ラウンドクロス

「小波、放課後に駅前のヒリザキでカラオケに行こうって話になったんだけど、お前も来る?」

「うん、行く行く」


 昼休憩に放課後に友人達と遊びに行くことを約束する良太を眺めながら、自分の席で一人黙々と食事をする塔子は舌打ちをする。塔子が良太を一方的にライバル視するようになってから数日が経過したが、ゲームセンターの近くに住んでおりほぼ毎日メダルゲームで遊んでいる塔子と違い、まだまだ学校近くの色んな場所を探検したがっている良太はクラスメイトに誘われるまま別の場所で遊んでおり、塔子の中にある良太を打ちのめしたいという欲望と、その奥に隠れた良太と一緒に遊びたいという欲望が満たされることは無かった。良太に直接、放課後にゲームセンターに行こうと誘えるような人間でも無いためもやもやとした日常を送っていたのだが、ある日の放課後、一人で学校を出た良太が最寄りの駅の方向へと真っすぐに帰らずにゲームセンターのある方向へと向かっているのをこっそりと後ろから観察していた塔子はようやくチャンスが巡ってきたと口元をにやけさせる。


「一緒に行きましょう」

「え? ……う、うん」


 良太がゲームセンターに行くとわかっていれば積極的にもなれる。嬉しそうに後ろから小走りで良太に近づき、ニコニコしながら並んで歩き、一緒に行こうと持ち掛ける塔子に対し困惑しながらも了承する良太。その数分後、二人は少しお高いアイスクリームチェーン店の前で、煌びやかなアイスクリームを頬張っていた。


「いやー、初めて見たときはこれ1つでカリカリ君数本買えるじゃん! って思ってたけど、高いだけはあるね」

「そうね……何回か食べたことがあるけど、別格ね。休日は結構行列もできるのよ」


 良太の狙いはゲームセンターでは無く、その道中にあった地元では決して味わえない高級なアイスクリーム。一緒に行きましょうと行った手前、勘違いに気づいても退くことが出来ず、一緒にアイスクリームを買って店先のテーブルに一緒に座る事になった塔子。


「(こ、これって、周囲から見たらカップルじゃない!?)」


 若い男女が一緒のテーブルに座ってアイスクリームを食べているのは実質カップルのデート。途端に塔子は顔を赤らめながら、周囲にカップルだと思われているのだろうかを気にして辺りをキョロキョロと眺め始める。一方の良太は何故彼女が今日自分がアイスクリームを食べに行こうと思っていたことを知っていたのだろうと疑問に思いながらも、特に塔子を意識することなく目の前のアイスクリームの味に意識を集中させる。


「うーん、美味しかった。それじゃまたね」

「それじゃまた……じゃなくて! ゲームセンターに行くわよ! 定期的に来ないと預けメダルが無くなるの!」


 アイスクリームを食べ終え、用は済んだと最寄りの駅にへと向かおうとする良太。塔子はゲームセンターの近くにまで来て良太を取り逃す訳には行かず、預けメダルの期限があると尤もらしい理由をつけて強引に良太をゲームセンターのメダルゲームコーナーへと連れていく。


「初めてきた時にも凄い大きさだなぁって思ってたけど、何人用なの?」

「16サテライト……1サテライトに2人で座れるくらいの大きさだから、最大32人ってとこね」

「それならクラス全員で遊べるね。打ち上げとかにいいんじゃない?」

「サテライト同士は結構離れてるし、別に皆で協力して遊ぶゲームでも無いわよ」


 良太が目を付けたのは、メダルゲームコーナーで一番大きな筐体であるラウンドクロスと呼ばれるプッシャーゲーム。1サテライトに2人で座れるという情報を塔子から聞いた良太は、彼女から誘ってきたのだし一緒に遊びたいのだろうと席の片側を開けてどうぞと塔子を誘うが、


「し、素人と一緒に遊んだら損するわ。どちらが先にジャックポットを引けるか勝負よ」


 塔子は顔を赤らめながらも、良太と一緒の席には座らずに、隣のサテライトに座ってプレイをし始める。とにかくボールを落とすのよというざっくりとした説明を塔子から聞いた良太は、メダルを投入しながら液晶に流れるスロットの演出を眺めていたのだが、


