第15話 邂逅
エリザが黙っていると、クロストは重いため息をついて、実は……と噂についての真実を暴露する。
「あなたの悪い噂の出所が、士官学校の生徒からだという話は師団長から聞いたでしょう? あなたの耳には愛人だのなんだの程度しか入ってきていないでしょうが、本当はもっとえげつない話もあったんです」
師団のほとんどの男と寝ているとか、仕事の失敗は体を使ってごまかしてもらっているとかの下品な話で、要はエリザが魔術師としては「本当は無能」なのだという噂を広めたかったらしいと調査で分かったそうだ。
だが、エリザの普段の仕事ぶりから、無理のある噂は広まらず、かろうじて愛人疑惑だけが残ってエリザの耳にも届いていたらしい。
「もう予想がついているでしょうが、その噂を広めた中心人物はあなたの元恋人とその友人たちです。何故わざわざ自分の恋人を貶めるような噂を流したのか、直接聴取したわけではないから確証はないですが、彼はエリザさんを失脚させたかったのではないですか?」
それが先ほどの話につながるわけだ。
フィルがもし無事に士官になれたとしても、魔術師として名を上げたエリザとの結婚はまず不可能だとフィルは気づいてしまったのかもしれない。
「だからフィルは、私の悪い噂を流して、貴族令嬢としての価値を落とそうとした……ということですか?」
「確かなことは分かりませんが、師団長はそう結論付けてこの調査を終わりにしました」
ふしだらな女だと噂が立てば、貴族たちが縁談候補から外すだろうと考えたのかもしれない。フィルがエリザを失いたくなくて間違った方法を選んでしまった……と考えられなくないが、それだとその後にエリザを罵って別れを告げた行動の意味が分からなくなる。
「どうしてその話をこのタイミングで話してくれたんですか?」
「恋人と別れたと聞いたからですよ。盲目的に信じてお金を貢ぎ、いいように利用されていた頃ではこちらの言うことなど信じなかったでしょう」
うぐ、と言葉に詰まる。自分はこの補佐官にも師団長にも全く信用されていなかったのだ。
「すみません。でも彼とは別れましたし……それに、補佐官殿の推察は違うと思います。別れを告げたのは彼のほうからですし、ただ私のことが嫌いになって悪口を言っていただけだと思いますよ。いや、酷い噂を流して別れる理由にするつもりだったとか」
「そうだったんですか。まあいずれにせよその男はあなたの足枷にしかならなかったから別れて正解でしょう。次はちゃんと釣り合う相手と付き合うべきですよ」
「いえ、もう……恋愛はせず仕事に邁進します」
「え、いや、でもこのままだといずれ政略結婚が決まるんですよ? 早いうちに自分で相手を選んでおいたほうがよいですよ。例えば、身近なところで魔法師団のなかで探すのも選択肢の一つかと……」
クロストがまだ何か言っていたようだったが、そこで現場に出ていた者たちが戻ってきたので話はそこまでとなった。
***
現場から戻ってきた班の報告を書類にまとめ、ようやく今日の業務は終了となった。事務所を出た時にはもう深夜に近い時間になっていた。
タウンハウスまでは馬車を使うほどの距離ではないが、この時間では家までの道はもう人通りがなく、静まり返った石畳の道に自分の足音が響いてやけに耳につく。
女であっても魔法師団の隊服を着た人間を襲おうとは誰も思わない。というより、隊服を着たエリザは女に見えないのかもしれない。
師団では、殺しても死ななそうだと言われるような女だ。
フィルもこんな女が恋人だと皆に知られて恥ずかしい思いをしていたのだろう。
あの日、フィルの家にいた女性たちは美しい人ばかりだった。そういう女性たちと見比べて、女らしさの欠片もない自分のことが嫌になってしまったのだろうか。ひどい噂を流してまでも別れたかったのかと思うと、終わったことだとしても気持ちが落ち込む。
暗い夜道をトボトボと歩いて家の前まで来た時、路地裏から誰かに呼び止められた。
「エリザ、こんな時間まで仕事か?」
ハッとして振り返ると、そこにいたのはフィルだった。だらしなくシャツを着崩して、お酒の匂いを漂わせている。
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