マスターホース

「イベント始まったので有償石で10連ひきまーす」


 ある日の休憩時間。男子の一人がスマートフォンを掲げてそう宣言すると、その勇姿を見届けるべく良太含む男子達が周囲に群がる。10連ガチャのボタンを男子が押すと、体感30秒程の長いローディングが発生して周囲の男子は大興奮。


「ロード長い! 絶対新SSRだろこれ!」

「きたああああああああああ! ブルマのネイチャン神!」

「あああああ俺もやったけどSR1枚だった……もう石がねぇよ……」


 擬人化した競走馬がテーマのスマホゲームが男子を中心に流行っており、現在は運動会イベントを実施しており体操服姿のキャラクターを手に入れようとある者はコツコツ無料で貯めたゲーム内通貨を使ってガチャを引き、ある者はバイトや小遣いを使ってガチャを引く。イベントの目玉とも言えるキャラクターを当てた男子に触発されて良太もガチャに挑戦するが、結果はよろしく無かったようでがっかりとした表情になる。そんな男子達の一喜一憂に呆れる女子達。そして良太に合わせて同じスマホゲームをプレイしている塔子もまた、ついていけないとばかりに肩をすくめ、あまりやり込んでいないゲームデータを眺める。


「(これのどこが競馬なのかしら……? 馬の耳をつけた女の子が徒競走してるだけでは……? イラストサイトとか見たら卑猥な絵がたくさんあったし、結局男子はそういうの目的でやっているのでは……? 一応おはガチャしとこ……あ、当たった)」


 イマイチ面白さがわからないながらも、効率を重視するが故に一日一回のお得なガチャは引く主義の塔子。無欲の勝利と言うべきか、あっさりと目玉のキャラを引き当ててしまい、フレンド登録をしている良太に使わせるために授業中に渋々育成を始める。その日の放課後、ダメ男に貢いでいる女性の気分になってアンニュイな塔子の隣で良太はスマホゲームの原作のアニメについて語り出す。


「昨日2期を一気に見たんだけど、もう感動しちゃったよ。特にハリボテエレキが大破した後に中の人、いや中の馬が軽くなった事でスピードアップするシーンなんて涙無しでは見れないね」

「そう……私は未だにキャラの区別がつかないわ。どれも馬の耳つけて胸の大きな女性でしょ。そもそも元ネタの馬もざっと見たけど、ほとんど同じじゃないの。競馬好きにこのキャラ見せてもどの馬かなんてわかりっこないわよ」

「いやいや、結構特徴捉えてるんだよ。ほら、このソックスヌゲタとか、足の模様が靴下みたいになってて一足だけ無いでしょ? 実際にこれモチーフのキャラも、片方だけ靴下が無いんだよ」


 ゲームから入ってアニメや競馬にもハマり始める理想的なファンと化した良太に対し、自分の推し声優等の趣味も傍から見ればこんな感じに異様に見えているのだろうかとげんなりする塔子。色々と温度差を抱えたまま二人はゲームセンターに辿り着き、そういえば競馬のメダルゲームがあったよねと、何の仕事をしているのかわからない中年男性達が平日の夕方から勤しんでいる競馬のメダルゲームコーナーへ良太は塔子を置いて向かって行く。


「2つあるんだね」

「かなりやり込み要素とかが強いから私は全然やってないんだけど、こっちのモニターが大きい方が結構リアルな競馬知識とかが必要な方で、こっちのミニチュア競馬がある方が、割とメダルゲームのシステムに忠実なタイプって聞いたわ」

「じゃあ本格的な競馬の方にしようかな」


 専門外だからか自信無さ気な塔子の説明を受けて異なる会社から出された競馬ゲームを見比べながら、リアル路線が売りであるマスターホースの席へと座る良太。休日に長時間遊ぶ事を前提としているからか、スマートフォン置き場にUSB充電器、食事用の机まで用意してある充実した環境に良太は興奮しながら早速スマホゲームを立ち上げ、途中のコンビニで購入したスマホゲームのトレーディングカードが入っているウエハースチョコを机に広げて遊ぶ準備は万端だと意気込みながらユーザ登録を進めて行く。


