第16話 若干愛が重いけど、いい家族


 


 家族の愛情に包まれて、有難いことこの上ないのだが、ひとつだけ言わせてもらうと、七つ子たちのリンちゃんに対する愛情がちょっと異常なんだよね。

もちろん両親や長兄も紅一点末っ子のリンちゃんを溺愛してくれているけど、七つ子は……なんというか、愛情が変態じみている気がして心配なのである。


 赤子の時からミルクをあげるとか沐浴させるとか着替えとか、あまつさえシモの世話とか、ありとあらゆることをこの七人で全てしてくれていた。


 産後、体調を崩しがちだったかあさまに代わって面倒を見てくれたのは有難いんだけど、とうさまが雇った乳母を勝手に追い返してしまって、文字通り舐めるように可愛がってリンちゃんを育てた。

 離乳食なんか兄が噛み砕いたものを口移しで食わされそうになった。もちろんあらんかぎりの力でビンタして抗ったけど。

 たとえ実の妹で、幼児相手だとしても口移しはアウトなんじゃない? 知らんけど。


 まあでも、ちょっと気持ち悪い兄たちだけど、リンちゃんが本当に嫌がれば二度としないので嫌いにはなれないのだ。



「リンたん~可愛いお顔でなに考えているの? にいたんのこと?」


「ちやいましゅ。かあしゃまのことでしゅ。かあしゃま今日顔色わゆいので心配れしゅ」


「……! そんなところにまで気が付いて、母さんの心配するリンたんマジ天使!好き! 天使なリンたんが尊すぎて讃える語彙が見つからない!」


 落ち着け兄よ。七つ子の兄どもが口々にリンちゃんを全力で褒めたたえるのでうるさいことこの上ない。


 かあさまは明るく振舞っているが、いつもより具合が悪そうに見える。前々世の母さんには、なにひとつ親孝行ができないまま死別してしまったから、かあさまには健康で長生きしてもらいたいのだ。


「母さん、リンちゃんの言う通り、あまり体調がよろしくないのでは? 今日は無理をせず、ベッドでお休みになってください」


 俺の言葉を聞いた兄(多分センティ)が、かあさまに寝室に戻るよう促す。


「うーん、それほど体調悪いつもりはなかったんだけど……今日はあなたたち学校のある日でしょう? 私がリンちゃんのお世話をしないと」


 とうさまとグラム兄さまは村役場で仕事だし、七つ子は学校に行かねばならないので、そういう日はかあさまが俺の相手をしているので、具合が悪いのを隠して起きてきたようだ。


「かあしゃま、わたしご本を読んでいるのれ、らいじょうぶでしゅ。お部屋でいいこにしてましゅから、かあしゃまは寝ててくらしゃい」


「リンちゃんったら……ウチの娘が天使すぎてお母さんツライ……愛が止まらないわ……尊いが過ぎる……」


 かあさまのノリが七つ子のそれと全く同じなんだけど。親子だな。


「お手伝いのマーサが、食事を用意する合間にリンちゃんの様子も見てくれるそうです。俺たちも学校が終わり次第、すぐに戻りますから、母さんは寝てらしてください」


 マーサさんとは、病弱な母のためにとうさまが雇った家政婦さんだ。掃除洗濯食事の用意などをしてくれる。俺としては、飯だけ頂ければひとりでいられるほうが有難い。


「そうねえ、じゃあリンちゃん、お兄ちゃんたちが戻るまで、ご本読んで待てる?」


「あい、らいじょーぶでしゅ」



 そして七つ子兄さんたちは、しつこいくらいリンちゃんにキスをして、学校に出かけて行った。それを見送ってから、俺はこっそりと書庫へと向かう。



 実を言うと、ずっと前から一人になって調べ物をしたいと思っていたのだ。


 生まれ変わってからずっと気になっていたのだが、俺はどうやら以前タロとして生きた世界にそのまま生まれ変わっているらしい。



 以前は日本から全然違う世界に転生させられたので、今回もそうかと思ったのだが、兄たちや父母が話す内容から、ここは転生した世界のままだと気が付いた。


 そして、この世界には人とエルフと獣人が共存していると知って、今は勇者レオが魔王と討伐して平和が訪れた後の世界なのでは……? と思い至ったのだ。


 ……もし同じ世界に生まれたのなら、俺が死んだあと、レオたちはどうなったのか知りたい。


 こうして世界が平和に継続しているのだから、レオは無事に魔王を討伐することができたんだろうけど、その後世界がどうなったのかが気になる。


書庫になにか歴史を知れる資料がないか調べに行こうと思っていたのだが、行くたびに兄たちがついてくるし、建国記とかそういうのが見たいと言っても絵本を持ってこられるし、まったく調べが進んでいない現状に最近イライラしていた。



