メダルタワー2
「小波は気になってる女子出来たか?」
高校一年生になって二日目。この日も良太は仲良くなったクラスメイトと共に、学校近くのファーストフード店でジャンクフードを食べながら会話に興じて行く。そしてその話題はクラスの女子の品評会となっていった。各々が気になった女子を述べて応援されたり、早速ライバル関係が出来上がったりと盛り上がる中、良太もクラスメイトに気になる女子について聞かれることに。
「せ、瀬賀さんかな。地元にあんな感じの子はいなかったし」
「あー、確かに瀬賀さんビジュいいよな。俺は可愛い系が趣味だからタイプじゃないけど、クールビューティーって感じ」
昨日一緒にメダルゲームで遊んだこともあり良太は少し照れながら塔子の名を告げる。センスがいいと応援したり、俺も狙おうかなと発言する男子もいたが、何人かの男子は顔をしかめながら、
「瀬賀は辞めとけよ」
塔子とはあまり関わらない方がいい、とでも言いたげな視線を良太に送る。
「どうして?」
「俺達は瀬賀と同じ中学だったんだがな、彼女滅茶苦茶負けず嫌いなのよ。でも別に勉強が出来るわけでも運動が出来るわけでもない。だから他人につっかかっては負けて癇癪を起こすヒステリックな女で、クラスのムードとかぶち壊し。友達もいなかっただろうぜ」
「まじかよ、全然クールビューティーじゃねえじゃん、ただぼっちなだけかよ、うける」
良太が理由を尋ねると、中学時代の塔子の様子について語り始める中学時代の同級生達。塔子の見た目を評価していた他の男子達も内面が面倒な女であることを知ると興味は無いとばかりに笑いの種にする。その話題も終わり、ファーストフード店の前でクラスメイトと解散した良太の足取りは、自然と昨日行ったゲームセンターへと向かっていた。塔子の事が気になっていたこともあるし、結局昨日はあまりメダルゲームで遊べていなかったから、今日はちゃんと遊ぼうと思っていたのだ。ゲームセンターに辿り着き、メダルゲームのコーナーへ向かい、メダル貸出機の前に立つ良太。しかし、
「え、結構高いんだな……カップ一杯分で1200円もするのか……」
高校一年生にとっては決して気軽には遊ぶことのできないメダルの値段に、財布から貴重な紙幣を取り出す手が震える。映画を見るとか、もっと他の事に使った方がいいのだろうかと貸出機の前で良太が葛藤していると、
「くくく……気づいてしまったようね。この世界の残酷さに」
後ろから不敵な笑い声が聞こえる。良太が振り向いたその先には、メダルがパンパンに詰まったドル箱を2箱重たそうに抱える塔子の姿。
「それ、何枚くらい入ってるの?」
「1箱1000枚くらいだから2000枚ね。その機械で借りると6000円ね」
「そ、そんなに……!?」
「ちなみに私の預けメダルは53万あるわ」
「!?」
良太の一ヶ月のお小遣いを超える額相当のメダルを持つ塔子に驚く良太であったが、塔子が更に預けている自身のメダルの量を語ると、計算が追い付かなくなったようで良太はパニックになってしまう。
「瀬賀さんって、お嬢様なの?」
「まさか、一般家庭よ。私は家が近い事を武器に技術を駆使してひたすらメダルを増やし続けたの。貴方が震えているように、メダルゲームは高校生が気軽に遊べるようなものじゃない。普通に遊べばカップ一杯分なんて30分も持たないわ。メダルゲームで遊ぶためには、楽しむという感情は捨て去らないといけないのよ、昨日みたいにね……」
そんな良太に、自分が大量にメダルを持っている理由を語りながら、遊ぶためには楽しむことは捨てろという矛盾にも近い持論を述べる。自分はメダルゲームで遊ぶには早すぎたのかもしれない、と落ち込みながらその場を去ろうとした良太であったが、塔子はそんな良太に自分の持っているドル箱を差し出す。
「……わ、私のともだ……弟子になるなら、私のメダルを分け与えてあげてもいいわ」