「保留レベル必死に上げちゃって……ふーん、来年カジアカのメダゲー出るんだ……」


 一方の塔子は液晶画面に興味は無いと目の前をほとんど見る事無く、スマートフォンと良太の状況を定期的にチェックしながら遊び続ける。それでもメダルを入れるタイミングだったり、ボールが多ければ多い程新しいボールは出にくくなるという知識だったりを活用し、良太よりもボールを多く落として抽選回数を稼ぐ塔子であったが、


「行け! 行け! ……あー、隣に入っちゃった……さっきも隣に入ったし、ジャックポットの隣って入りやすくなってるのかな?」

「数学が苦手なのね。ジャックポットの隣は2つあるのよ。だから確率2倍なの。隣に入りやすいのは当然なのよ……くっ」


 幸運の女神様は良太に味方をしているらしく、ボールを落としてからの挙動は良太に軍配が上がる。それでも良太がジャックポットを獲得する事は無かったが、この流れに塔子は焦り始める。


「(私の方が倍以上ボールを落としているのに、現時点で彼のジャックポットチャンス回数は4回に対し私は0回……オカルトなんて信じるつもりはないけれど、この流れはまずいまずいまずいまずいまずい! こんな人を騙してアイスクリームを食べさせて恥をかかせる男に、私は負ける訳には行かない!)」


 自分の知識と技術と執念が、ただ運がいいだけの人間に負けるような事があってはならない……自分の今までの人生を肯定するためにも、どうしても勝利を掴み取りたい塔子はその執念を課金という形で表現すべく、財布から100円を数枚取り出してこっそりと筐体に投入する。このゲームはメダルを投入して遊ぶ以外にも、直接お金を入れてボールを出したりジャックポットチャンスに挑戦できる。


「……トイレ」


 隣のサテライトに座る良太にバレないようにこっそりと課金をするという自分でも反則行為としか思えない上に、メダルを大量に持っているのにお金を使うという行為に色々と心に傷を負いながらも、良太に負けるよりはマシだと、硬貨が無くなったらトイレに行くと言って両替に向かうという行為を繰り返し、良太に頻尿なのかなとあらぬ誤解を受けながら戦う塔子。そんな塔子の執念は幸運の女神様を食らいつくし、


「よっしゃああああああああああ! 私の勝ちだあああああああああ! 見たか!」

「瀬賀さんおめでとう。いやー、俺はメダル結構減っちゃったよ」


 ついに良太より先にジャックポットを引き当てて、男性でもなかなかしないであろう雄叫びをあげる塔子。ジャックポットを当てる事も出来ず、メダルタワーの時に得たメダルもほとんど失ってしまった良太ではあったが、まるで自分が獲得したかのように塔子のサテライトの液晶画面に映し出される大当たりの映像を見て喜び塔子を祝福する。


「今日は楽しかったよ。それじゃあまたね」

「ま、また戦いましょう……」


 勝負にも負けたしメダルも失ってしまったものの、悔しさを一切見せる事無く、塔子のジャックポットを祝福して一緒になって喜び、最後まで爽やかな笑顔を見せてゲームセンターを出ていく良太。一方の塔子は獲得したメダルを預けながら、良太の最後に見せた笑顔が脳裏から離れない。


「ど、どうして負けたのにあんな笑顔が出来るの……? どうして私はその顔が頭から離れないの……? 格好いい……? これがときめき……? いやいや、そんなの有り得ない。落ち着け、落ち着け瀬賀塔子。アイスコーヒーでも飲んでクールダウン……え?」


 良太の笑顔にときめいてしまった自分を、恋愛感情のようなものを抱いている自分を認める事が出来ず、勝利の美酒、もといコーヒーを飲んで落ち着こうと自動販売機に向かい財布を開く塔子。しかし塔子の執念は財布の中身も食らいつくしているのだった。





※ あとがき


元ネタ……コナミ『グランドクロス』


バージョンアップを繰り返しながら20年近く大型のゲームセンターに鎮座する巨大機。

当時はジャックポット1000枚、2000枚でも豪華だったが、

段々と他の機種の枚数がインフレしているため、ベースは変更せずにシステムで対応している。

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