メダルタワー3

「えへへ、お年玉たくさん貰っちゃった」


 小学5年生の冬休み。高学年になったこともあり親戚に貰うお年玉の額がかなり増えた塔子は、今までやったことのない事をしようと一人でお出かけをする。そんな塔子の目の前で輝くのは、家の近くにあるが今まで怖くて一人で入った事の無かったゲームセンター。


「……! メダルゲームだ、しかも凄く大きい!」


 店内に入り探索を続ける塔子はやがてメダルゲームのコーナーへ辿り着く。今までも家族がショッピングセンターに買い物に行くときについていき、買い物をする間にお小遣いを貰って併設されている小規模なゲームセンターで遊ぶことは何度かあった。しかしここにあるのはもっと本格的な、大規模な機種の数々。その中でも一際塔子の目を引いたのは、メダルタワーの台であった。


「あれ、インターネットで見たことある!」


 つい最近話題となっていたメダルタワーが崩れる瞬間の動画を見ていたこともあり、自分も崩したいと思いながらメダルを借りて台に座る。塔子の腕前ではジャックポットチャンスに到達すらせずにあっという間にカップ一杯分のメダルを失ってしまうが、お年玉で気が大きくなっていた塔子は絶対に塔を崩してやるんだという意気込みの下、貸出機と台を往復する。


「何で10%を連続で引くの!」


 折角入ったジャックポットチャンスがすぐに終わり、悔しくて課金をしてコンティニューをするもそれすらすぐに終わってしまったりと洗礼を受けながらも、塔子の執念と課金パワーにより栄一を失う頃には1000枚のタワーがフィールドに払い出されていた。やり切った感を出しながらその塔を押し出そうとする塔子であったが、


「え……全然動かない……」


 1000枚のメダルタワーは前に来るにつれてビクともせず、更に塔子の財布の中身からはお札が消えて行く。涙目になりながら、ムキになりながら、お年玉を全て使い切る勢いでタワーを崩そうとする塔子であったが、


『18時になりました。保護者同伴でない16歳未満のお客様は~』


 夕方となり、塔子が一人でゲームセンターで遊んではいけない時間帯となってしまう。もう少し塔子が成長していれば中学生だとしても20時まで見逃されていただろうし、実際に中学時代の塔子は見逃されていた。しかしこの時点では明らかに小学生の塔子は店員に見つかってしまいお店を追い出されてしまう。


「もう少しでタワーが崩せるの!」


 泣きながら家に帰った塔子は両親に事情を説明して一緒にゲームセンターに来て貰う。しかし時すでに遅し、ゲームセンターに再び辿り着き走って台へと向かった塔子の目の前では暇そうな大学生がラッキーと言わんばかりのにやついた表情をしながら、塔子が必死で建てたメダルタワーを崩していた。こうしてお年玉の大半を失い、爽快感を得ることも出来ないという手痛いデビュー戦を飾った塔子は、自室のベッドにうつ伏せになりながら泣き続ける。


「私がもっとちゃんと調べなかったから負けたんだ……嫌だ……もうあんな目に遭いたく無い! 負けたくない! 私は絶対に勝って見せる!」


 顔も枕もぐしょぐしょにしながら、二度とあのような悲劇は繰り返さないと決意をする塔子。その日から塔子のメダルゲームへのリベンジマッチが始まった。事前に攻略情報等を調べ、遊びたい台よりも稼げる台を優先するために店内を徘徊し、休みの日には開店と同時に台を探す。そういったプレイを続けることで塔子のメダルはどんどんと増えて行った。しかし、


「……何で私が負けるのよ!」


 そんな塔子の勝利への拘りは私生活にも影響してしまう。かつては寂しがり屋から人懐っこい少女であった塔子は中学生になる頃には重度の負けず嫌いへと変貌しており、それでいてメダルゲームにリソースを割き過ぎたからか勉強も運動も目立った成果は残せない。友人に勝負を挑んでは負けて癇癪を起こすことが目立ち、気付けば塔子は独りぼっちになっていた。


「ああ、イライラする……」


 ある日の放課後。友人を失い、男子には見た目だけの癇癪女と馬鹿にされ、苛立ちながらゲームセンターに入った塔子。いつものように預けていたメダルを引き出そうとして、ふと現在の預けメダルの総数を眺める。


