メキシカンジュエル

「あ~暇だな~……なんか面白い話無いか? デートとか」

「デートじゃないけど、先週瀬賀さんと一緒に水族館に行ったよ」

「はぁ? どう考えてもデートだろそれ、詳しく話してみろ」


 塔子が自分の中で恋愛感情を薄っすら認めつつも、当分はそれを表に出さないと決めたものの、周囲はそれを許さない。当たり前のように良太は塔子とのデートを友人達に話し、塔子が良太の事を好きだという噂の信憑性は確定レベルに上昇してあっと言う間に広まってしまう。周りの人達に心を読まれているような感覚に陥り、学校に行くのも辛くなってしまった塔子。


「良太、放課後暇よね? メダルゲームしましょう」


 それでも毎日学校に来て放課後にはゲームセンターでメダルゲームを遊ぶし、寂しくなったら良太を誘う。若干吹っ切れたようで良太を下の名前で呼ぶようになった塔子と、本当に塔子が自分の事を好きなのかについては答えが出ていないが、クラスの女子に遊びに誘われて満更でも無いといった様子の良太。ゲームセンターに向かい、今日はどれで遊ぼうかなとメダルゲームのコーナーを見渡す良太は、メキシカンジュエルと書かれた筐体を見つける。


「うわ、何これ面白そう。真ん中のボールをこっち側に落として、それを落とす感じかな」

「うっ、これは……」


 ダリオパーティーのように中央のフィールドに大量のボールが置かれており、更にサテライトのフィールドにも20近くのボールが置かれている、とにかくボールがメインなのだと直感的に理解できるゲーム性に興味を示した良太は、いつものように二人用の椅子に一人で座る。大抵塔子は横のサテライトに座り、初心者である良太に解説をしたり、下手なプレイを笑っていたりしたのだが、


「……今日は一緒に遊びましょう」


 この日の塔子は良太の座っていた椅子の片方に座り、普通の友人や恋人関係のように、一つのサテライトで二人で遊ぼうと提案する。


「(やっぱり瀬賀さん、俺の事を好きなのかな……?)」


 散々友人達に塔子は良太に惚れているといった情報を聞かされていたため、今回の行動の理由を推測して塔子を見つめながら思わず口元がにやける良太。その表情から何を考えているのかを推測して、勘違いしないでと釘を刺す塔子。


「このゲーム、ダリオパーティーみたいにボールが余る程ある訳じゃないし、貴重なボールはかなり少ないから。複数人が遊ぶと争奪戦になっちゃって皆が損するのよ」

「確かに大きいボールは少ししか無いね」


 一緒に遊んだ方がいい理由を説明されて良太は納得し、初となる二人での協力プレイがスタート。中央のプッシャーを動かしてボールをフィールドに落とすという機種のメインとなるイベントに興奮しながら、一際目立つ赤い大きなボールを狙おうとする良太。


「ああもったいない、後5秒待ってたら紫ボールの群れだったのに……紫ボールは1つ落とすだけでこのプッシャーチャンスに突入するんだから最優先で狙うべきよ。それに小さいボールは惜しいところまで行ったら横のバーに押されてこっちに落ちて来るけど、大きいボールはバーで戻されるから失敗したら無駄になっちゃうの、だから基本的には紫を狙っておまけで大きいボールを狙うのよ」

「でもこの赤いボールを落としたら、2500枚だよ2500枚」

「あくまでジャックポットが当選した場合ね。これ物理抽選じゃない出来レースだから2500枚なんて当たらないわよ。確実に300枚くらい貰える青を狙った方がマシよ。後黄色のでかいボールは罠よ、すごろくがリセットされちゃうから」


 そんな良太のプレイングにケチをつける塔子。その後も似たような展開が続き、普段はあまり怒ったり苛立ったりといった表情をしない良太が珍しく不快そうな表情で塔子を睨みつける。


「そもそも今日は俺のメダルで遊んでるんだから、瀬賀さんが口を出さないでよ。メダルも勝手に入れるし」

「うっ……わ、わかったわよ、私は隣で遊ぶわ」


 元々良太が遊ぼうと思っていた席に二人目として座っていたこともあり、二人でメダルを投入したりしつつ遊んではいたが塔子は一切自分の身銭を切っていない。それを指摘されて言い返すことが出来ず、良太に怒られたショックもありとぼとぼと隣のサテライトに座る塔子。気まずい空気の中、無言で遊び続ける二人であったが、中央を回るボールを大量に乗せたフィールドの回転方向は、最後にボールを落とすプッシャーチャンスに突入した人によって決まる。良太が惜しい所まで押せばその状態のまま隣の塔子の方へと流れるし、逆も然り。


「(くくく……精々私のために惜しい所まで押すがいいわ)」


 落ち込んでいた塔子であったがメダルゲームで遊んでいるうちにテンションを取り戻したらしく、わざと紫のボールを落とすタイミングをずらして良太の次にプッシャーチャンスに挑戦することで、良太が落とそうとして惜しい所まで行ったボールを根こそぎ回収しようとニヤニヤしながら試みる。しかしそううまくいかないのが人生であり、


「うがあああああああああっ」


 30分後には、逆に塔子が狙っていた紫ボールの群れを、良太に根こそぎ奪われてしまうという展開に。涙目で良太を睨みつける塔子に対し、塔子がこのボールの群れを狙っていたことは知っていたため、悪意があった訳では無いと弁解しようとする良太。


「何だか一種の協力プレイみたいだね」

「嫌味かこらああああああっ! 一方的な搾取! 寄生! 私のメダルとボールを返せええええ!」


 しかし良太がフォローのつもりで放った一言は塔子の神経を逆撫でさせてしまい、塔子はストレスが限界に来たらしく、大量のメダルを引き出して貧乏ゆすりをしながら採算度外視でメダルをドバドバと投入するという普段の塔子からすれば考えられないようなプレイングに走る。


「(うう……でかいボール狙ってただけで、わざとじゃないんだけどなぁ……フィールドを交換しよう、なんて言ったらまた怒られそうだし、協力プレイだからボールを半分こ、も出来ないし……それにしてもこのボール、どこかで見覚えがあるんだよなぁ……あ、そうか!)」


 塔子の宥め方について悩んでいた良太であるが、妙案を思いついたらしくぶつぶつと遊び続ける塔子を置いてお店を出ていってしまう。恨めしそうに紫のボールが大量にある良太のフィールドを眺めていた塔子であったが、そんな彼女に紫のボールが差し出される。


「……え? 窃盗? いや、確かに紫ボールは好きだけど、現実で欲しい訳じゃ無くて……」

「いやいや、よく見てよ」


 良太が筐体の中からボールを盗み出したのかと勘違いして困惑する塔子に苦笑いしながら、紫のボールに爪楊枝を刺す良太。良太が持っていた袋の中には、筐体の中にあるボールと色も形もそっくりな、玉羊羹がいくつか入っていた。


「遊んでる時にずっと、何かに似てるなぁって思ってたんだ。で、玉羊羹だって気づいたら急に食べたくなってさ、ほら、瀬賀さんも。美味しいよこれ」

「……馬鹿じゃないの」


 羊羹を頬張る良太に呆れる塔子ではあったが、手は無意識に差し出された羊羹を口にしており、その表情も緩んでいるのであった。






※あとがき


元ネタ……セガ『アラビアンジュエル』


数に限りのあるボールを全サテライトで奪い合うため、

複数人でやると全員が損をするという設計にやや矛盾のある機種。

勝手にボールが転がって落ちる、という展開もよくあり、

プレイヤー同士の仲をぶち壊す。

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