金魚すくい
「オッケーされたけど……これって、デートだよね?」
塔子から夏祭りに一緒にいってあげるという返事を受け取った後、良太は自室をグルグル回りながら、クローゼットの中に並ぶ今まで親が安いチェーン店で買って来た私服を眺めて悩み始める。良太の中では放課後にゲームセンターで一緒に遊んだり、水族館に行ったり、地元に呼んでキャンプをする行為はデート扱いでは無いらしいが、夏祭りは本人の中でもデートという認識があるからか、もっとオシャレに気を遣うべきなのだろうかと考えるも、親のセンスが良いのか悪いのか、自分のセンスが良いのか悪いのかもわからずに困り果てる。そんな中、良太のスマートフォンが震えて塔子からメッセージが届く。
『夏祭りには浴衣や甚平を着て行くのがマナーよ。田舎だしそういうの持ってるでしょ、それ着て来なさい』
イマジナリーフレンドとの賭けに負けて浴衣を着る事になってしまった塔子だったが、自分だけ浴衣を着るのは恥ずかしいからと尤もらしい理由をつけて良太にも同じ格好をさせようとしていたのだ。そんな塔子の思惑などつゆ知らず、良太は服に迷う必要が無くなった事でホッと胸を撫でおろし、親に祭りに来て行く和服が無いかを聞きに行く。数日後、待ち合わせ場所では浴衣に身を包み、髪型も変えて普段とは違うイメージを演出しようとした塔子の姿。
「どう? 南無子、今日の私、イケてるわよね? 特に髪型。普段は特にアレンジとかしなかったけど、今日はポニーテールにしてみたの。うなじが見えると男はドキッとするらしいわ。しかもこの髪飾りはメダルゲームの大会で手に入れた限定品なのよ……え? デートに本気になってないかって? ……それにしても良太遅いわね、このままじゃ私ナンパされちゃうわ」
テンションが上がっているようでイマジナリーフレンドとの会話を街中でし始める、客観的に見て危険な塔子がナンパされることは無く、しばらくして待ち合わせ場所にやって来た良太はキョロキョロとあたりを見渡した後、自信の無さそうな表情と共に塔子に声をかける。
「瀬賀さん……だよね?」
「失礼ね。私の顔を忘れたのかしら」
「いや、髪型変わってたから、ひょっとしたら別人かなって。……それにしても、全然皆浴衣とか着て無いじゃないか。俺はこの格好のまま電車で来たから結構恥ずかしかったよ」
「しょうがないじゃない、賭けに負けたんだもの」
「?」
特に和服に身を包むでも無く、普段の私服で夏祭りを楽しむ大勢の客を眺めながら、これではまるで自分達だけ浮かれているみたいだと不満を漏らす良太であったが、古き良きマナーを理解しない日本人が増えたのよと適当な言い訳をしながら夏祭りのコースを歩く塔子についていくことしばらく、地元の小規模な夏祭りでは見る事の出来ない光景に頬を緩ませる。
「夏祭りと言えばりんご飴よ、さぁ買いなさい」
「定番だとは聞くけど、地元の祭りには無いんだよね……りんご飴ください」
「美味しそうね! 一口貰うわ! ……か、硬い、べたつく……」
イマジナリーフレンドとの賭けの罰ゲームを有言実行すべく、良太にりんご飴を買わせた直後にすかさず齧ろうとする塔子。しかしべっこう飴の硬さに苦戦し、口に飴がべたついてしまう等、漫画のワンシーンのようには上手く行かず、その光景を見てくすくすと笑う良太は間接キスである事に気づかずに、気にせずに塔子の齧った跡がついたりんご飴を頬張り、塔子のみをドギマギさせる。
「イカ焼き食べようかな……もっと小さい頃、祭りに来た気がするけど、こんな高かったっけ」
「昔は一番高いのでも500円だった気がするわ、100円から500円までのイカ焼きを制覇するのが楽しみだったのに」
その後も色んな出店を回りながら、夏祭りを堪能する二人。お腹も膨れ、家族へのお土産を何にしようかという目線で出店を眺めるようになった頃、塔子は金魚すくいの前で立ち止まり財布を開く。
「昔掬った金魚が寿命でね。新しいのを飼おうと思っていたところなの。良太は金魚すくい得意?」
「金魚すくいはやった事無いけど、地元の川にメダカとか泳いでるから、捕まえて飼ってるよ」
