北東の拳

「チューズデーフラゲして来たぜー」

「いよっ、コンビニバイト!」


 ある月曜日の朝。コンビニでアルバイトをしているクラスメイトが本来火曜日に発売される漫画雑誌を持って来たということで男子達は一足早い漫画に群がりながら、人気漫画の考察やキャラについて語り合う。


「あー続き気になる~」

「月刊誌だから新刊遅くてもやもやするよね~」


 一方の女子達も、話題の少女漫画の新刊が発売されたという事で集まって読みながら思い思いに語り合う。そんなクラスの空気が漫画一色となっている中、


「……」


 集団で盛り上がるクラスメイト達を舌打ちして睨みつけながら、スマートフォンで漫画を読む塔子。その日の放課後、良太と塔子はゲームセンターに向かいながら、どんな漫画を読んでいるのかといった話題になる。


「良太も高校生になったんだから、子供向けのバトル物の漫画なんて卒業したら?」

「いやいや、最近のバトル物は大人も楽しめるんだよ。特に今週の虎ブルーは最高だった、主人公がヒロインの着替えを見ちゃって激怒したヒロインが主人公に殴りかかって来るんだけど、それを全部避けるんだよ」

「その漫画はバトル物じゃないでしょ……ちなみに私は最近投資漫画にハマってるわ。メダルを増やす才能のある私は、きっとお金稼ぎの才能もあるもの」


 漫画の話をしながらメダルゲームのコーナーに辿り着き、今日はどんなゲームで遊ぼうかなと店内を見渡した良太であったが、とある台を見つけて大はしゃぎする。


「北東じゃん! すげー、中央でガオウが喋ってるよ」

「うっ……」


 大人気漫画、北東の拳を原作としたメダルゲームの存在に目を輝かせながら、席に座り塔子にどんなゲーム性なのか聞く良太であったが、塔子は気まずそうに首を横に振る。


「原作含めて全然知らないわ」

「えっ!? 瀬賀さんが知らないなんて……このゲーム、新作って事?」

「いいえ、かなり前からこのお店に置いてあったわ。でも私は遊んだ事が無いから説明できない」

「そうなんだ。じゃあお互い新鮮な気持ちで遊べるね」


 このメダルゲームで遊んだ事が無いと言う塔子に、漫画の説明をしながら隣の席に座らせる良太。しぶしぶ良太と共に北東の拳で遊ぶことになった塔子であったが、メダルゲームマニアでこのゲームセンターに毎日のように通っていた彼女が遊んだ事が無いのには理由があった。


「(何が悲しくてこんな半裸のムキムキなおっさんが戦うアニメを見ないといけないの……)」


 男子である良太にとってみれば北東の拳は絵柄もキャラもストーリーも大好物なのだが、塔子にとってみれば精神的ブラクラにも近い内容であり、昔からゲームセンターに置いていたし稼げる機種であるとは知っていたものの生理的に避けていたのだ。


「これも波物語みたいに、パチンコをベースにしてるみたいだね」

「そうね……ところでさっきから何で突然敵が破裂するの、気持ち悪いわ」

「知らないの? 主人公は秘孔を突く事で敵を爆発させるんだよ。北東神拳は中国四千年の歴史があってね……」


 ノリノリで漫画の解説をする良太と共に遊ぶ塔子ではあったが、パチンコがベースとなっていると言っても、波物語は基本的に魚とたまに女性が出てくる程度。それに比べて北東の拳はとにかくムキムキのおっさんばかり出てきており、バトル物に興味が無ければ筋肉フェチでも無い塔子からしたら見るに堪えない光景であった。


「あ、ボール落ちた……争乱モード? ああ、STタイプね……あ、早速当たった」


 塔子としてはさっさとメダルを使い果たして別の機種に移動したかったのだが、ボールを落とした事で直接確変モードへと突入してしまい、すぐに大当たりとなってしまう。当たっているのに全く嬉しさを感じさせない塔子と、興奮して自分のサテライトを放置して塔子の席に座り、画面上で主人公と敵が戦っている様子を応援する良太。


