第5話 ついに物語が始まるらしい
「……ロ、……タロ、起きて」
「……! おぉ、レオ……」
ハッと気が付くと、目の前に心配そうなレオがいた。
「タロ、うなされてたよ。揺すってもなかなか起きないし……大丈夫?」
どうやら夢の世界で声の人の話を聞いたのか。目が覚めるといつも通り俺のベッドの上だった。
「それになんか、まだ夜明け前なのに外がザワザワ騒がしいんだ。孤児院に誰か来ているのかも。こんな時間におかしいよな。なにかあったんじゃないかな……」
確かに、耳を澄ますと誰かが話す声が聞こえる。夜明け前に訪問者だなんて不穏な感じだ。レオと、起きてすぐに動けるようにしておいたほうがいいかと準備をしていると、俺たちの部屋のドアがノックされた。
「レオ、起きてちょうだい。聖騎士団の方が、あなたを訪ねていらっしゃったのよ……」
戸惑い顔のシスターが、レオを呼んだ。レオは振り返り、『どういうこと?』と俺に聞いてきたが、俺に分かるわけないだろ。
「レオ、お前が呼ばれているんだからとにかく行って話を聞くしかないだろ。戻ってきたら話を聞くから、行って来いよ」
「ええ? 俺だけで? や、やだよ。ねえ、シスター、タロも一緒でいいでしょう?」
シスターがうなずくのを見て、レオは俺の手をつかんで有無を言わさず連れて行く。まあ俺も何が起きているのか分からず部屋で一人待つよりマシだと思い、ついて行くことにした。
孤児院の、礼拝堂がある側の大きな玄関口に行くと、そこには聖騎士団の鎧をまとった一団が松明の明かりに照らされて立っていた。なんだか物々しい雰囲気に身が竦む。
その中で、シスター長と話をしていた男が俺たちの存在に気付くと、迷いなくレオの前に跪いて敬礼をした。
「レオンハルト様とお見受けいたします。私は聖騎士団、赤の団長を務めるグラント・エッケンベルクと申します。……実は昨日、神の伝道者であらせられる大司教様からお言葉が届きました。神は、この孤児院に、勇者となる者がいるとお告げになり、そして勇者様をお迎えする時がきたと。金の髪に、碧の瞳をもつ少年……あなた様にほかなりません」
騎士団の男は、レオが勇者であると確信をもっているようだった。レオは理解が追い付かないという顔をしていて、言葉も出ないでいる。
呆然として言葉を失っているレオに代わり、俺が男に質問をする。
「レオが……本当に勇者だとして、神様はレオに何をさせようとしているんですか?この国に、また魔物の大侵攻が起きるんですか?」
「大司教様が授かった予言によると、神は、十五年前の大侵攻の比ではない厄災が訪れるとおっしゃられたそうだ」
俺の質問に答えてくれた団長さんは、再びレオに向き直り頭を垂れる。
「これからこの世界が暗黒期へと入り、破滅の魔王が誕生するという、神のお告げです。それを滅ぼせるのは、勇者の力を持って生まれたレオンハルト様だけであると、そう仰られた神のお言葉に従い、あなた様をお迎えに上がった次第でございます」
「そ、んなこと……俺がそんな大それた存在な訳がないですよ。少し魔力が高いくらいで、特筆すべき才能があるわけでもない、凡庸な男です。魔王を倒すだなんて、できるわけがない」
我に返ったレオが必死に否定する。そりゃそうだ、いきなり有無を言わせぬ雰囲気で、『お前が勇者だから』とか言われても困るし、信じられないだろう。
俺だって信じられないっていいたいとこだけど、いかんせん声の人から『俺の親友が勇者』だって聞いちゃってたから信じざるを得ない。
「勇者様は、まだ神の啓示を受けておられないとも聞いております。秘めたる力が解放されるのはもう少しあとでしょうが、暗黒期の訪れは、早ければ次の春には始まるというのです。勇者様が戸惑われるのは重々承知の上ですが、この国にはもう一刻の猶予も残されていないのです。どうか我々と共に聖都へお越しください」
俺たちの村が殲滅された、あの大侵攻よりも大きな被害が出る可能性がある。いや、それどころかこの国の存亡にかかわる事態になると言われ、レオは何も言えなくなってしまった。
聖騎士団の偉い人が、荷物は後から送るから、このまま聖騎士たちと出立しようと言い、周囲の人たちがレオの意思を無視して動き出した。
それを見たレオは、慌てて聖騎士団の人に縋り付いた。
「ひとつだけ! お願いがあります! タロも一緒に連れて行ってください! 俺の兄弟なんです! タロが一緒なら行きます!」
「えっ、俺?」
「勇者様のご兄弟か。そういえば啓示には、『導き手』が勇者様には必要だとありました。この方がそうなのか……私には判断がつきませんので、タロ様にも聖都に来ていただきましょう」
偉い人による鶴の一声で何故か俺も聖都行きが決まってしまった。
なんか……死亡フラグが着々と立てられている気がする。声の人に『勇者をかばって死ぬ役』をやってくれと言われたけれど、死ねと言われてはいオッケーと安請け合いできる事柄じゃない。
レオは大切な家族だし、困ったことがあれば助けてやりたいと思うけれど、だからって、自分の死が『真の力を目覚めさせる為のイベント』にされてかなり腹も立っている。
神様から見たら俺の命なんて捨て牌みたいなもんかもしれないが、俺だって一生懸命生きているんだ。絶対にそんな役目、お断りだ。
だから、レオと一緒に聖都になんて行きたくないと言おうと思ったんだけど、レオからの圧がすごくて、『行かない』とは言い出せなくなってしまった。
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