梨太郎電鉄
「瀬賀さん、見て見て、最近筋肉ついたんだよ」
「えっ……そう……」
ある日の休憩時間、塔子が筋肉が好きでは無い事も知らずに、筋トレの成果を見せつけて塔子を困惑させる良太。普段は友人達と喋っている良太が塔子に休憩時間中に話しかけているのは、筋トレの成果を見せつけたいのもあるが、今の友人達の流行についていけないという理由もあった。良太が寂しそうに見つめる先には、携帯ゲーム機を持って集まっている数名の男子。
「出雲独占!」
「おい指定うんこで閉じ込めるな」
「やっべ赤マスしか無い」
社長となって世界中を電車や飛行機で駆け回り、物件を集める梨太郎電鉄の最新作が発売されたということで盛り上がる良太の友人達。しかし良太はこのゲームで遊んだ経験もほとんど無く、ほとんど地元から出ずに育って来たため日本地理にも詳しく無く輪に入ることが出来なかった。
「出雲って鳥取だよね? 何があるの、砂漠?」
「出雲は島根よ。出雲そば屋は序盤から簡単に独占出来て収益率が高いからおススメなのよ」
「瀬賀さん梨鉄に詳しいんだね」
「まあね。伊達に最弱CPU相手に99年プレイを繰り返して無いわ。おかげで地理の成績は優秀よ」
一方の塔子は対人戦の経験は一切ないもののプレイ時間で言えば相当やり込んでおり、漏れ聞こえて来る単語の意味を理解できない良太にいつものように解説をし始める。自分も買おうかな、と悩みながらそれほど入っていない財布の中を開く良太であるが、貴重なお小遣いを使って買ったとしても知識も経験も乏しい良太が輪の中に入れる保証は無く、流行が落ち着くまでは瀬賀さんとでも遊ぼうと放課後にゲームセンターに行こうよと自分から誘う。
「何だか妥協して選ばれた気がして癪だけど……いいわ。丁度梨鉄のメダルゲームも出たし、クラスの話題についていけずにぼっちにならないように色々教えてあげる……ぐふっ」
日頃ぼっちな塔子としては良太が寂しそうにしているのを見るのは居た堪れないらしく、自分で禁句を口にしてダメージを受けながらも良太をメダルゲームコーナーの一角、梨太郎電鉄をモチーフにしたメダルゲームへと連れて行く。
「結局すごろくなんだよね? そもそも梨太郎が何で電車で移動してるの?」
「元々は梨太郎の物語をベースにしたRPGだったのよ。そのキャラを使ってすごろくを作ったらヒットしちゃって、今ではそっちがメインみたいな感じ。ぶよぶよとかパズルボブも元は別ゲーだったのよ」
真ん中を列車が走っており、更にその内側にはサイコロが設置された筐体に座りながら、塔子は自分のIDカードを読み込ませてログインをする。そこに表示されていたユーザーネームは『瀬賀大魔王』であった。
「このゲームは自分の名前の後に社長だとか役職をつけられるの。やり込まないと解放されない役職も多くてね、この大魔王、いえ、サタンを手に入れるのに結構苦労したわ」
「何だかその名前色々と危ないような気もするけれど……俺はデフォルトの小波社長で……いやいや、なんだか社長を自称するのって色々と痛い気がするし、そもそもこういうので本名使うのもおかしい気がするし……りょー大使くらいにしとこう」
堂々と自分の名字を使った上に自分から魔王を名乗ろうとする自己顕示欲が存分に出ている塔子のハンドルネームに若干呆れながらも、良太もユーザー登録を行い二人の操作する電車がマップ上に表示される。サイコロ型のボールを落とすことで実際にサイコロを振って進むことが出来るという軽い解説を塔子から受けたタイミングで同じ目的地にどちらが先に到着するかを競うイベントが発生し、目的地には良太の電車の方が近かったため悪いね、と塔子に向かってにやける良太。
「ふ、ふん。そんなのアドにはならないわよ。目的地にはぴったりと止まらないといけないし、阿寒って確か行き止まりだったからぐるぐる回ってゴールも出来ないわ。結局は6分の1を制す者が勝負を制すの。そしてメダルゲームに限っては、たくさんボールを落とす者が制す! ずっと私のターン!」
良太から煽られたと感じた塔子は採算度外視でメダルを投入しボールを落としにかかり、こうしちゃいられないと良太もメダルを投入し始める。こうしてお互い目的地である阿寒の近くまでは来るも、ピンポイントで到着する数字を出すことが出来ずに付近をうろつき続けることに。
「……ねぇ、このサイコロって本当にきちんと抽選しているの? イカサマじゃない?」