顔を赤くしながら、背けながら、友達料を払うから友達になって欲しいと近くに店員がいない事を確認しながら述べる塔子。メダルの譲渡はれっきとしたルール違反であり、店員に見つかってしまえば最悪塔子の預けメダルも没収されかねない。そういったリスクを背負ってでも、塔子が良太と友達になろうとしたのには理由があった。
「(もう一人で遊ぶのは嫌……!)」
中学の同級生が語っていたように、塔子はその面倒な性格と、他人につっかかるには足りない能力が災いして中学時代の大半を孤独に過ごしていた。しかし塔子には同級生も知らなかった別の一面がある。それは孤独になっても気丈に振舞えるような人間ではなく、むしろ人一倍寂しがり屋であるという点だ。田舎から出て来た、都会での遊び方をあまり知らない良太ならば、自分のメダルゲーム仲間として引き込むことが出来る、仲良くなることが出来る……昨日は良太を煽っていた塔子ではあったが、今日も良太がメダルゲームのコーナーに来ているのを見つけて千載一遇のチャンスだと思ったのだ。そんな塔子の決死のお願いに対し、
「こういうのって、勝っても負けても自分のお金で遊んだ方が楽しいと思うし、それは受け取れないよ」
「えっ……」
良太は貸出機に紙幣を入れてメダルを借りながら、塔子の遊び方を否定する。異性相手に勇気を出して、プライドを捨てて仲良くして欲しいと塔子は拒絶されたことで泣きそうになり、持っていたドル箱を落としそうになるが、
「友達になるのは全然オッケーだけど」
「……! と、友達じゃなくで、弟子よ弟子! ド素人なんだから私がアドバイスしてあげるの」
あっさりと友達になってくれるという良太の回答に、顔の半分は自分の遊び方を否定されたことに対するショック、もう半分は友達が出来たことによるニヤケで複雑な表情になる。メダルのカップを持って良太は昨日に引き続きメダルタワーの台へと向かう良太。特に何も考えずにサテライトを選び座る良太であったが、
「あーあーそのサテライト一番外れよ。確かに残り3ボールでジャックポットチャンスに突入するけど完全にボールが両端に寄ってるし数も少ない。貴方が震える手で財布から出して借りたそのメダルじゃジャックポットチャンスに突入すら出来ないでしょうね。一ついい事を教えてあげる、ボールがフィールドに払い出されたらこんな感じでメダルを撃ってボールに当てて中央に寄せるの。そうすればボールが寄りにくくなるわ」
塔子からすればそれは選んではいけないサテライトらしく、解説をしながらその隣のサテライトに座りお手本とばかりにボールを誘導して見せたが、
「……」
「……ふん、20分後に泣きつく姿が目に浮かぶわ」
良太は自分のプレーに集中しており、そんな塔子のプレーに気づきもしない。ムッとする塔子ではあったが、すぐに余裕を取り戻し、自分のプレーはそこそこに、良太の下手なプレーを隣のサテライトからニヤニヤと眺める。自分のお金でやった方が楽しいと言っても限度がある、高校一年生の良太にとっては1200円分のメダルが30分も持たずに無くなって行くのは大きなショックになるはずだ、そんな時に私がジャラジャラと彼のサテライトにメダルを追加してやればすぐに自分を慕うことになるだろう、そして弟子になった彼と交友を深めて行く行くは……
「わ! 7が揃った! 瀬賀さん、これって大当たり!?」
「な、ななな……何ですって!?」
そんな塔子の妄想は、スロットでスリーセブンを引き当てて大はしゃぎする良太の声で中断される。このメダルゲームにおける7揃いの恩恵はジャックポットチャンスであり、塔子の思い描いていたジャックポットチャンスに突入することなくメダルを失いショックを受けるという展開は早くも崩れ去ってしまう。
「あーあーなるほどね、前の人が凄く下手だったからそんなフィールドになってたってことね、つまり内部状態がかなり上がっていたから7が揃ったと。確かにそういう観点もあったわね、素人に教えられることもあるってことね」
それでも塔子は素直に良太のプレーを褒めながら、良太と一緒にジャックポットチャンスを眺める。このメダルゲームの肝となるジャックポットチャンスは90%で継続し、その度にどんどんフィールドのメダルタワーが高くなっていくというシステムだ。どのくらい高いタワーが建つのかな、とワクワクしている良太に対し、塔子は高いのが建つといいわねと口では応援するも、表情は邪悪な笑みを浮かべていた。