「(これだけあれば、パーっと使ってストレス解消しても……)」


 既に塔子の保有しているメダルの数は、お金で借りようとすれば数十万円相当、普通に遊ぶ分には使い切れない程になっていた。未だに1000枚のメダルタワーを崩した事の無かった塔子は、今日はメダルを増やそうなんて考えずに純粋に遊ぼうと考えて台へと座る。しかし何枚かメダルを投入したところで、自然と手が止まってしまう。既に塔子の身体は、普通に遊ぶことを拒絶してしまっていた。


「(1000枚崩したからって何になるの。たった1000枚じゃない。そうだ、さっきリンオーガの枚数がカンストしてたわ。アイテム3つともあるサテライトもあったし、あっちを遊んだ方がいいわね)」


 自分がそんな人間になってしまったことを認めることの出来なかった塔子は、他に遊びたい台があるからと別の機種へと移動する。しかしその機種も一度ジャックポットチャンスに突入し失敗すると、


「(他のサテライトは……アイテム無いわね、落とし穴さえあればやってもよかったけど、タケミカヅチのステップも溜まって無いし。他の機種もあんまりいい状態じゃないし、今日は外れね。帰ってメダルゲームの掲示板でも見ましょう)」


 機種の周りをぐるっと回り、状態が悪いと判断しすぐに辞めて、結局パーっと遊ぶと決めたはずのこの日は店内に30分も滞在する事なく終わってしまう。こうして塔子はメダルを増やすことしか考えることが出来ない状態でメダルゲームを遊び、いや、作業をし続け、良太と出会う頃には更にその枚数を増やすのだった。



 ◆◆◆



「私は、あの日から修羅になるって決めた! 勉強だって、運動だって苦手だけど、ここでなら1番になれた! 1000枚のメダルタワーが一度も崩せなくったって、私は勝って来た! なのに、何で貴方みたいな、何も考えていない田舎者が……!」


 大喜びで払い出されたメダルをドル箱に詰めて行く良太と、数年前の自分に良太のような幸運を授けてくれなかった幸運の女神を責め立てる塔子。勝ちに拘らない良太が勝利も喜びも得る光景は、塔子からすれば今までの自分を否定しているように映ってしまうのだ。そんな塔子の過去など何一つ知らない良太は、塔子が怒っている理由がわからずとりあえず喜んで貰おうとスマホを取り出して先ほど撮影したメダルタワーが崩れる瞬間を見せる。


「瀬賀さんどうしたの? ほら、これ見てよ。さっき撮影したんだけど、見返しても凄い迫力」

「うるさい! 他人の勝利を見て皆が喜ぶと思うな!」

「俺と瀬賀さんは友達でしょ? 俺の勝利は瀬賀さんの勝利だよ。今日は瀬賀さんと一緒にメダルゲームが出来て本当に楽しかったよ」

「……っ」


 今の塔子にとってはそれは神経を逆なでさせる行為でしか無く更に語気を強めるが、良太の放つ友達や楽しかったというフレーズが彼女に刺さる。友達と一緒にメダルゲームで遊んだことの無かった塔子は、それが正解であり自分の進む道なのかと一瞬考えるが、


「ふん、今日は勝ちを譲ってあげるわ。けれど貴方みたいな遊び方じゃ、そのメダルだってすぐに無くなるし、楽しむなんて余裕は無くなる。その何も考えて無さそうなへらへらした表情が苦悶に歪み、私に縋りつく日が来るのが楽しみだわ……次は負けないわよ」

「えーと、また今度遊ぼうってこと?」

「……! 勝負よ勝負。そんなことよりメダルを預ければ次も遊べるから、会員登録しに行くわよ」


 強情さを捨てきれず、今までの自分を否定できず、一緒に遊ぶのではなくライバルと勝負するという関係性で落としどころを見つけようとする。良太に会員登録をさせてメダルを預けさせ、次にここで遊ぶ時は私を誘いなさいと、傍から見ればデートのおねだりをしているようにしか見えない捨て台詞を吐いて去っていく塔子。こうして勝利よりも楽しむ事を目的とする良太と、楽しむ事を捨てて勝利に拘る塔子。二人の恋とメダルの仁義なき戦いの日々が蓋を開けるのだった。









※ あとがき代わり


元ネタ……セガ『バベルのメダルタワー』


インパクト抜群のメダルタワーと課金要素によりゲームセンターに莫大な利益をもたらした。

数年前の作品だが、今も規模の大きいゲームセンターには大体置いてあり、

初見や老人のメダルと100円を回収して行く。




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