夏休み前

「ねえ良太。あのスマホゲームまだやり込んでるの? 最近男子がその話しなくなったみたいだけど」

「あああれ? たまに新規イベントとかを見るくらいかな。もうすぐテストだし、スマホゲームばかりやってる訳にも行かないし、イベントのストーリーとかは動画サイトでも見れるし」

「そう。私が言うのもなんだけど、スマホゲームとは適切な距離感を保つべきよ。お互いテスト勉強頑張りましょう。負けないわよ」


 夏休み前の期末テストが近づいてきたことで自然とクラスの男子達のスマホゲーム熱も冷め、良太も適切な距離感になったことで胸を撫でおろす塔子。その勢いでテストの順位で勝負を挑み、その日からテストの日まで趣味であるメダルゲームも程々に真面目にテスト勉強に励む。そしてテストが終わり、朝の廊下に貼り出された順位表を眺めながら渋い顔をする塔子。


「150人中90位……まぁ、悪く無いわね。どうせ良太はもっと下だろうし」


 負けず嫌いではあるがメダルゲームをやっている時のみ数学的センスを発揮するくらいであり勉強も運動も得意とは言えない、中の上から中の下のラインを行ったり来たりしている、中学時代は格上に勝負を挑んでは負けて悔しがりムードを壊し続けて来た塔子であったが、今回の対戦相手は田舎から出て来た勉強の苦手そうな良太ということで、久々の勝利の感覚を味わうべく順位表の下の方を探し始める。しかしいくら探しても、そこに良太の名前は見つからない。


「瀬賀さん、テストお疲れ。俺は30位だったよ。いやー、中学時代は1位だったんだけどね。まぁ、同学年自体いなかったけど。瀬賀さんはどうだった?」

「……まぁまぁね。そろそろ教室に戻りましょう」


 念入りに下の方を探す塔子を見つけた良太は声をかけるが、塔子はその順位が自分より遥かに上だったことを知らされて愕然としてしまう。良太は自覚こそ無いが複式学級で異なる学年の授業を受けていたり、人数が少ないため教師のサポートを受けやすかったりと勉学という意味では恵まれた環境で育っていたため学力は優秀な方だったのだ。自分の名前を探させないように良太を教室に誘導した後、夏休みはどうする予定なのかを聞く塔子。


「特にどうもしないよ。短期バイトやろうかなってくらいで」

「もっと街に遊びに来た方がいいと思うわ。だって、定期券でしょ? 乗り放題よ、お得よ」

「確かに」


 特に予定が無いと言う良太に対し、学校に行くための定期券があれば夏休みでも街に行き放題でありお得だという事を強調して遊ぶ機会を増やそうとする塔子。良太はその理論に納得しつつも、普段から学校帰りに学校近辺は遊び歩いているため街に来て何をしようか悩み始める。そんな中、登校中に気になっていた事を塔子に聞くことに。


「そういえば、学校来るまでの民家とかに、式神みたいなのが飾ってあったんだけど、あれって何?」

「式神……? ひょっとして白いギザギザの事?」

「そう、それそれ」

「あれは、祭りが近づくとあんな飾りがつけられるのよ。そうそう、もうすぐ夏祭りなのよ。出店もたくさんあるわ」

「夏祭りかぁ。地元の神社でもやってるけど、規模が小さくてさぁ。出店が4つしか無いんだよ」

「それはもう祭りとは呼べないわね……こっちのは結構規模が大きいわよ? 期間も結構長いし、父親は出店の食べ物を全種類制覇するって張り切ってたわ」


 飾ってあった紙垂の正式名称は知らないが、祭りがあることは知っている塔子は良太の地元で開催される祭りとは比べ物にならない、都会の夏祭りについて語り始める。良太の目が段々と輝いている事に気づいていた塔子ではあったが、