「(くくく……1倍スタートのジャックポットチャンスでは100枚建てば御の字。そして必ずこいつは100円でコンティニューが出来ると思って課金をする。実際にはコンティニューのチャンスが貰えるだけで3、400円くらい使うというのに。大当たりして、お金も使ったのに、2、300枚程度のタワーで終わってしまえば確実にこいつは理想と現実のギャップに打ちひしがれて絶望する! そこに私が手を差し伸べて救世主として崇められ……)」
再びおかしな方向へ妄想を膨らませながら良太のジャックポットチャンスを眺める塔子ではあったが、それが10連、20連、30連とどんどん続いていくにつれ顔が引きつって行く。
「50連だってさ、まぁ90%で継続するんだし、結構続くよね」
平均すれば10連程度で終わってしまうジャックポットチャンスを50連させるも、それがどれだけ幸運な事なのか自覚の無い良太。日頃からこのメダルゲームを遊んでおり、美味しい台を狙って手数で攻めるも大半がすぐに終わってしまう苦い思い出に支配されている塔子はその発言で臨界点を超えてしまったらしく、
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ? 数学赤点ですか? 90%ですよ? 大体10連で終わるんですよ? それが50連する確率考えたことありますか? はい、スマホの電卓機能でお姉さんと一緒にお勉強しましょうね? 0.9^50*100≒0.515……0.5%! 200回に1回! ふざけんなああああああ! 遠隔操作! 店長がボタン押してる!」
スマホを取り出してこの状況がいかに珍しいかを計算し、半狂乱状態で良太に見せつける。そんな塔子の怒りも目の前のタワーがどんどん高くなっていく光景に興奮している良太には届かず、
「やった! 1000枚だ!」
ついには上限である1000枚のメダルタワーを建てることに成功してしまう。最後に1000枚のタワーが建ったのは一昨年だったかしら、そこから今日に至るまで何百回ジャックポットチャンスに挑戦したかしらと、ビギナーズラックを見せつけられて呆然とする塔子ではあったが、
「(……はっ! 店長、そういうことなのね! この1000枚のタワーを落とすためには倍以上のメダルが必要。今の彼の手持ちのメダルでは当然足りないし、さっきチラッと財布の中を確認したけど全財産を叩いても足りないわ。栄光から転落し、全てを失いメダルゲームを嫌いになりそうになったところに私がメダルを差し出せば、泣きながら感謝して何でも私の言うことを聞くようになる……毎日のようにここに通っている私に対する店長なりのサービスなのね!)」
メダルタワーは建ってからが地獄なのだと、ボタンを押しているらしい店長に感謝しながら正気を? 取り戻す。しかしメダルタワーが1000枚を超えた後も良太のジャックポットチャンスは続き、その後の獲得メダルは直接フィールドに支払われる仕様のため、70連を超えてようやくジャックポットチャンスが終了する頃にはメダルタワーはそれなりに押されていたし、良太の持ちメダルもかなり増えていたし、ついでにボールも大量に落ちたので追加でもう一度ジャックポットチャンスがスタートしてしまう。メダルタワーが手前に来れば来るほど動きづらくなるためどんどん良太のメダルは減っていくものの、
「……やったー!」
スマホを構えて録画をする、ギリギリ持ちコインで間に合った良太の目の前で1000枚のメダルタワーはガラガラと崩れ落ち、やがてジャラジャラと良太の手元にメダルが払い出される。そんなビギナーズラック極まれりといった光景を見ながら、
「あ……ああああ……」
塔子の脳内では、過去のトラウマが駆け巡っていた。
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