お化け輪投げ
「暑い……」
冷房の効いた自室のベッドに転がりながら、ゲームセンターに行く気力も出ずにだらだらとスマートフォンを眺める塔子。本日何度目かの昼寝をしようと目を瞑った所で、スマートフォンが震えて良太からのメッセージが届く。
『暇。何か面白い事無い? でも暑いし外に出たくないな……』
良太も同様に外に出る気力を失っており、宿題もコツコツ進めて終わらせた結果暇を持て余しており、珍しく自分から塔子にアクションをかける。そんな良太からの誘いであるが、今の塔子にデートに誘う気力は残っておらず、面倒臭そうに欠伸をしながら、動画サイトを眺め始める。
『今日21時からぬこ生でホラー一挙やるの。一緒に実況しない?』
そんな塔子の目に留まったのは、動画サイトで夜に実施されるホラー系の番組の一挙放送。たまにはホラーもいいわねと思いながら良太を誘うも、メッセージに既読はつくも返事が返って来ず、塔子が再び昼寝をしようと目を瞑った所でスマートフォンが震えて塔子はタイミングの悪さにムッとする。
『遠慮しておくよ』
内容もただの断り文句であり、自分から何か面白い事無いかと聞いて来た癖に失礼な奴だと塔子は怒りながら今度こそ昼寝をし始める。そしてその夜、動画サイトでホラーの一挙放送を見ながら、子供の時は怖かったけど今となっては子供騙しねと笑いながら楽しんでいたのだが、急に塔子の脳内にとある推理が浮かぶ。
『ひょっとしてホラー駄目なの?』
ホラーに誘った後になかなか返信が返って来なかった理由や、そもそも基本的に誠実な良太が自分から何か無いか聞いておきながら断った理由について考えた結果、良太はホラーが苦手なのだと推測してニヤニヤしながらメッセージを送ると、今度はすぐに良太からの返信が届く。
『そんな訳無いじゃん』
『じゃあホラー映画見に行かない? 私一人だと怖くて、怖くない人が一緒だと心強いわ』
塔子の推理を即座に否定する良太に対し、煽るようにデートに誘う塔子。既読はつくもなかなか返信が来ない事態についても今頃悩んでいるのだろうとニヤニヤしながらスマートフォンを眺めることしばらく、
『勿論だよ』
デートの了承をする良太からの返信が届き、かかったな雑魚がとほくそ笑む、良太がホラーが苦手なら可愛い所を見れるし、ホラーが苦手で無くてもデートが出来る、天才恋愛策略家の塔子であった。そしてその二日後、街の映画館から機嫌の良さそうな塔子と、映画の中に出て来たゾンビのような死んだ目をした良太が姿を現す。
「いやー、まさか高校生の男がホラー苦手なんてね」
「……別にホラー苦手なんて言ってないけど?」
「実はこっそり盛り上がりそうな所で録音してたの。早速再生してみましょ……『ひいいいいいいっ!』」
「塔子さんの声では?」
「あら、私がこんなに野太い声をしていると?」
塔子の予想通り、ホラーが苦手で映画の途中に何度も悲鳴を上げていた良太。近くの喫茶店でニコニコしながら、『ホラーが苦手な男の人って可愛くて良いと思うわ』と、自分は全く怖がっていなかったことをアピールしながらマウントついでに良太を慰める。
「塔子さんは都会に住んでるからわからないんだよ。田舎の夜って物凄く暗くて静かなんだ。小学生の頃、友達の家で遅くまで遊んで帰る時に、辺りは真っ暗で、何の音もしなくて、気付けば泣きながら家に帰ってたよ」
「ふふ、それは可哀想ね。でも、いい年して映画館で大声で悲鳴をあげるのは良くないと思うわ。小さな子供でも我慢してたわよ?」
「うっ……もうホラー映画なんて見ないから大丈夫だよ」
「そうは言っても、今後友達付き合いとかで見る流れになったらどうするの? また断るの? そうしたら噂が立つかも知れないわね、良太はホラーが苦手でビビりでチキンで情けない男だって」
ホラーが苦手な事について言い訳を続ける良太に対し、少しは特訓しないと今後の人生で損をすると、荒療治のためにもっとホラーに触れようと意地悪な提案をする塔子。とあるゲームセンターの地下にホラー系の脱出ゲームがあるのでそれをやろうと良太を誘うも、良太はそんな本格的なホラーはやりたくないと首を横に振る。その情けない姿に母性をくすぐられながらも、じゃあ中途半端なホラー要素があるメダルゲームから始めましょうと良太をゲームセンターへと連れて行く。キッズメダルのコーナーの一角に向かった二人の前には、お化けの輪投げ屋さんと書かれた怖さを微塵も感じさせない筐体。
