかっただけなのか?」

「だからそう言っているだろう」


 レオとの会話を思い返してみて、確かにレオは一言もそんなこと言っていなかったかもしれないと気付いて、ヘナヘナと力が抜けた。


「はは……なぁんだ。前世を気にしすぎていたのは、私のほうだったのか……」


 レオが私を愛おしそうに見つめるたびに、レオはリンの向こう側にいるタロをみているのかなと思って、少し複雑な気持ちになっていた。

 だって、レオにとって大切なのは『タロ』であって、『リン』はただ、タロの魂の器でしかないんじゃないかなと感じていたから。


 レオは情けない顔で笑う私を見て不思議そうな顔をしていたが、ひょいと私の小さな体を抱き上げてぎゅっと抱きしめた。


「リンが俺のためにタロの思い出を大切にしようとしてくれるのは嬉しいが、それよりも、リンと新しい思い出を作って増やしていきたい。俺とリンのあいだには、まだ一年しか一緒にすごした時間がない。昔を語れるほどお前との時間ができていないのが悔しいんだ。だからもっと、リンと一緒にいたい」


 ぎゅっと隙間なくくっつくように私を抱きしめるレオは、どこか少しおびえているようにも見えた。


 ……レオはちゃんと『リン』と向き合ってくれていたんだ。


 言葉が足りないのは、私もだ。もっとちゃんとレオとお互いが思っていることを話し合わなければいけなかった。


「……うん。そうだね。これから毎年、たくさん楽しい思い出を作ろう。レオとリンは、“家族〟だもんね」


 抱っこされたまま、レオに腕を回してむぎゅっと抱きしめ返す。

 レオがふ、と小さく笑う気配がした。



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