第6話 声の人の無茶ぶりがすごい
***
チャッカポッコ、チャッカポッコ、と荷馬車の揺れる音を聞きながら、横で青い顔をして座るレオの顔をちらりと見る。
「なあ、レオ。そんな顔すんなって。どうせ来年には独り立ちしなきゃいけなかったんだし、考えてみれば勇者だなんて、大出世じゃん。お前、もともと魔力も強いし、聖騎士に向いてると思ってたんだよ」
「……タロはそういうけど、俺、気弱だし、魔物と戦うなんて無理だよ。タロが一緒に来てくれるっていうから、とりあえず聖都にはいくことにしたけど、大司教様って人に会ったら直接断るつもりなんだ」
「はあ? 断れないだろ……ていうか、またあの大侵攻が起こるなら、見て見ぬふりなんてできないだろ。人がたくさん死んで俺たちみたいな子どもが生まれるんだぞ? レオにしかできないなら、やるしかないんじゃないか?」
……と、偉そうな言葉が口をついて出たけれど、自分で言ったセリフで落ち込んだ。とんだブーメランだ。そんな偉そうなことは、死ぬ役を拒んでいる俺が言っていい言葉じゃない。
「ごめん、当事者でもないのに勝手なこと言った」
すぐに謝罪すると、レオは首を振って許してくれる。
「だったらさ、タロも最後まで一緒に来てくれる? タロが一緒に戦ってくれるなら、独りじゃないって思えて頑張れると思うんだ」
「おっ……おう……そうきたか……そうだよなあ~まあ、俺が戦力になるとは思えないけど、俺がやれって言ったんだしなあ……一緒に行くだけなら……」
「うん、じゃあ絶対だよ? 俺だけ残して逃げないでね?」
うっ、さすが親友。レオがやる気になったらお役御免で離脱しようと頭で計算したことが一瞬で見抜かれている。
仕方がない、レオの勇者仕事には付き合うけど、絶対に死に役はやらねーからな! わかったか声の人! ……と心の中で叫ぶ。
***
馬車の旅(といっても三日)を終え、聖都の中心部にようやく到着した。
聖都にある大聖堂というからもっとキラキラしい豪奢な建物を想像していたけど、そこは静謐という表現がぴったりな厳かな祈りの場所だった。
聖騎士団に案内され、大聖堂の大門をくぐり奥へと進む。
聖堂にある、女神像の前でひっそりとたたずむ老人が大司教様らしい。飾り気のない白いローブを着ているけれど、溢れ出る聖気が、老人を高貴な人間であることを知らしめている。
「レオンハルト様ですな。わたしはこの教会で大司教を務めております、ヨーゼフと申します。神の御使い様が私のもとに現れまして、わたしは神の啓示を受け取りました。勇者の魂をお持ちであるレオンハルト様に、この聖剣を授けることが私の使命なのです」
老人は、白銀の鞘に納められた剣をレオの前に捧げる。
レオは逡巡するように手を彷徨わせていたが、俺が肘でつつくと、意を決し剣をつかんだ。
次の瞬間、聖剣がキイイイィン! と小刻みに震えて騒ぎ出した。聖剣は相手を探るように光りながらレオの魔力と共鳴していく。
音が高まり、俺が耳を抑えてうずくまった時、ようやく音が止み、顔を上げるとレオが剣を握りしめながら呆然としていた。
「……声が聞こえた。俺が……勇者の魂を持つ人間なんだって……魔王を斃して黒を祓い、世界を救え、とかって……」
「おぉ……なんと……わたしもお言葉をさずかりました。誕生した魔王が、暗黒の扉を開き、この世界を破壊へ導く。暗黒期を迎える次の春までに魔王を斃さねば、人の世界は滅び魔物のはびこる暗黒の世界に塗り替えられるであろうと」
レオの言葉を受けて、大司教様も神の啓示を皆に伝えた。
「次の春って全然時間ねーじゃねーかよ……」
レオは確かに魔力も多いし力も強いけど、今んとこ普通の人間だ。今聖剣を授かってチート能力も授かったりしたとしても、心が追い付かないだろう。
ちらっとレオを見るが、完全に『 無 理 』って顔してる。
よく見るその表情に一瞬笑いそうになる。子どもの時から不安な時はそういう顔をしていたなーと思い出し、やっぱりまだ精神的に幼いレオに魔王討伐なんて無理だ。
周りが歓喜に沸くなか、ひとりで諦めモードになっていた俺だったが、その時、頭のなかに先日夢の中で聞こえた声が響き渡った。
『今のレオンハルト君には無理だから、タロ君の力が必要なんじゃない~。勇者はどうしても親友が目の前で自分をかばって死ぬっていうイベントを経由しないと、力が目覚めないんだよね~。どうしてもこのイベントが上手くいかなくて、最後世界が真っ黒になっちゃって、結局壊すしかなくて、また世界を最初から作り直しを何度も繰り返しているんだよ。もうね、世界をいちから作り直すってホント大変なんだよ! 頼むよ、タロ君。この世界が存続するために、頑張ってー!』
「は!?出た声の人! ちょ、ちょっと待ってくださいよ、俺が死ぬ以外になんか方法ないんすか? つーか、俺が死んだことで力に目覚めるって言いますけど、あのレオが、親友が死んだ! だから世界を救おう~って前向きになれるとは思わないんですけど」
『うん、勇者は親友が死んじゃってものすごく自分を責めて闇落ちしそうになるんだけど、その彼を支えて励ます相手がいるから大丈夫だよ。その相手と勇者が、魔王討伐後の世界を創っていく……ていう脚本だからね。まあ僕たち御使いは、君たち人間に色々役割を『お願い』するだけで強制力はないんだ。何を選ぶかは結局君たち人間の『意思』だから、無理強いはできないんだけど、世界の破滅を防ぐために、君にお願いしているんだ』
「お願いって、言われても……」
『とにかく、この世界が黒に染まらず生き残るためには、勇者が力に目覚めて魔王を斃さなきゃいけないんだ。死なないで勇者を目覚めさせられるっていうなら、やって見せてよ。方法はもう君に任せるけど、タロ君頼んだよ』
「ええー……そんな方法分かるわけ……ちょっと待ってくれよ……」
プツッと通信が切れるように現実に引き戻される。ハッとして顔を上げると、レオが大司教様と騎士団長さんと何か話し合っていた。
「……というわけで、勇者様にはこれから、勇者様にお仕えする使命を神から賜った者に会って頂きます」
ん? ぼんやりしているうちに話が進んでいた。
レオは結局自分が勇者だと納得したのかなあと三人を眺めていると、騎士団長さんがレオを促してどこかへと移動していく。
俺には関係なさそうだから、どっかで休ませてもらおうと、退出していく聖騎士団のおっちゃんらにくっついて行こうとしたら、すごい勢いでレオが戻ってきて、ガシッと俺の首根っこをつかんだ。
「タロ、なにをしれっと居なくなろうとしてるの? さっき逃げないって約束したのにもう破るの?」
「え、いやいやいや。俺には関係ない話かと思ったから……ねえ、騎士団長さん?」
「あー、いえ、レオンハルト様のご随意に」
騎士団長さんは俺のことはどうでもいいんだろな。まー単にオマケでくっついてきた部外者だから、勝手にしろってことなんだろうが。
俺とレオのやり取りを聞いていた聖騎士団のおっちゃんが、俺に近づいてきて、『お前も大変だな……』とコッソリ慰めてくれた。
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