「そこに気づくとはね。私も前々から怪しいと思っていたのよ。最新の技術なら、磁石とかを使って操作する事も可能なんじゃないかって。……あ、ゴールした。変な勘繰りは良くないわ、当然これはガチ抽選よ」
普段から遊んでいないため6分の1はそんな簡単に出ないことを体感的に理解していない良太と、日頃から都合の悪い事は陰謀のせいにしている塔子は一瞬意見が合致するも、直後に塔子がゴールして掌を返す。すぐに裏切られてしまった良太の不満げな表情から目を逸らしつつ、ゴール特典であるボーナスゲームに挑戦する塔子。
「3分の1を引かなければどんどん報酬が上がるのよ。3回成功すれば疫病神ボールが落ちて、それを落とせばジャックポットチャンスね。3分の1を3回引かない確率は27分の8よ。梨鉄メダルは地理だけでなく数学も養えるの」
「疫病神って遠い人につくんじゃないの? それくらいは俺でも知ってるよ」
「まぁそうなんだけどね。メダルゲーム的には疫病神がついた方がいいのよ。原作再現という意味では矛盾しているけれど、お邪魔キャラになったら遊ぶ人が減るから開発チームも断腸の思いだったんじゃないかしら。昔モノポリーのメダルゲームがあったけど、原作を再現しすぎてボーナスゲームの途中に牢屋に入ったりとストレスが溜まったわ」
原作をどのくらい忠実に再現すべきかについて語る塔子と共にその後も遊び続けた結果、ゲームセンターを出る頃には良太もすっかり梨太郎電鉄をやりたくなっていた。今日が金曜日ということもあり、早速ソフトを購入して休みの日に友達と遊ぼうとする良太を見て、自分も買おうかと考える塔子であったが先日のダリオパーティーの時のトラウマが蘇る。
「良太は初心者なんだから、ソフトを買って友達と遊ぼうとしてもうまくいかないわよ。……そうだ、今から私の家に来ない? 少し昔の作品だけどコンシューマ版があるから。どうせ金曜日だし多少遅くなってもいいでしょう?」
「それじゃあお邪魔しようかな」
そして辿り着いた答えは自分の部屋で一緒にゲームをしようと誘うというものであった。小中学生時代は頻繁に放課後には友人の家で遊んだり自分の家で遊んだりしていたこともあり、特に抵抗も無く了承して親に連絡を入れる良太。ゲームセンターから歩く事数分、数階建てのマンションの一室の鍵を開けて、今まで友達を家に呼んだ事も無かった娘が突然男を連れて来たため目を丸くする両親に挨拶をしようとする良太をそんなのいいからと自分の部屋へ連れて行く塔子。
「終電はいつ?」
「23時くらいだと思う」
「じゃあ30年くらいは出来るわね。ふふふ、CPU相手に磨いてきた腕を振るう時が来たようね」
ゲームの電源を入れ、当然のように良太を終電ギリギリまで居座らせようとする塔子。それから数時間、二人は梨太郎電鉄で遊び続けるのだが、初心者だが色んなゲームで対人戦を行っている良太と、やり込んではいるが対人経験が乏しい塔子のスキルは奇跡的に噛み合い、一方的な展開になる事も無く白熱した時間を過ごす。
「あー、まさかCPUに負けるなんて……」
「俺の妨害ばかりしてるからだよ……おっと、そろそろ行かないと。それじゃまたね」
両親が危惧するような事は何も起きず、対戦を終えて両親に挨拶をして塔子の家を後にする良太。一人部屋に取り残された塔子は、ゲーム機の電源を切るとベッドにダイブしてのたうち回る。
「ああああああ勢いで部屋に呼んじゃった掃除もあんまりしてないしひいいいいい中安様の耳舐めCD机に置いたままだったああああああ」
対戦中に自分の行動について冷静になってしまい平静を装って対戦を続けてはいたものの、意識しないようにするというのは無理な話であり、結局その日は興奮して眠ることができないのであった。そしてそれは良太も似たようなもので、
「……考えてみたら、女子の部屋に遊びに行くの、初めてかも。なんかドキドキしたな……」
ほとんど人のいない帰りの電車に揺られながら、塔子の事を意識してしまうのだった。
※あとがき
元ネタ……コナミ『桃太郎電鉄』
サイコロ柄のボールを落とすことで、実際にサイコロを振り目的地に向けて進む、
原作再現度の高いメダルゲーム。対人要素は基本的に無いため安心して友達と遊べる。
(たまに同じ目的地が選ばれ先にゴールした方に追加報酬)
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