 有難いことに、良い子のリンちゃんは書庫への出入りは禁止されていないので、今日一人になった隙にじっくり調べようと俺は考えたのである。



「しゃてと、けんこくにかんしゅる本は、と……」


 踏み台を使ってそれらしい表記の本を片っ端から引っ張り出す。

 建国記らしきものや国の歴史書はなかったが、新しい国の憲法と法律に関する本があったので、まずはそれから目を通す。


 タロで生きていた頃は、人間の統治する国の一番領土が最も大きく、それに付随する形でエルフの国、獣人の国、と三つの国が存在していた。


「おぉ! かみしゃまのきゃくほんどーりになってゆ!」


 十年前にすべての国が統一され、共和国として新しく建国したのだ。

 それぞれの種族が争うことなく平和に交易を続けている。

 

各種族に優劣はなく、そして一つの国ではあるがそれぞれに自治権が与えられており、独自の文化を守り暮らしている。


 俺(リンちゃん)が住むところは、人間の統治する旧サルニアーナ王国の自治区らしい。

自分のいる場所を知るだけで半日かかった。地図があっても住所が分からないので、最終的に父さんの書斎にこっそり侵入して、手紙を拝借してようやく分かった。


 憲法に祝日に関する規約みたいなのが載っていて、『世界平和の日』というものがあった。


 それは、勇者様が魔王討伐に成功し、暗黒期から世界を救ったことを祝う日だと書いてある。この日は国民全員が仕事を休み、平和への感謝と、犠牲になった人々に祈りを捧げて過ごすべし、と書いてあった。


その祝日が制定されたのが、十年前……。


 じゃあ、レオは本当に魔王を討伐して世界を救ったんだ。

 これも脚本どおり、己の使命に目覚めて、彼女たちに支えられて立ち直ったんだなあ。


 つーか俺、死んだ時からいつの間にか十年も経ってたんだな。

死んですぐに生まれたような気がしていたけど、今リンちゃんが三歳だから、生まれるまで七年くらいかかっていた。


 アイツ、どうしてっかなあ……。


 てっきり、討伐後はレオが人とエルフと獣人の国をまとめ上げて、王に立つんだと思っていたけれど、そうはならなかったらしい。

 祝日は、世界平和の日と、もうひとつ『建国の日』がある。勇者の手によって、人とエルフと獣人の国が解体され、すべての国が統一されて共和国となったが、国営は選挙によって選ばれた者が行い、現在勇者はそこに関わっていないようだ。



 名誉監督的な立場で、どっかで彼女三人と楽隠居生活してんのかなー。


 いつか大人になったら、旅に出て、レオのいる場所を見に行ってみたい。

 タロの生まれ変わりだなんて名乗るつもりはないけれど、アイツがちゃんと幸せに暮らしているか、この目で見てみたい。種族混合の、大家族になっているかな。



 たくさん広げた本を閉じて、俺は疲れた目を押さえた。


「はやく、おおきくなりたいな……」



 まだ三歳のこの体じゃ、ひとりでどこにも行けない。大きくなって、学校に行って、たくさん勉強して、今度こそなにか仕事に就きたい。

 そしていつか結婚もしたいけれど……性自認が男だから、それは無理かなと早々に諦めている。

 


 物思いにふけっていると、大きな音を立てて書庫の扉が開かれた。


「リンちゃあん! ただいまぁ! にいたんたち帰ってきたよ! 寂しい思いさせてごめんね!」


「お、おかえいなしゃい。にいたま」


 七つ子兄さんたちが一斉に俺に群がってもみくちゃにされる。

 兄さんたちにチュッチュチュッチュとかわるがわるキスされるのが日課だが、未だに慣れない。


「リンたんこんな難しい本読んでいたの? すごいね、ウチの妹は天才だね!」

「難しい言葉も知っているもんね、しゃべり出すのも早かったし、リンちゃんは語学の才能があるんじゃない?」

「いやいや、リンたんは生まれてきた時から知性あふれる赤子だったぞ?」

「この前リンちゃんがマーサとごはん作ってくれたけど、完璧すぎて宮廷料理みたいだったもんな! 三歳と思えないよ!天才だよ!」

「エプロン姿のリンちゃんに鼻血がとまらなかった!」

「可愛いのに天才ってもう神が遣わせた天使としか思えないよ……」



 俺が散らかした本を片付けてくれながら、兄たちが褒めてくれる。いや、この間作った飯は生姜焼き丼だからね? それに切るのも炒めるのもほとんどマーサがやってくれたしね。


 

 前世と前々世の記憶があるせいで、俺は普通の子とはずいぶんずれている自覚がある。

 でも兄たちは、普通の赤子と違う俺を、少しも不審がったり気味悪がったりしなかった。


 とうさまもかあさまも、『変わった子』だとか一度も言ったことがない。いつも、いい子だ、可愛い、愛しているよと言ってくれる。



 俺、いい家族の元に生まれたんだよな。

 若干愛が重いけれど、兄たちには感謝している。



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