第31話 ずっと前から


「ロイ・クロスト補佐官。共謀罪、詐欺罪、および国家反逆罪で逮捕だ。あっと、婦女暴行罪と傷害罪も追加されたな。これ以上抵抗するなら、さらに罪状が増えるがいいのか?」


「なっ……待て、お前は……まさか」


 罪状を述べられクロストが一瞬ひるんだところに、後ろのドアから師団長が飛び込んできた。そして間髪入れずに放たれた拘束魔法によってクロストは手足の自由を奪われ、地面に転がされる。


「残念だよクロスト。お前が裏切っているとは信じたくなかったよ」


「し、師団長……これは……違うんです。私は」


「言い訳はいらん。もう証拠はそろっている。お前の動機だけが分からなかったが……まさかエリザを手に入れるためだったとはな。金のためとか言ってくれたほうがよっぽどよかったよ」


 それだけ言うと師団長はクロストの首をグッと絞めて意識を刈り取った。

 その光景を見て安堵したせいか、エリザは意識を失ってしまった。

 急に脱力したエリザに気づいた師団長が慌てて駆け寄ってくる。


「エリザ! エリザ! 治癒魔法をかけるからもう少し頑張れ」


 治癒魔法をかけるが、そもそも薬物摂取による中毒に対して治癒魔魔法は効きが悪い。師団長が何度治癒をかけてもエリザの意識が戻る様子がない。


「まずいな。吐かせたほうがいいのか?」


「意識がない相手にそれは危険です。それにもう体に吸収されているのなら……治癒ではなく、体内に浄化魔法を巡らせてみましょう」


 体内に吸収された薬を除去することを意識して、エリックが浄化魔法をかけ続ける。

 するとようやく、閉じられていたエリザのまぶたが開いた。



「エリザさん! 聞こえますか? 吐き気はありますか?」

「は、い。大丈夫です……すみません」


 身を起こしたいと言うと、ソファに足を延ばす態勢で座らせてくれた。そして水の入ったコップを渡されるがまだ視界がぶれていて手が震える。


「う……目が回る。気持ち悪い」


「水は飲めないかな。まさか押収品の薬を飲まされるなんて……すまない、僕がもっと早く気づけたらあなたをこんな目に遭わせなかったのに。ごめん……」


 まだ頭がぼんやりして、なぜエリックが謝るのか分からず首をかしげる。


「いや、悪いのは俺だ。エリックは最初からクロストを疑っていたのに、にわかには信じられなくて証拠固めに時間をかけ過ぎた。俺の判断ミスでエリザを危険な目に遭わせてしまった。エリザにも、エリックにも申し訳がたたない」


「一体……どういうことですか? エリックさんは、なぜここに」


 疑問に思っていたことを問うと、二人は少し顔を見合わせてからここに至るまでの事情を説明し始めた。


 少し前から、エリックは補佐官であるクロストが地下組織との内通者ではないかと疑っていた。流出した情報のひとつに、師団長がクロストに言い間違えて伝えた内容がそのまま含まれていたことがあったため、そこから目をつけていた。師団長は立ち聞きされていたか盗聴されたんじゃないかと疑っていたが、エリックは最初からクロストに不審なものを感じていたという。

 そのためエリックが単独で調査をしていたが、クロストは自分が情報を流しているとバレないように、地下組織とは直接接触していなかったため、証拠がなにもなく確信が持てずにいたのだ。

 実際、クロストは情報提供しているとバレないように様々な工作をしていた。

 複数の情報屋を経由させて、渡した情報を書いた紙は魔法で消えるよう加工されていたらしい。それと同時にミスリードするようフェイクの情報を残すという念の入れようで、師団長も彼が内通者だとは最初信じられなかったらしい。

 

「もうばれているが、エリックは赤狗のメンバーで、今回の件でずいぶん前から内部調査に動いていた。お前の冤罪を晴らしてくれたのも、コイツだよ。俺は最初、お前を疑っていたからな。でもエリックはお前がそんなことをするはずがないって言って、自ら潜入捜査に志願したんだよ」


 師団長が指さすので、驚いてそちらを見ると、エリックは気まずそうに顔をそむけてしまった。


「どうして……私が潔白だと思ってくれたんですか? 知り合いでもないのに……」


 浮浪者の恰好をして公園で接触してきた時が初対面のはずだ。師団長ですら疑いを持つような状況だったのに、見ず知らずの彼が潔白を信じてくれる要素が見当たらない。

 エリザの問いかけに彼は目を逸らしてごまかそうとしていたが、師団長に背中をバンと叩かれしぶしぶ白状し始めた。

 

「……任務の際に、エリザさんとは会ったことがあるんですよ。僕はその時別の人間になっていましたから、あなたは気づかなかったでしょうけど。その時の印象で……裏表を上手く使い分けるような人じゃないと思っただけです」


 何故だか顔を赤らめながら話すエリックを師団長がにやにやしながら見ている。


「じゃあ、一緒に仕事をした仲間だから、信じてくれたということですか? でも信じるに足るほどの何かすごい働きを私がしたとは思えないんですが」


 疑いのまなざしを向けると、こらえきれなくなった師団長がブハッと噴き出した。


「そうじゃなくて、任務で一緒になった時にエリザに惚れたんだろ。惚れた女が陥れられているって知って、姫を救う騎士よろしく立ち上がったんだよな」


「ちょっ……師団長! 僕はただ、彼女が無実ではないかと思ったから捜査員に志願しただけですよ。下心があったみたいに言わないでください。エリザさん、違うから。師団長の勘違いだから」


 エリックが血相を変えて否定してくる姿に少々驚く。

 クズ男を演じていた時は、もっと人を食ったような態度だったし、もう少し年嵩に見えた。師団長と話す彼は子どもっぽく感じる。この人の本当の姿はどれなのだろう。

 硬い表情を崩さないエリザに対し思うところがあったのか、師団長は気絶しているクロストを担ぎ上げ、部屋を出て行く。


「ちょっと二人で話し合うといい。騙されていたエリザも聞きたいことや言いたいことがあるだろ? エリックも逃げていないでちゃんと話せよ」


「えっ、師団長待って……」


 引き留めるエリザの声を無視して師団長は行ってしまった。

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