「馬主になって馬を育てて、レースで戦わせるって感じみたいね。レースはお店で共通だから、私の馬と良太の馬が戦うことになるわ」

「へえ。瀬賀さんには悪いけど、俺は競馬の知識があるから負けないよ。早速自分の馬を作ろうっと。……あ、あれ? イグニスタキネちゃんってオスだったの?」

「ゲームだから皆メスになってるだけで大半はオスでしょそりゃあ……私はさっぱりわからないから、聞いたことがある馬にしようっと。……あったあった、父親はディープコンタクトで、母親は……」

「ディープコンタクト? そんな馬聞いた事無いよ、マイナーな馬好きなんだね」

「そう? 私はこの馬とナツウララくらいしか聞き覚えが無いわ」


 競馬には一切触れて来なかったが、ニュース等で自然と有名な馬や一般常識は理解している塔子に対し、知識の大半がスマホゲーム経由であるため、馬の性別はよく知らず、ゲームに登場していない馬も知らないエセ競馬知識持ちの良太。お互い中途半端な知識で自分の愛馬を作成し、メダルを使って餌を与えたり調教をする事しばらく、折角だし一緒にデビュー戦を飾ろうということで同じ新馬戦に二人で登録をする。


「へへ、俺の馬の方が数字が高いや。強さ7.0だよ」

「……凄いわね。私は3.2しか無いわ(面白いから黙っておこうっと)」


 オッズの概念すら理解しておらず、塔子の馬よりも自分の馬の方がオッズが高い、つまりは人気が無い事を喜ぶ良太。願掛けとしてお互いに自分の馬に単勝で賭けてレースが始まり、塔子は何となく画面をタップして応援をする。


「よし、ここでスキル発動だ! ……あれ、全然スキル発動しない、おかしいな」

「何を言ってるの、現実の競馬にスキルなんて無いでしょ。いや現実の競馬じゃ無いけど」


 一方の良太はレース中にスキルが発動する展開に慣れ過ぎていたせいか、現実の競馬同様にひたすらに馬が走るレース展開に対して違和感を覚えてしまう始末。結局良太の愛馬であるミドリョータローは一度もスキルを発動させる事無く、塔子の愛馬であるタワーオブバベルが3着と健闘する中10着と不甲斐ない結果に終わってしまう。


「なんとか賞金が貰えたわ。多分吸わせたメダルのカウントも無くなったでしょうし、とりあえずしばらくは休ませてあげなきゃ」

「俺は翌週のG1ってレースでリベンジだ! やったね、強さ103だよ」

「それは最強ね」


 馬に愛着が湧いたのかレースから戻って来た馬をタッチで撫でながら、しばらくは軽い調教や休養に回そうと、メダルゲーマーとしても馬主としても常識的な行動を取る塔子に対し、間髪入れずにすぐ次のレースに、それもグレードの高いG1レースに出走させ、自分で万馬券を作り出してしまう良太。


「競馬もなかなか面白いわね、一口馬主ってのなら私のお小遣いでも出来るかしら。……そういえば牧場が電車で行ける距離にあったわね、乗馬体験も悪くないかも」


 手堅く入賞を繰り返し、馬にも競馬にも興味が出て来た塔子はスマートフォンでポニーの画像を眺めながら癒されて微笑む。一方の良太は惨敗を繰り返しているうちに退屈そうな表情になり、無言で帰り支度を始めてしまう。


「現実の競馬ってスキルも発動しないし、馬が話しかけて来ないし、なんだかつまらないね。俺はもう帰るよ」

「そ、そう……さよなら。……ああ、悪いけど私、このスマホゲーム引退するわ」


 塔子の方を見ずにスマホゲームをやりながら帰って行く良太を見送りながら、塔子はスマホゲームに毒される事の恐ろしさを実感し、その場でゲームをアンインストールするのであった。





※ あとがき


元ネタ……セガ『スターホース』


3までは一般的なメダルと互換性があったが、4からは専用メダルを使うようになり、

メダルゲームと呼んでいいのか怪しくなってきた。

色んなお店が導入した結果客を奪い合い、

1メダルで20クレジット扱いになるなどデフレスパイラルになり、

スターホースが原因で潰れたお店もあるなんて聞く。


ミニチュア競馬があるのはコナミのG1クラシックシリーズ。

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