ジャンケンメン
「落ち着け、落ち着け瀬賀塔子……高校生だもの、放課後に友達、じゃなくて、弟子と一緒に遊ぶなんて普通だし、別に男女でもおかしくない。そう、これは恋愛関係でも友情関係でもなく、師匠と弟子、上司と部下……だから気にする必要なんて無い……」
「(瀬賀さんたまに変な独り言するな……)そう言えば上の階もメダルゲームのコーナーなんだね」
ある日の放課後、良太以外にまともな交友関係を築けていない塔子は頻繁に良太に連絡をしたり誘うなどして、週に2回のペースで一緒にゲームセンターで遊ぶ仲に。自分達が実質カップルなのかどうかを気にして定期的に様子がおかしくなる塔子を後目に、良太はエスカレーター越しに一つ上の階を眺める。ゲームセンターの案内表にも今いる階と上の階がメダルゲームのコーナーである事が書かれており、どんな機種があるのだろうかとエスカレーターに乗り込もうとする良太。しかし乗る前に塔子が前に立ちはだかり、良太の進路を妨害する。
「上の階はキッズメダル、小学生が遊ぶようなちゃちなメダルゲームのコーナーよ。高校生である私達には相応しくないわ。それより向こうで私のスゴテクを見なさい」
「小学生向け? そういえば小学生の頃、たまに大きなショッピングモールに家族でお出かけする事があって、その時に小さなメダルゲームをやってた気がする。ちょっと行って見ていい?」
「はぁ……子守りも大変ね」
良太を引き留めるために上の階に置いてあるメダルゲームは子供用だと貶す塔子であったが、童心を忘れていない良太にとっては逆効果だったようであの頃の懐かしい気持ちに戻れるかもと了承を得る事無く我先にとエスカレーターに乗り込んで上の階へ。大きなため息をつきながら塔子も後に続き、二人は小さな筐体が大量に置いてあるキッズメダルのコーナーへ。
「ね? どれもちゃちでしょ? 全部一人用で、メダルも一度にたくさん賭けられないのばかり。そりゃ稼げる機種もあるけど効率が悪いわ。皆で遊べて盛り上がる下の階に戻りましょう?」
「でも瀬賀さん一緒の席で遊ぼうとしても嫌がって一人で遊ぶじゃん。一人用のコーナーの方が向いてるんじゃないの?」
「ぐふっ……」
良太を下の階に戻すために一人用のゲームばかりという理由を使ってしまい、即座にカウンターパンチを食らってダメージを受けてよろめく塔子を後目に、カップの中のメダルをジャラジャラさせながら何で遊ぼうかなとコーナーをうろつく良太。高校生にもなってこんな所で遊ぶなんて恥ずかしいと、遊んでいる小さな子供達の視線から顔を隠すように、良太の後ろにくっつくように移動する塔子であったが、
「あっ!」
「わひゃあっ!?」
突如立ち止まった良太が大声を出し、驚いた塔子は尻餅をついてしまう。クスクスと笑う子供達を睨みつけた後、急に立ち止まって大声を出すな、小学生ですらそんなことはしないと良太に激怒する塔子。しかしそんな塔子の怒りは一切聞こえていないようで良太は一つのメダルゲームの機種を眺めており、その手は自然とメダルを投入していた。
「まさかこれがもう一度遊べるなんて……」
「どんなレア機種かと思ったらジャンケンメンシリーズじゃない。割とどこにでもあると思うわよ?」
「地元で唯一俺達が遊べたメダルゲームが、駄菓子屋に置いてあったこのジャンケンメンなんだよ。小学生の時は駄菓子屋の前で数人で集まって遊んでたなぁ……でもその駄菓子屋も中学に入る頃には無くなっちゃって、また遊びたいなと思ってたんだよ」
「だ、駄菓子屋にジャンケンメン……本当にそんな田舎が存在したのね、ちょっと興味が出てきたわ」
小学生時代の思い出を語りながらメダルを投入し、じゃんけんをし続ける良太であったがさっぱり勝つことは出来ず、ジャンケンポンとズコーの音だけが辺りに響く。それを見ていた塔子であったが、突如目を瞑り、難しい表情になって何やら考え事をし始める。
「(今日は平日。時間的にもあまりここに客は来ていないし、来ていたとしても子供はもっと派手なゲームを好むはず。多分このジャンケンメンは営業開始してから一回も遊ばれていないわ。そしてキッズメダルの相場的に、これくらいメダルを吸わせれば回収期から放出期へと移行するはず……)そろそろ交代よ、じゃんけんにはコツがあるの」