「なるほど。ステップを集めたらバトルに入って、それで勝ったらジャックポットチャンスなのね」

「瀬賀さん、多分大チャンスだよ。ジャミは原作だと弱かったから」

「パチンコ的には弱い敵と戦う方が寒い気がするけれど……あ、攻撃避けたわ、これで反撃かしら」

「来た! 北東百裂拳! シュシュシュシュ!」

「恥ずかしいからやめて」


 そして主人公が敵の攻撃を避けて反撃する際には、良太は主人公の必殺技を真似してその場でシャドーボクシングをやり始め、彼氏に無理矢理パチンコに連れて来られた彼女の気持ちになった塔子に非常に冷ややかな目で見られてしまう。突入したジャックポットチャンスであるが、ジャックポットには当選しなかったものの、もう一つの大当たりとも言えるバトルボーナスに突入する。


「こ、これってあれだよ! 宿敵のガオウとの戦いだよ! 原作でも一番盛り上がるシーンなんだ」

「そう。ボールを落として自力で継続させて行くゲーム性みたいね。代わりにやっていいわよ、私何だかやる気が出なくてわざと負けちゃいそうだから」


 長くなりそうなので席の中心に良太を座らせて代わりに戦わせ、その隣で良太の作品解説を聞き流しながら画面を眺める塔子。主人公と宿敵がずっと戦い続けるのを見るのにも飽きたらしく、気付けば塔子の視線は隣で画面に夢中になりながら語り続ける良太の横顔に。


「(おっさんを見るよりは遥かにマシね……こうしてマジマジと見ると、結構整った顔つきしてて……って、何考えてるの私……)」


 塔子の事なんて全く見ておらず、目を輝かせながらメダルゲームに興じ、漫画の話をし続ける良太。そんな良太の顔を見続けながら意識すると共に、かつては自分もこうして純粋な気持ちで遊べていたのにな、ともう戻れない自分に軽く嘆くのだった。




「瀬賀さん。はいこれ。とりあえず5巻分」

「……?」


 翌日の朝。突然塔子の机に北東の拳の漫画が5冊置かれ、困惑する塔子と、塔子に貸し出すために持って来た漫画を自分で開いては興奮する良太。


「読み終わったら感想聞かせてよ、また次の巻持ってくるから」

「(……私ひょっとして、昨日何か約束しちゃった?)」


 何がどうなっているのかわからないながらも、良太の口ぶりから昨日メダルゲームで遊んでいる時に適当に相槌を打ったりして話を聞き流していたところ、原作漫画を読むという流れになってしまったのだろうと推測する。ずっと良太の顔ばかり見ていて話を聞いていなかった、なんて言えるはずも無く、作り笑いをしながら良太に感謝して、カバンの中に漫画をしまう塔子。その日の夜、大きなため息をつきながら自室で漫画を読み始める塔子。


「ページを開けど開けどムサイおっさんばかり……良太はかなりマニアみたいだし、適当な感想言ったらエアプだってバレるわね……それにしても昨日の良太は、私が知らない漫画の知識をペラペラ語って、マウント取っているようで気に入らなかったわ。……私も普段はあんな感じなのかしら」


 特に面白いとも思えない漫画を読み耽りながら、相手が理解できていなかろうがベラベラと喋り続ける、メダルゲームについて語る自分のような良太の事を思い出し、日頃の自分の態度を反省するのだった。そんな塔子の反省も虚しく、内心嫌がっている事を見抜けない良太により次々と続巻や番外編を貸し出され続けるのであった。





※あとがき


元ネタ……セガ『北斗の拳 バトルメダル』


筐体中央で窮屈そうにくるくる回っているラオウ様が印象的。

本物のパチンコくらい当たらないスロット、落とそうとしたボールが戻ってしまう構造的欠陥、

初期はログインボーナスが美味しかったため大量のカードを使うプレイヤーが発生、などなど

セガらしい不安定さが魅力。

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