ガチャサンボ
夏休みが終わり、学生にとってのいつもの日常がやってくる。日焼けしたり髪の色が変わったりとイメチェンをした人間や、夏の間にアバンチュールがあったと思わしき人間が話題になる中、
「塔子さん、今日の夜におススメの番組があってさ……」
「良太、こないだ言ってた漫画持って来たわ」
以前から塔子が良太の名前を下の名前で呼んでおり好意があるのだろうと噂されていた二人も、良太の方がも塔子を下の名前で呼んだことでいよいよカップルとして噂されるようになる。本人達もその噂は耳にしており意識はするものの、二人きりの会話でそういった話題を口にすることは無く、友達以上恋人未満とも言える関係に落ち着いていた。そんなある日、学校にやってきた良太は死んだ目をしながら机に座り、ぽかーんと天井を眺め続ける。
「……どうしたの? 元気だけが取り柄でしょ」
「塔子さん、俺、俺……」
普段とは違う様子に心配になった塔子は、噂されるのが嫌なのであまり学校で良太に話しかけたくないというスタンスを無視して良太の下へ。深刻な事態が発生したのだろうと身構える塔子に向けて、良太はスマートフォンの画面を見せる。
「ガチャに課金しすぎちゃった」
「……」
大量のガチャの履歴を見せながら、夏休みの短期バイト代のほとんどをつぎ込んでしまったと項垂れる良太。塔子がスマホゲームに闇を感じて距離を置いてからも良太は友達と一緒に色々遊び続けた結果、すっかりガチャ中毒になってしまい、イベントに煽られて限定カードを手に入れるために渋沢栄一を数枚失ってしまったのだと言う。
「……今すぐそのゲーム、アンインストールしなさい」
「えっ……でも、天井まで引いてようやくイベントキャラ手に入れたんだよ」
「ソシャゲのイベントなんて毎月のようにやるでしょ。毎月数万円使うつもりなの? ソシャゲ中毒は立派な病気なのよ? 貸しなさい、私が跡形もなく消し去ってやるわ。そもそも高校生が月に数万円も課金できたかしら? ゲーム側が適切な設定をしていない可能性があるわ、クレーム入れればある程度戻ってくるかも。代わりにやってあげる」
「うっ……うう……さよなら俺の夏休み……」
かつてメダルゲームでお年玉を失ってしまった経験から同情的にはなるものの、良太の今後を考えて今すぐに引退させようとスマートフォンを奪い取り、こんなケモミミ生やしたアニメキャラより私を見なさいと軽く憎悪の混じった感情と共にゲームをデータ含めて消去する。放課後にまだショックを引きずっているのか俯きながら歩く良太に溜め息をつきながら、そんなにガチャがやりたいならメダルゲームでやればいいと、ガチャサンボと呼ばれるプッシャーゲームの筐体へと連れて行く塔子。
「……これがガチャ?」
「そもそもソシャゲのガチャがおかしいのよ。普通ガチャって言ったらこっちでしょ?」
筐体にはいわゆるガチャガチャが搭載されており、スロットゲームで当たるとこのガチャガチャを回して、中にメダルや玩具、引換券の入ったカプセルがフィールドに排出される。それを落とすことで実際に景品を獲得出来るというメダルゲームとガチャを融合させたゲーム性なのだが、最早良太にとってガチャとはスマホゲームのそれであり違和感を覚えてしまう。
「うーん……10連したらSRが確定だとか天井だとかそういうシステムは無いのかぁ……」
「真面目に病院行った方がいいんじゃない? これだから田舎者はすぐに感化される……」
「あ、でもゲームソフトの引換券とかもあるんだ。これは当てたいかも」
未だにスマホゲームの呪縛から抜け出せない良太ではあるが、ガチャガチャの景品の中にゲームソフトの引換券というそれなりの高額景品がある事に気づきやる気を出す。そもそも当たりが本当に入っているのかも疑わしいと思っている塔子ではあるが、良太の治療のために、自分との関係のためにメダルゲームに熱中させるべきだと頑張りなさいと良太を鼓舞する。
「よしよし、当たった……中が見えないけど、今払い出された時に小銭の音がしたよね。つまりメダルか……」
「そんな思考に至るなんて、良太もなかなかメダルゲーマーとして板についてきたわね。ほら、私のガチャも回させてあげるわ」
