ビンゴギャラクシアター

「今日の放課後、ゲームセンター行くわよね?」

「え? う、うん……」


 ある日の昼休憩。良太が友人達と昼食を食べ終わり、ジュースでも飲もうと教室の外に出た瞬間、瞬時に塔子も教室を出て良太に放課後の誘いをかける。普段は放課後に良太が友人達と一緒に学校に出ない、つまりは遊ぶ約束を入れていないのを確認してから誘おうとする塔子だっただけに、今日の積極さは良太には奇妙に感じた。


「……新しいメダルゲームでも出るの?」

「よくわかったわね! ついにあの中安様が……はっ」


 何か理由があるのだろうと思いつく理由を脳内に列挙し、きっと新作のメダルゲームが出たから興奮しているのだろうと推理して塔子に問いかける良太。ご名答、と塔子は嬉しそうに答え、誰かの名字を言ったところで急に真顔になってしまう。


「……やっぱり、今日は来なくていいわ。いいえ、来ないで。私一人で遊ぶから」

「……?」


 やがて急に良太を突き放し、今日はゲームセンターに来ないでくれと伝えて教室に戻ってしまう。塔子の対応の変化が気になった良太は、放課後に真っすぐ帰るフリをした後、しばらくしてゲームセンターへと向かう。こそこそとメダルゲームコーナーを探索することしばらく、何やら中央でボールを穴に入れている、新作らしいメダルゲームの一席で塔子が興奮しているのを見かける。


『ビーンゴギャラクシアター! もうすぐ夏休みだな、子供はテスト勉強しているかな?』

「全然してないけれど、中安様が言うなら授業は真面目に受けようと思うわ」


 ゲームの筐体から流れてくるナレーターの声と会話をしている、傍から見れば危ない人でしかない塔子を遠巻きに眺めながら、新しいゲームならやってみたいけど、今の塔子と関わりたくないなと複雑な思いになる良太。ナレーターがビンゴと言っているくらいだしビンゴゲームなのだろうとは推測出来たが、遠巻きに見るだけではそれ以上の情報を得る事が出来ず、塔子がナレーター相手にキャーキャー言っているのを聞くのにも飽きたので塔子の隣に座り、先程まで一人で盛り上がっていた塔子を真顔にさせる。


「ただの声でしょ。しかもありきたりな事しか言って無いし」

「はぁ? 中安様はそこらへんの声優とは違うのよ? あのダンディかつお茶目な声色は誰にも真似できないわ……はぁ……前作のビンゴギャラクティックが故障して稼働停止になってからしばらく会えなかったから、ついに新作が遊べるようになるということで一人で堪能したかったのに、邪魔が入ったわ」


 つい先日はムキムキのおっさんの顔を見るくらいなら良太の顔を見た方がマシだとマジマジと横顔を眺めていた塔子であるが、今日はそれよりも顔すら見えない声だけの存在にお熱なようで、いつものように機種の解説を自分からすることも無く、うっとりと声のする方、つまりはスピーカーを見つめている。仕方なく良太は隣の席に座り、自分で説明書を読んで遊び始めた。


「とりあえず20枚賭けてみようかな……あれ、配当が上がらない。初期不良ってやつかな?」

「違うわよ。このシリーズは賭け金を上げても配当が上がるかどうかはランダムなのよ。一気に上がることもあるし、全く上がらないこともある。その駆け引きも重要な要素なのよ。ま、私はそんなの気にせずに貢げるけどね。今作はオンラインランキング機能とかもあるから、全世界に私の名を轟かせる事も可能だと思うの」


 それなりに持ちメダルにも余裕があったため、最低ベット額の10枚からベットを上げていく良太ではあったが、基本配当に変化は見られない。損した気分になってしまった良太を見てニヤニヤと笑いながら、塔子は今まで貯めたメダルを使う時はここなのだと言わんばかりにベット額を上げ続ける。


「ビンゴなのにボール5球しか無いんだね」

「その分基本のゲームは3並びから配当だけどね。昔はこのベーシックなゲームしか無かったけど、今回は他のゲームも増えているから色々と研究が必要そうね。……そうそう、なんと今回は4球目と5球目は、確定で黄色と赤になったのよ! これは凄い進化だと思わない? まぁ、私としては昔のシリーズの『ボールの色は、緑か、赤か……赤だ!』とかがドキドキして好きだったんだけどね……リターンが続いた時のボイスとかもレアで良かったわ」