家で飼う金魚を手に入れるため、良太に良いところを見せるために張り切ってポイを手にする塔子。大量に泳いでいる小金では無く、出目金や琉金、コメットといったレアな魚を狙ってポイを振るう塔子であるが、すぐに破れてしまい悔しそうに追加投資をする。それを何度か繰り返すうちに、塔子の顔は悔しさや恥ずかしさから見る見るうちに赤く染まっていく。
「(どうして、昔は金魚を持ち帰れたのに……)」
塔子は当時の出来事を覚えていないが、昔遊んでいた金魚すくいは掬えなくても何匹か金魚が貰える仕様であり、塔子が自力で金魚を掬った経験は一度たりとも存在しない。物価の上昇と共に掬えなくても金魚が貰えるというシステムは無くなっており、塔子の財布はどんどん軽くなっていく。
「俺代わろうか? メダカをペットボトルで捕まえたり、ザリガニを網で掬った事あるし」
「……っ!」
「あ、瀬賀さん!?」
あまりにも金魚を掬えない、あまりにも救えない塔子に対し見かねた良太が助け船を出そうとするが、良いところを見せられない挙句に心配されるという状況は塔子の尊厳を破壊するには十分であり、半泣き状態で塔子はその場を走り去ってしまう。10分後、塔子は浴衣姿のまま、ゲームセンターのメダルゲームコーナー、それもキッズメダルのコーナーで子供達に紛れて金魚すくいのメダルゲームを遊んでいた。
「お金は無くなったけど、メダルはたくさんある……現実の金魚は掬えないけれど、メダルの金魚は掬える……やっぱり私にはメダルゲームしか無い……」
レバーを操作して画面上のポイを動かし、泳いでいる小金や出目金に重なったタイミングでボタンを押す塔子。内部的に放出期であったからか、一掬いで複数の金魚を手に入れて筐体の下からジャラジャラとメダルが出て来る。
「ふふふ……やっぱり私には金魚すくいの才能があるわ。もっと大物を狙いましょう」
放出期が終わり、回収期へと移行した事を察知した塔子は、ポイ型のコントローラーを上下に振ることで金魚を掬う、先程やっていたメダルゲームよりも本格的な金魚すくいゲームの筐体へと移動する。先程のゲームとは違い複数人が遊ぶ筐体のため、小さな子供に混じって金魚すくいのメダルゲームを本気で遊んでいる塔子の姿は、傍から見れば現実の金魚すくいで失敗を繰り返す事よりも恥ずかしい可能性があるが、色々と自棄になっている塔子はそんな事を気にせず、近くの子供が狙っている金魚であろうが遠慮なくポイで掬っていく。
「オランダシシガシラ……ランチュウ……私の手にかかれば、どんな金魚も思いのままよ」
「凄いね、俺は全然掬えないや」
「口の利き方のなってないガキね……って良太!?」
大漁ながらもどこか悲し気な塔子の横の席から彼女を褒める声。小さな子供にタメ口を利かれたと思ってムッとしながら横を振り向く塔子であったが、そこにいたのは小さな子供では無く、現実の金魚すくいはそれなりにセンスがあったのか金魚が何匹か入った袋を持ちながらも、メダルゲームの金魚すくいでは逃げられてばかりの良太。
「瀬賀さんがやってるの見てたら俺もやりたくなって、何回かやって捕まえたんだけどさ。ウチはメダカとか飼ってるし、これ以上はいいかなって。だから瀬賀さんにあげるよ。代わりと言ってはなんだけど、こっちの金魚の掬い方教えてくれないかな」
「……あ、あり、ありがとう。……塔子」
「へ?」
「金魚のお礼に、私を下の名前で呼んでいいわよ。この金魚すくいは、消費するメダルを増やすとポイが強力になるの。ランチュウだったらメダル5枚が適正で~」
「塔子さん、何かキラキラしてるのいるよ」
「あれは全員で合計5匹掬ったらボーナスゲームよ。画面外に出る前に掬いましょう」
良太から金魚袋を受け取った塔子は、良太の顔を直視しないように感謝を述べた後、もっと自分に素直になっていいのかもしれないと、良太に自分の名前を下で呼ばせながら得意げに金魚すくいメダルゲームの解説をするのだった。
※あとがき
元ネタ……
セガ『キッズ屋台村 金魚すくい』
スティックでポイを動かしてボタンで金魚をすくう、昔ながらのシンプルな金魚すくい
エンハート『バシャバシャ』
比較的新しい機種で、ポイ型のコントローラーを上下に振ることで金魚を掬うシステム。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます