釣りファイティング
「ねえ南無子……勢いで下の名前で呼ばせちゃったけど、あれってひょっとして告白みたいな扱いになるのかしら? 考えすぎよね、私が色々と歩み寄って良太の事を下の名前で呼んでフレンドリーに接してたのに、向こうは何か余所余所しくて腹立ったからこっちも下の名前で呼ばせただけよ。そういえば夏祭りから数日経過したけれど、これくらい期間を空けておけば遊びに誘っても自然だと思わない? 丁度、中安様のトークショーのチケットが2枚あるのよ。どうしても欲しかったから家族の分でもアカウントを作って応募したら複数当選しちゃったの。……え? 絶対に引かれるから辞めた方がいい?」
夏祭りが終わり数日が経過したある日、塔子は宿題に一切手を付けることなく、自室のベッドでイマジナリーフレンドとの会話に興じていた。頻繁に良太を遊びに誘えば色々と勘違い(?)されてしまうし、期間を空けても丁度いい遊びの口実が見つからない。一人作戦会議をして喋り疲れた塔子は水分補給をするためにリビングに向かい、ジュースをラッパ飲みしながら水槽の中を泳いでいる金魚達を眺める。
「……冷静に考えたら、とても恥ずかしいムーブね」
パクパクと水面で口を出している金魚達に餌を与えながら、金魚が掬えずに自棄になって逃亡し、良太が必死で金魚を掬っている間にメダルゲームで現実逃避をするという先日の醜態を思い返して頭を抱える塔子。評価を取り返すべく、特にプランは決まっていないものの良太に今日暇なら遊ばないかと勇気を出してメッセージを送るも、
『ごめん、今友達とプールで遊んでるんだ』
塔子以外にも知り合いのいる良太の夏休みは塔子程に暇では無く、無常にも断られてしまい大きくため息をつく。とりあえず気分転換にメダルゲームをしようと家を出てゲームセンターに向かい、夏休みということもあり普段よりも人の多い、自由に機種を選べないメダルゲームのコーナーで不満気な表情になる。
「(普段来ない癖にこういう時だけぞろぞろと……何なのあの下手糞なプレイは、折角の新作が泣くわ)」
下手なプレイでお金を落としてくれる客がいるから塔子のようにお金を使わず遊ぼうと目論む人間が許されるという現実からは目を背けつつ、店内を見渡して遊ぶ機種を吟味する。
「(そういえば、結局釣れなかったのよね。良太はアユってのを釣ってたけど。塩焼き美味しかったわ)」
フィッシングGOの筐体を眺めながら、先日良太の地元でキャンプをした時の事を思い返す塔子。釣りに挑戦するも一匹も釣ることは出来ず、良太が釣って良太が調理した魚を貪るという、人としても女としても醜態を晒してしまった甘くも苦い思い出に苦笑いしつつ、フィッシングGOでリベンジをしようと座ろうとするも、筐体の前でぼーっと物思いに耽っている間に席は埋まってしまう。
「(他に釣りゲーなんてあったかしら……ああ、あったわ)」
すっかり釣りの口になってしまった塔子は、キッズメダルコーナーに向かい釣りファイティングというメダルゲームの筐体の前に立ち、メダルを投入して竿型のコントローラーを握る。ウキ型のボールを落とすことで釣りに挑戦するフィッシングGOとは違い、直接海を催したフィールドに向けてコントローラーを振り、魚がかかるとリールを巻くというわかりやすいゲーム性は子供達にも大人気であり、メダルゲームにも関わらず携帯ゲーム版が出た程である。普段はキッズメダルなんてダサくてやってられないと敬遠していた塔子ではあるが、どうしても釣りがしたかったため子供に混じって遊び始める。
「ふふふ……これが大人の力よ」
とはいえ子供と塔子では持ちメダルに圧倒的な差がある。その辺の子供が一番メダル消費量の少ない、つまりは弱い竿を使って遊んでいるのに対し、塔子は一番メダル消費量の高い、最強の竿を使って大物を果敢に狙う。子供達が10枚、20枚の魚を頑張って狙う光景を鼻で笑いながら、50枚、100枚の魚を次々と釣り上げる塔子。そうして周囲の子供達に格の違いを見せつけていると、画面に警告が表示されて、釣り上げれば1000枚獲得の巨大魚が姿を現す。1000枚という子供達からすれば破格の枚数に、目を輝かせながら次々と竿を投げる子供達だが、そんな簡単に釣り上げられるはずもなく、子供達の糸は切れてメダルもどんどん無くなって行き、気付けば塔子の周りには意気消沈する子供達。