「……お化け出るの?」
「基本的にはこの輪投げ型のコントローラーで景品を狙うんだけど、たまにお化けが潜んでるの。その時はお化けを退治するのよ。そして一定数のお化けを退治するとお化け屋敷ステージに行くの」
「俺、そういうびっくり系ダメなんだよね……」
「このゲームをびっくり系と表現する人、初めてだわ……」
縁日要素である輪投げと、ホラー要素であるお化け屋敷を混ぜ合わせた、夏にぴったりのメダルゲームに二人並んで座りながら、まずは普通に景品に向かってコントローラーを振って輪を投げて行く。
「射的だと景品に細工されてたりして全然落ちないことがあるけれど、輪投げだったら何とかなりそうな気がするわよね」
「……」
「どうしたの、さっきからずっと黙ってて、そんな真面目な表情になって」
「いや、いつお化けが来るかわからないから常に臨戦態勢なんだよ」
このゲームにホラー的な要素があるとは微塵も思っていない塔子は輪投げの話をしながら遊んで行くが、完全にホラーゲームだと認識している良太は常にお化けの襲撃に備えて黙りながら画面を見つめる。人との関わりが少なすぎて、好きな子に悪戯をしてしまうような小学生時代からあまり思考回路が変わっていない塔子はどうにか良太を驚かせてやろうと、スマートフォンを操作してゾンビが呻き声を上げるシーンを良太の耳元で再生する。
『グオオオオオ』
「うわあああああああっ!」
「あはははははっ、何それ、孫尚香のつもり? 小さな子供も引いてるわよ」
突然のゾンビの襲撃に気が動転した良太は、持っている輪のコントローラーを振り回しながら存在しないゾンビと戦い始める。その醜態を録画しながらゲラゲラと笑い、同じゲームで遊んでいた、デフォルメされたお化けを特に怖がっていない子供に対して、大人なのに情けないわよねーと同調を求める塔子。結局この日良太は一日中塔子に馬鹿にされ続けたが、反論も出来ずにただ悔しそうに塔子を睨みつけることしか出来ない。
「あー、楽しかった。今度お化け屋敷行かない? 怖かったらお姉さんに抱き着いてもいいのよ?」
「行かない。塔子さん、そんなに人を馬鹿にしてばかりいると、罰が当たるよ」
「私はそんなもの信じませーん。幽霊? お化け? ウェルカムミディアム~」
ゲームセンターを出る頃には、珍しく恥ずかしさから顔を真っ赤にした良太と、すっかり調子に乗っている、好きな子に悪戯をしすぎて完全に嫌われてしまうタイプの塔子。良太が負け惜しみを吠えながら帰って行くのを見送った後、ホラー映画でも見ながら良太に実況メッセージを送ってやろうとウキウキ気分で家に帰る塔子。その日の夜、ムードを作るために自室の電気を消してホラー映画を見始めるが、BGMに違和感を覚え始める。
『カサカサ……』
「……え、何この音? お化け? そんな訳無いわよね。一応電気つけよ……」
ホラー映画のBGMとは明らかに違う、部屋からしているようにしか聞こえないカサカサと言った音に身震いした塔子は、恐る恐る部屋の電気をつける。その瞬間、塔子の目の前には、
「いやああああああああああああああああああああっ!」
お化けなんかよりもずっと恐ろしい黒い悪魔が塔子が映画を見ながら食べ散らかしていたお菓子のカスを啜っており、塔子は悲鳴を上げるもその声が良太に届く事も、ゴキブリが苦手なんて女の子らしい所あるんだなと可愛く思われる事も無いのであった。
※あとがき
元ネタ……エンハート『もしかして?おばけの射的屋』
金魚すくいと同様に銃型のコントローラーで景品に狙いを定めて撃つ。
ババアに撃っても残念ながら無敵。
たまにお化けが出て来るので倒してアイコンが一定数溜まればボーナスゲーム。
子供向けゲームにしてはやたらとジャックポットの枚数が多い。
何故かSwitchでゲームになっている。最近はそういうのが流行りか……
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