波物語2

「聞いてくれよ、俺土曜日に近くの女子高の生徒とデート行くんだ。バイト先で一緒でさ……」


 塔子が軽はずみにデートの約束を取り付けてしまったその週、塔子が休憩時間中に机に頭を突っ伏して寝たふりをするのはいつもの事であるが、今回はドキドキとヒヤヒヤがそれに加味されているからか寝たふりをしながらも時たま痙攣や頭突きを繰り返す。良太達のグループは絶賛恋愛話で盛り上がっており、塔子にデートに誘われた事を良太が言い触らす可能性は十二分にあり、塔子はそれをして欲しいのかして欲しくないのか混乱し続けていた。


「(ただでさえ噂が広まっているのに、私からデートに誘ったなんて事が広まったらもう恥ずかしくて学校に行けないわ……あれ? そもそも私、友達いないし特にこれ以上失うものって無いのかしら。それよりも彼がデートに誘われた事を喋ったとしたら、それって私に誘われた事が嬉しくて誰かに喋りたくて堪らなかったって事にならない? そして喋らなかったとしても、それって私の事を真剣に考えているから関係について口外したくないって事にならない? なんだ、私完全勝利じゃん)」


 良太が喋っても喋らなくても結局は自分の事が好きなのだと滅茶苦茶な理論を展開している一方、良太は友人達にお前結構爽やかだし女子にモテそうだよな、もうデートとかしたのか? と話題を振られる。


「デート、は今のところ予定とかも無いかな」


 良太は塔子に誘われた事については一切喋らず、それを聞いていた塔子は心の中で良太は自分との関係を茶化されたくないのだろう、それだけ自分の事が好きなのだろうと推測して上機嫌になる。しかし実際のところ、今まで目立った恋愛経験の無い良太は塔子と一緒に水族館に行くことをデートとすら認識しておらず、塔子が建前に使っていた『自分も行こうと思っていたし、道に迷いそうだから一緒に行ってあげる』という言葉をそのまま受け止めていたのだ。


「明日は瀬賀さんと一緒に水族館か。瀬賀さんと違って集合場所の駅までそこそこ時間かかるし、遅刻しないように早めに寝ようっと。服は……母さーん、明日水族館に行くんだけど、都会でも笑われないような服選んでよ」


 そこそこ交流のあるクラスの女友達と一緒に水族館に行くくらいの感覚で一切緊張をしていない良太と、


「あああこの服しばらく着てないから皺が目立つし少し匂うわ! この服は……あ、あれ? きつい……せ、成長期だものね。……お母さん! 今からウニクロ行くからお小遣い前借りさせて!」


 現状唯一コミュニケーションを取れる、自然と気になっている男子と週末にデートをする事になり複雑な気持ちを抱えたまま、机に突っ伏して見えないように緊張や動揺を顔に出し続け、前日の夜にはパニックになって大急ぎで閉店間際のアパレルショックに駆け込む塔子。両極端な二人は翌日の10時、他にもカップルだったり待ち合わせをしている人が集う駅前に集合する。


「おはよう瀬賀さん。少しクマ出来てない? 家が近いと夜更かし出来ていいね」

「……おはよ。ふ、ふふっ、なによその恰好。ダサいわね、きっと自分のセンスに自信が無くてお母さんに選んで貰ったんでしょう? 母親のセンスを信用しない方がいいわよ。水族館方面の電車が来るまで30分くらいあるし、近くに安くてそこそこの服屋があるからそこに連れてってあげるわ。そんな恰好じゃ、周りの人に笑われるわよ?」


 これまでオシャレという物を意識しておらず、母親が定期的に買ってくる服に身を包んだ、塔子や周囲の人間の服装に比べると田舎者のイメージを拭えない良太。昨日の夜は興奮してほとんど眠る事が出来ず、寝ぼけ眼でテンションも低かった塔子ではあったが、良太の恰好を見て噴き出し、マウントを取りつつテンションと機嫌を上げて、近くにあるアパレルチェーンの方へと鼻歌を歌いながら向かう。良太が周りの人に笑われると言っていた塔子ではあったが、


「うわ~、見て見てあのカップル。女だけ張り切った服装してるの可哀想じゃない?」

「絶対男の方は全然意識してないわ。女の服装も張り切った割に空回ってるし。ウケる」


 実際には自分だけデートを楽しみにしており本気である事が丸わかりの状態であり、その温度差について笑われるのであった。上着だけ買って早速着替えた良太と塔子は電車を乗り継ぎ、目当てとなる水族館へと到着する。早速ジュゴンを見せてあげるわと、余程早くマウントを取ったり知識をひけらかしたいのか良太の手を取ってジュゴンが飼育されている水槽へと駆けていく塔子。