「まぁ、この辺の高校生は基本的に皆行くでしょ。友達にも誘われるでしょうし行って来たら?」

「……うん、そうだね」


 夏祭りに一緒に行こう、と良太を誘う事はせずに、友達と行けばいいと話を切り上げてしまう。結局塔子は夏休みに一緒に遊ぶ約束を取り付けることなく良太と別れ、その日の夜、自室のベッドでぶつぶつと言い訳を続けていた。


「いや、南無子、意気地なしとかじゃ無いのよ。だって夏祭りに一緒に行こうって、もう言い訳のしようがないくらいデートじゃない。水族館とか、キャンプとかは、ギリギリデートじゃないって扱いになるかもしれないけれど、もう夏祭りに一緒に行きましょうとか告白みたいなものでしょ? 私と良太はそんなんじゃないから。それに祭りだったら絶対に学校の誰かと鉢合わせするでしょ、ただでさえ色々噂されてるのに、私と良太が一緒にいるところを見られたらもう大変な事になっちゃうわ。……わかった、わかったわよ南無子。それじゃあ賭けをしましょう。もしも良太の方から夏祭り一緒に行こうって誘ってきたら断らずに一緒に行くわ。浴衣も着ていくし、良太が買ったりんごあめを一口頂戴って無理矢理かじる。それでいいわね?」


 プライドの高さや、自分の気持ちを素直に認められない性格から夏祭りという典型的なデートイベントから逃げながらも、良太の方から誘って来たら行くという予防線を張る塔子。一方その頃、良太もまた自室のベッドでスマートフォンを眺めながら不満気な表情をしていた。


「瀬賀さんが俺の事が好きっての、やっぱり勘違いなのかなぁ……? 夏祭り誘ってくれなかったし。ていうか瀬賀さんの気持ちとか言ってるけど、俺はどうなんだろ。瀬賀さん確かに綺麗だと思うし、一緒に遊んでて楽しいけど、性格合わないような気もするし……というか俺、瀬賀さん以外にまともな女友達いなくない? 周りの男子は結構彼女とか作ってるし、なんだか置いて行かれている気がする……」


 高校生になり友人達と触れ合うにつれ、恋愛にも人並みに興味を持つようになった良太。自分も塔子の事が好きなのかもしれないという悩みに加え、高校生として、ステータスとして仲の良い女友達だったり彼女は作っておきたい、女にモテたいという男子高校生としては健全な悩みも持っているため、塔子に誘われなかった事はそれなりに良太の心にダメージを与えていた。そんな中、スマートフォンが震えてメッセージが届き、塔子からのメッセージだろうかと慌ててアプリを開くも、それはクラスの友人達のグループメッセージであった。


『彼女いない組同士で夏祭り行かね? 実は別の女子高の生徒も何人か呼ぶことになっててさ、合コンみたいな感じになってんの』


 今の良太にとってみれば渡りに船とも言える友人達からの誘い。塔子は自分の事をきっとメダルゲーム仲間程度にしか考えていないのだろう、たまに放課後に遊ぶくらいの関係性が丁度いい、いいきっかけだから合コンしたり、ナンパしたりして彼女を作ろう……そう思って友人達に返信をしようとスマートフォンに指を伸ばす良太であるが、脳内に浮かぶのはメダルゲームだったり水族館だったりキャンプだったり、塔子と一緒に遊んでいる時の彼女の喜怒哀楽豊かな表情。その数分後、未だにぶつぶつとベッドで呟いていた塔子のスマートフォンが震え、良太以外にまともな知り合いがいないため必然的にメッセージは良太からのものであるとわかっているため餌がお皿に入れられた音に反応するペットの如くスマートフォンを手に取る塔子。


『夏祭り友達と行こうと思ったんだけど、皆彼女と行くって断られちゃってさ。俺一人だと不安だし、良かったら一緒に行かない?』


 数分の間に良太が葛藤の末に友人達の誘いを断り、友人達に断られたと嘘をつき、情けない誘い文句を考えていることなどつゆ知らず、塔子は『賭けは私の負けね』とニヤニヤとした表情でベッドを転がりまわるのであった。

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