「……仇は取ってあげるわ」
先に子供達にメダルを使わせておくことで、ゲームが放出期に入り設定が良くなるので釣り上げられる確率がアップする……そんな卑劣な考えで待機していた塔子はお姉さんに任せておきなさいとニヤリと笑い竿を振るう。しかし塔子の使う最強の竿でも巨大魚はビクともせず、数回失敗したところでこれ以上追うのは危険だし撤退しようかと考える塔子。
「お姉ちゃん頑張ってー」
「……ぐっ」
そんな悩む塔子に対し、自分達が利用されていたとも知らずに応援する子供達。利用していた引け目を感じているからか、逃げる訳には行かないと覚悟を決めた塔子は長期戦に備えて大量のメダルを引き出して、巨大魚がかかるや否やボタンを連打してメダルを消費して電撃を流して戦い続ける。
「どりゃあああああっ!」
数分後、テンションが上がり激しくコントローラーを振っていたからか汗だくになった塔子の目の前では、巨大魚が釣り上がりプレイヤーを祝福する演出が流れていた。釣り上がった時は周囲の子供達も大はしゃぎしていたが、イベントが終わればもう用は無いと言わんばかりに、すぐに子供達は別の夢中になれる何かにへと去って行く。
「……ふん、我ながら下らない事をしたわ。メダルも3000枚も使っちゃった。釣りってコスパ悪いわね」
一人取り残され、メダルも大幅に失ってしまった塔子であるが、肩で息をしながらも満足感に溢れていた。そんな塔子のほっぺにピタッと冷たい感触がする。
「ひっ」
「お疲れ様。カッコよかったよ、さっきの瀬賀……じゃなかった、塔子さん」
「な、何でここに……?」
「プールが終わった帰りにふらっと寄ったら、何だか塔子さんの声がしたから探したんだけど、まさかキッズメダルのコーナーにいるとは思わなかったよ」
驚いた塔子が振り向くと、そこには缶ジュースを持った良太の姿。プールで遊び終えた後についでにゲームセンターに寄ったところ、子供達に応援されながら巨大魚と格闘している塔子の姿がいたので、密かに応援に混じっていたのだと言う。
「んぐ、んぐ……まだ釣り足りないわ、そうだ、近くに釣り堀があったわ。あそこなら私でも釣れるはず……さぁ行くわよ」
「その前に一度帰ってお風呂に入ったら? 汗だくだし」
「良太もプール臭いわよ。そういえばスーパー銭湯もこの辺にあったはずよ、お互いさっぱりしてあの時のリベンジよ」
「俺は結構釣れてたけど……」
恥ずかしい所を見られてしまった塔子は渡されたジュースをグビグビと飲みながらどうにか話題を変えるべく、近くの釣り堀でキャンプの時のリベンジを持ち掛ける。流れでスーパー銭湯に向かい、女風呂の中でこの壁の向こうに良太がいるのよねと男子中学生のような事を考えながら湯舟でぼーっとする塔子。
「……勝ち負けとかに拘らないのも、悪くないのかしらね」
メダルを大幅に失ってしまったが代わりに得た満足感や、結果的に良太とデートをする事になった因果を考えながら、勝つこと、メダルを増やす事だけに拘る必要はもう無いのかもしれないと、勝利に執着しすぎていた自分が少しずつ変わりつつあることを自覚しながら一人微笑む。
「……っしゃあ! これで3匹目! ふふん、良太は調子が悪いようね」
「いやいや、確かに俺は1匹しか釣れてないけど、大きさなら負けてないから」
そしてその30分後、釣り堀には良太に釣った数でマウントを取る塔子と、煽られて大きさでマウントを取る良太の姿があるのだった。
※あとがき
元ネタ……ナムコ『釣りスピリッツ』
釣り竿型のコントローラーで魚を釣るシンプルなシステム。
原作はメダルゲームだが普通にSwitchとかで釣りゲームとして出ている。
釣りスピリッツにしろレッ釣りGOにしろ、
魚がかかったら電撃を流すというのが一般常識になっているが
それでいいのだろうか……
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