「知らないよ……」


 その後もなんだかんだ機種の解説をする塔子ではあるが、良太の遊んだ事の無い昔のシリーズの話を混ぜて勝手に一人で思い出に浸り始める始末。完全に自分の世界に入ってしまった塔子を無視して一人で遊ぶ良太であるが、段々と心の中にモヤモヤが生じる。


「(瀬賀さん、俺の事好きなんだよね? なのに何で声優にそんな夢中なの?)」


 自分から聞き出さないものの、塔子の普段の良太に対する気持ちが恋愛感情であることは友人達に言われていることもあり確信しており、推しという概念も理解できない良太からすれば塔子のやっている事は浮気に等しい。普段は塔子に好かれているのはまんざらでもない程度の認識であり自分から塔子にアプローチすることは無かったが、顔も知らない声優に嫉妬した良太はどうにかして塔子を自分に振り向かせようと、高配当を獲得して舞い上がっている塔子の隣に座る。


『サテライト1! メダル、500枚獲得、凄いじゃないか!』

「ありがとうございます中安様……こないだのASMR動画最高でした」

「流石は瀬賀さんだね。いよっ、メダル王!」

「ひぃっ!? みみ耳元で喋るんじゃないわよ! 自分の席に戻りなさい」


 そしてナレーターの声に対抗すべく、塔子の隣で自分の考えたイケメンボイスを囁くのだが、急に隣で囁かれた事で塔子は驚いてしまい良太を睨みつける。自分の事を好きなはずの女性に露骨に拒絶されてしまいトボトボと自分の席に戻る良太であるが、何か手はあるはずだとスマートフォンを開いて女性を意識させる方法を調べ始めた。


「(サブリミナル効果……これだ!)」


 塔子の隣に座ると拒絶されてしまうため、自分の席から密かに声を出すことで、無意識に自分の印象を植え付けようと試みる良太。


「瀬賀さん、綺麗だね……」


 そして普段の良太なら言わないようなセリフをこっそりと塔子に向けて放つも、塔子は完全にナレーターの声に夢中になっており相手にもされない。結局この日のゲームセンターにはナレーターと会話をする不審者と、その不審者に向けて囁き続ける不審者が居続けるのであった。


「(瀬賀さん、俺の事が好きってのは勘違いだったのかなぁ……)」


 今日は導入初日だからと閉店まで居座るつもりらしい塔子と別れた後、声優に完全に敗北してしまい、塔子の気持ちにも確信が持てなくなり項垂れながら帰路につく良太。自室に戻った良太は、普段は特にやることのない腕立て伏せや腹筋をしたり、美声を出すために発声練習をしたりと悔しさから男を磨こうとする。


「もっと俺が男らしくなれば、瀬賀さんも俺の事を……うん? なんかおかしい気がする。まぁいいや、とにかく筋トレだ!」


 こうして塔子の推しを知ったことで、塔子に比べれば相手を意識していなかった良太も対抗心から塔子にもっと好かれたいと思うようになり、意識のレベルが上がるのであった。そして同じ頃、たっぷりと遊んで帰った塔子は疲れからベッドにダイブした後、顔を赤らめてベッドの上を転がりまわる。


「あ、あいつ、綺麗だね、とか、可愛い、とか、言ってなかった? え? 幻聴? 脳内友人だけでは飽き足らず脳内彼氏を作ってしまったとでも言うの……? 教えて南無子……は? 頻繁に脳内で中安様を召喚してるから実は3人作ってる……? 私の想像力は人間を3人創造するレベルだって事……?」


 ゲームセンターにいた時は舞い上がっていた事もあり良太の声を意識する事は無かったが、しっかりと良太のサブリミナル作戦は成功していたのであった。





※ あとがき


元ネタ……セガ『ビンゴシアター』


セガが出しているビンゴシリーズの最新作。

過去作に比べてビンゴ以外のゲームも遊べるようになったが、

ロッタ系のゲームが既に大量に出ている現状では、二番煎じにしかならない悲しみ。

声優は子安氏。

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