早速払い出された、中身は見えないがメダルが入っていると思わしきカプセルにがっかりする良太。そんな良太を慰めながら、自分の席で当てたガチャも代わりに回させる尽くすタイプの塔子。メダルを増やすという目的でも無く、メダルゲームを楽しむという目的でも無く、ガチャを回すというズレた目的で遊び続けることしばらく、ドスンと言う音と共に良太のフィールドに金色のカプセルが払い出される。
「え、絶対これ大当たりじゃない? ゲームソフトかな?」
「仮にゲームソフトだったら、ソフトじゃなくて引換券が入っていると思うわ。でも凄く重そうね。大当たりだから簡単に落とせないように重しが入っているのかしら」
「よーし、絶対に落とすぞ」
目の前の重たいカプセルはゲームソフトに間違いないと、俄然やる気をだしてメダルを投入する良太ではあるが、重たいカプセルのため多少メダルで押し出そうとしてもビクともしない。かつて高いメダルタワーで似たような経験をしている塔子は若干トラウマに苦しみながらも、自分と似たような苦しみを良太に味わって欲しくないとどうにかして落とす方法を考える。
「……そうだわ! ガチャサンボのもう一つの売り、ダブルアップよ。良太はさっきからメダルが当たったらすぐにフィールドに支払ってたけど、あれってダブルアップで枚数を増やせるの」
「でも、ダブルアップってことは失敗したら0になるんでしょ? 期待値ってやつ? 的には同じじゃないの?」
「プッシャーにおいてはそうでは無いわ。100枚の払い出し10回と、1000枚の払い出しじゃ全然違うの。少ないメダルじゃカプセルを押し出せないけど、大量のメダルなら押し出せるわ。そうね、一撃1600枚を引き当てれば、どうにかなるかしら」
ガチャサンボにはガチャ当たりの他に直接メダルが支払われる当たりも存在するのだが、その当たりをダブルアップで増やし続けることで一気にカプセルを押し出せると主張する塔子。早速当選した25枚のメダルでダブルアップに挑む良太だが、ダブルアップは自分でメダルを落として当たりに入れるという技術介入要素の高いものであり、このゲームを初めて触る良太には荷が重い。
「……私に任せなさい」
良太がダブルアップに悪戦苦闘するのを眺めていた塔子だったが、良太の下手なプレイを見ていられないという感情と、良いところを見せたいという感情が混ざり合い、良太の席にグイっと座り、代わりにダブルアップに挑戦し始める。勿論塔子の腕前を持ってしても、25枚をダブルアップで1600枚に、つまりは6回連続で成功させることは簡単な事では無い。何度も失敗を繰り返しつつも、焦りは何も産み出さないと深呼吸してクールダウンしながらダブルアップの壁に挑み続ける塔子。そしてついに、メダルの払い出し口にガチャンという重量感のある音。
「やったああああああっ!」
「おめでとう。ゲームソフト、私にも遊ばせなさいよ」
二人して喜びながらハイタッチをし、ウキウキしながらカプセルの中身を確認する。しかしそこに入っていたのはゲームソフトの引換券では無く、それなりには価値のありそうな指輪であった。
「……指輪? ひょっとしてダイヤ?」
「そんな訳無いでしょう、どう見たってイミテーション、精々3000円ってとこね」
「がっくし……これは塔子さんにあげるよ、俺は帰ってソシャゲに代わる趣味を探そうっと」
落胆しながら指輪を塔子に渡し、ゲームセンターを去って行く良太。やれやれ、と肩をすくめて指輪をつけ、折角だし明日から学校にこれつけて行こうかしらと考える塔子であったが、
「……! いやいやいやいやそれはまずいわ」
それが何を意味するかを考えてしまい、顔を真っ赤にして指輪を取り外し、部屋に大切に飾っておくのであった。
※あとがき
元ネタ……セガ『ガチャマンボ サボテンカーニバル』
スロットで図柄が揃うとメダルが入ったガチャガチャが落ちて来る、
と言うシステムよりも配当のダブルアップ機能が熱い。
7個あるポケットのうち3つが当たりで、自分でメダルを入れてタイミングを計れるので
ある程度慣れれば勝率は5割を超える。
セガのオンラインゲームセンターとも言えるガポリにあるのは
ガチャマンボJrという似て非なるもの。
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