「こ、これが……7図柄のジュゴンよ。海で見た事無い?」

「日本だと沖縄にしか生息してないって書いてあるけど……」

「え……あ、あっちにいるのはエンゼルフィッシュね、8図柄のやつ。これは海に潜ったりすれば見れるかもね」

「淡水魚って書いてあるし南米の魚みたいだけど」

「え……(波物語の図柄って、全部日本の海のメジャーな生き物じゃないの!?)」

「瀬賀さん、さっきから顔赤いよ? 1図柄みたい。熱でもあるの?」


 水槽の前まで来た途端に冷静になり、手を放して恥ずかしそうに解説をする塔子。更に日本の海にはジュゴンやエンゼルフィッシュがうようよいると思っていたという恥ずかしい勘違いを露呈してしまい、タコのように顔を真っ赤にして良太に心配されてしまうのだった。その後は水族館を見て回り、お昼時になったので併設されているレストランに向かう二人。


「私は……3図柄の味噌汁と5図柄フライ、9図柄飯ね」

「さっきまで見てた生き物を食べられないよ……俺はラーメンで」

「甘ちゃんね、生きるとは戦いなのよ。……あ、1図柄焼き注文するからシェアしましょう。これで奇数を取り込めるわ。7図柄が食べられないのが残念ね」

「瀬賀さん、やっぱり将来ギャンブル中毒になりそうな気がする……」

「ならないわよ……ひっ、な、なにこの気持ち悪いの」

「瀬賀さんが頼んだの、カメの味噌汁じゃなくてカメノテの味噌汁だよ。地元でも取れるけど美味しいよ」


 先ほどまで見ていた生き物達を遠慮無く食らうばかりか、奇数図柄を取り込む事で確変がしやすくなるというパチンコのオカルトを実践した挙句、初めて見るカメノテに悲鳴を上げる塔子。見たくも無いのか目を瞑りながら味噌汁のお椀を良太の方へと差し出す塔子に対し、カメノテを怖がるなんて女の子らしい部分もあるんだなと良太は少し意識するのであった。その後も水族館を巡りながら『タラバガニは実はヤドカリの仲間なのよ』と言ったり、イルカショーを見ながら『イルカとクジラの違いって大きさだけなのよ』と言ったり、割と広く知られている知識をひけらかす塔子に対し、田舎で暮らしてきたからかそういう知識に触れる機会があまりなく、素直に感心する良太。


「……zzz」

「(今日は……楽しかったわね……彼も楽しんでたみたいだし……恋人……ありなのかしら……)」


 水族館を出た帰りの電車の中、少し疲れたと座って眠る良太の横で塔子は今日のやりとりを振り返りながら、自分達は相性抜群なのかもしれないと考えていた。集合場所の駅へと戻り、塔子に今日は楽しかったよと別れを告げて、地元に帰るために別の電車に乗ろうとする良太。


「ねえ」

「どうしたの? もうすぐ電車が来るんだけど」

「私達……いや、何でも無いわ。またゲームセンターで遊びましょう」


 そんな良太を引き留め、勢いで告白をしようとする塔子ではあったが、いざ良太を目の前にすると何も言えなくなってしまいそのまま良太を帰らせてしまう。そのまま一人帰宅し、自室でこっそり撮った良太の写真を眺める塔子。フラれるのが怖かった訳ではなかった。良太の性格からして、告白すれば断らないだろうとも思っていた。けれども自分の今までの人生が、自覚していてもどうにもならない捻くれていてプライドが高い性格が、クラスの男子が気になっていて告白をするなんて行為を妨害してしまうのだ。


「意気地なし? 違うわよ南無子、彼はライバルなの。友達関係でも恋愛関係でも無いの。ちょっと口が滑ってデートに誘ってしまって了承されたから、今日は責任取っただけの話。私と彼とでは、メダルゲームの楽しみ方だって、何もかも違うわ……そうね、もし私達が結ばれることがあったら、その時は彼が負けを認めて私に縋りつく時よ」


 イマジナリーフレンドに言い訳をしながら、最近忘れかけていたライバル設定を思い出す塔子。こうして塔子は自分の中にひそむ恋愛感情を認めながらも、それを成就させるためにはメダルゲームで良太の楽しんで遊ぶというスタンスを打ち砕く必要があるという、前向きで救えない方針を固めてしまうのだった。

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