良太がじゃんけんに負け続け、メダルを数十枚失ったのを確認した塔子は、項垂れる良太を筐体の前からどかしてメダルを投入し始める。良太が遊んでいた時はさっぱり勝てなかったじゃんけんであるが、塔子が遊ぶと頻繁に勝つようになり、少しずつではあるがメダルが増えていく。
「え、凄い……どうしてそんなに勝てるの?」
「(あまりマニアックな解説をしても引かれるでしょうしね……)私はじゃんけんの達人なのよ」
「達人!? お願い、コツ教えてよ」
「うっ……わ、わかったからそんなキラキラした目で私を見ないで……」
良太が負け続けて塔子が勝ち続ける理由を聞いた良太に対し、きちんとした解説を今の良太にしても意味が無いと考えた塔子は適当に自分はじゃんけんの達人なのだと答えて誤魔化すも、そのせいで更に食いつかれてしまい、良太の純粋に尊敬する視線から目を逸らしながら塔子は今まで見たテレビだったりネットだったりからじゃんけんのコツがあったかどうかを大急ぎで脳内検索をし始める。
「実際にやるのが早いわ。私と20回くらいじゃんけんしましょう」
「よーし、負けないよ」
やがてコツを思い出した塔子は良太にじゃんけん勝負を持ち掛け、子供達にどうしてあのお兄ちゃんとお姉ちゃんはこんなところで何回もじゃんけんをしているんだろうと不審な目で見られながらもじゃんけん勝負を繰り返す。最初こそ互角の戦いになっていたものの、終わってみれば20回中良太が勝てたのはほとんど序盤のみで、5対15と大差をつけられてしまった。
「瀬賀さん、本当にじゃんけん強いんだね……」
「(馬鹿で助かったわ……)特別にコツを教えてあげる。人間は心理的に連続で同じ手を出しにくいのよ。だからあいこになった時は相手の手に負ける手を出したりすれば勝ちやすくなるの」
「流石じゃんけんの達人……よし、再挑戦だ」
驚く良太に定期的にテレビ番組で紹介されているじゃんけんのコツを語る塔子。コツを教えて貰った良太は先ほどの負けを取り戻すべく、再びジャンケンメンにメダルを投入し始める。機械相手にじゃんけんのコツは通用しないし、そもそも実際にじゃんけんをしている訳ではなく最初から当たり外れは決まっている、先ほど自分が放出期で稼いだので既に回収期に突入しており勝ちにくくなっている……そんな無粋な説明をすることなく、小学生時代に戻ったように楽しそうにじゃんけんを繰り返す良太を眺める塔子。その表情はいつのまにかにこやかになっていた。
「(男の子はいつまで経っても子供なのね、少し可愛く見えてきたわ……)私はそろそろ帰るけど、気が済むまで遊びなさい。……っと、メダルが無くなって来てるわね、このカップに残ってる分あげるわ。多分そろそろ勝ちやすくなるわよ、なんたって私はじゃんけんの達人だから、そういうのがわかるの。それじゃあね」
純粋な良太に全体的に荒んでいる塔子の心は洗われ、今日は勝負だとかどうでもよくなったと、ジャンケンメンに夢中になっている正太に自分の持っていたカップを手渡してゲームセンターを後にする。その後も晴れやかな気持ちが続いていた塔子であったがその翌日、
「もっかいじゃんけんしようじゃんけん」
「別にいいけど……急にどうしたんだ?」
「じゃんけんの達人にコツを教えて貰ったんだよ。知ってた? 人間は心理学的に同じ手を連続で出しにくいんだよ」
「テレビで何度も見たぞそのコツ……お前はあんまりテレビ見てなさそうだけど、割と大体の人は知ってると思うぞ。誰だよ、そんなテレビで知った知識で達人名乗ってる馬鹿は」
「瀬賀さんだけど」
覚えたての知識を友人にひけらかそうとした挙句に塔子の名前を出してしまい、それを聞いていた塔子は良太の友人達からの冷ややかな視線から逃れるように机に顔を突っ伏しながら、子供は無邪気で残酷なのねと頭を抱えるのであった。
※あとがき
元ネタ……ジャンケンマン
ズコー。
メダルゲームは回収期(当たりにくい状態)と放出期(当たりやすい状態)を繰り返しながら、内部的に設定された機械割に近づけるシステムが多い。
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